ジルハード城
――――目を開けると、星空が見えた。もうすっかり夜のようだ。
二人は立ち上がって辺りを見回した。レンガでできた壁と壁。片方の壁には覗き穴が開いていて、外側の様子を見る事ができる。ここは高台にあるようで、街全体を見下ろすことができる。
どちらの壁も非常に高いが、穴のある壁に対して反対側の壁は比べものにならないくらい高い。
壁の他には大きな花壇の跡と彫刻がある。どうやらここは城の外らしい。
「なんでこんな所に?」
空を見上げチルは言う。
「さあ……。とりあえず戻って、ロクサーノが来たら話を聞こう」
「そうね。で、どこから戻ればいいの?」
ナイルは城の壁を睨んだ。
「知るか……。盗賊対策でどこにも侵入口なんか無いし……」
「そっか。そうだった……」
二人の口からため息が出た。
しかし、ふいに顔を上げると――――またあの、半分だけの扉が何もない壁から現れた。
「ちょっとナイル!!」
チルは座り込んでいたナイルを無理矢理立たせた。
「何……」
「見て」
だるそうにチルの指す方を見るナイルだったが、扉を見て息を飲んだ。
「またか」
「あ、開ける?」
ナイルはゆっくりと頷く。震える手で取っ手を掴み、ゆっくり引いた――――。
扉の向こうは、今度ははっきりと見えていた。そこに見えるのは、城内の廊下のようだ。
「中か……これで帰れるな」
「そうね。よかった」
二人は安堵して、何のためらいもなくその廊下に入って行く。中に入ると扉は消えてしまった。
「……なんなのよ。けど、まあいいわ。王女の部屋を探しましょ」
「あんまりよくは無いと思うんだけど……。けどそうだな。一番可能性が高そうなのは最上階あたりだと思うけど」
「なら、まずは階段を探さなきゃね」
カンテラの光だけを頼りに二人は歩きだした。しばらくして、踊り場の真ん中にそびえ立つ螺旋階段が見えてきた。それを上ってまずは最上階を目指す。
――最上階は、扉が一つあるだけの小さな空間が広がっていた。
扉を開けると中には長い廊下があった。左の端と中央の壁に部屋がある。彼らはまず、中央の部屋に向かった。
こっちは王の部屋だった。まず目に飛び込んでくるのは大きなソファーとテーブルだ。テーブルの上には錆びた王冠と、チェス盤が乗っている。ここで心を許せる客をもてなしていたのだろうか。
その部屋の奥に別の部屋への入口が二つある。そこは絢爛豪華な王の書斎と寝室だ。書斎と寝室はそれぞれつながっている。
「とりあえず、ここは違うみたいだな」
「そうね。なら次は左端の方に行こ」
不気味さを交えた暗い王の部屋を二人は後にし、左端の部屋へと入った。こっちの方はドレッサーやクローゼットが部屋を囲んでいた。これは王妃の部屋のようだ。
「こっちも違う……」
部屋の真ん中まで進み、チルは言う。
ここも王の部屋同様、夜の暗闇と交じって不気味な雰囲気をかもしだしている。
ここも違う、ということで彼らはさっさと部屋を後にしようと、両開きの扉を開けた。しかし……扉の向こうに廊下はなかった。明るさもおかしい。二人は目を丸くしてその景色を凝視した。
「何……これ」
「なんだこれ……」
こちらの闇に包まれた部屋とは反対に、向こうは明るい。こちらが室内なのに対し向こうは室外。
さらにそこは彼らの知らない文化が栄えていて、現地の人がこちらをちらちらと見ている。
こちらからすれば向こうの服装はかなり変わっているが、その反対もしかり。人々はもの珍しそうにこちらを見ている。
チルは思いっきり扉を閉めた。
「何、今の!!」
「わからない……。けど、あの人達が着てた服……兄さんが異国から持ってきた『着物』とかいう服に似てる」
「じゃあ、今のはアンブランテの……?」
「かもな。……もう一度開けてみよう」
ナイルはゆっくり扉を開いた。だが、やはり廊下には繋がらない。
今度は船の上だった。甲板にいる男が「誰だ!」と怒鳴った。慌ててナイルは扉を閉める。
「嘘だろ……。けどなんでだ? アンブランテの門なら、同じ門を使えばちゃんと帰れるはずだろ……」
「これじゃ、王女の部屋に戻るどころじゃないよ……」
「だな。……仕方ない、地道にヨーデンか王女の部屋を探そう」
ナイルは再び扉を開け、違うと言っては閉め、また開いた。それを幾度となく繰り返したが、すべて空振りであった。しかもほとんどがポルフェインの旧マール領――元ジルハード王国領に繋がっていた。
「まいったな……」
ナイルが頭を抱えたその時だった。彼らの背後から、声がした。
『り……かぎ……あ……』
「なんだ!?」
二人は背後に目を向け、さっと身構えた。声のする先からは、淡い光が浮遊している。
「な、何!?」
チルは一歩後ずさる。
『リトの鍵を……』
声がはっきりとするにつれ、光から現れた人格もはっきりしてくる。
それは貴婦人のような格好をしていた。キケルと同じく、彼女も体から光が溢れている。
『リトの鍵を……扉を開けるから』
女はそう訴えた。しかし二人は何の事だかわかっていない。彼女はナイルを指差し、『鍵を……』と言う。
「俺!?」
女はうなずいた。言われた通りに、ポケットから鍵を出したが、紐に繋がっているのは家の鍵、廃屋の門の鍵、キケルからもらった箱の鍵の三つで、リトの鍵といわれこれだと言えるものはない。
しかし女は相変わらず、ナイルを指差し鍵を要求する。
『早く……時間が……無い』
「そう言われても俺は鍵なんか持ってない……し」
話すナイルの口が固まった。原因は鍵を要求し続け女にあった。
女の顔は――――もはや貴婦人とは呼びがたい、恐ろしいものに変化していた。それはまるで化け物のように。
『鍵を……わた……は……わたせ……』
それに対しついにチルは悲鳴をあげ、ナイルの腕をとって扉の向こうに逃げようとした。開いた扉の向こうは、どこかから薄い光が差し込んでいる、暗い所だった。それでも構わずチルは行く。
「おい!?」
「何やってんの! 早く逃げるわよ!!」
チルはナイルを扉の向こうに押し込んで、力任せに扉を閉めた。しかし、息を一つついて後ろを振り向くと――――。
「え……」
そこにはナイルはいなく、橙の薄い光がチルの目をくらました。
「ナイル!?」
チルは光の方へ駆けていった。