決意
一旦家に戻り、チルはデイ・ルイズの会場に足を運んだ。
あの廃屋にロクサーノが残っていないかとも思ったが、ナイルが言うには、ロクサーノはすぐに出ていってしまったらしい。
明日は魔法使いのショーが催される。今、彼がいるとしたらデイ・ルイズに関係する所だろう――――チルはそんな気がしていた。
デイ・ルイズの団員の生活テントにたどり着き、関係者の入口でチルは近くにいた団員にロクサーノを呼んでもらうよう話を持ち掛けた。だが、直接接触しようとするファンと勘違いされて相手にされない。
「いいからロクサーノを呼んで!! 私はチル・ミフェン、彼に『門の王女の鎌を作る』って言えばわかってもらえるわ!! だからロクサーノを呼んで!!」
「うーん……。そう言われても生憎彼は明日の打ち合わせ中だ。諦めてくれ」
団員の男は厄介払いをするように、手をあっちに行けと振った。
「その打ち合わせならもう終わってますけど?」
そこに、ベリーダンスの衣装を着た女が通り掛かった。彼女の登場で男は苦い物を噛んだような顔をする。
「なら、もうロクサーノに会えるのね? 早く呼んできて!!」
男は額に手を当てた。
「はいはいわかりましたよ……。どうせ相手にされないだろうけどな。言うだけ言ってやるよ」
男は嫌々、手前から二番目のテントにもぐっていった。ベリーダンサーは何事もなかったかのように奥のテントに向かって歩いて行った。
しばらくすると、テントの中から驚いた表情のロクサーノが現れた。
「どうした? 何かあったのか!?」
チルは意を決して、思いを伝えた。
「……私にしか助けられないなら、やるよ。だから鎌の作り方を教えて」
ロクサーノは一瞬固まったようだった。だがすぐにチルに近寄り、倉庫代わりのテントの裏まで誘導した。
「そうか、やる気になってくれたか!」
彼は嬉しそうに言う。
「なら、これをお前に渡そう」
ロクサーノの手には、どこからともなく現れた小冊子がある。それをチルに手渡した。
「チルの場合、魔力の破壊と治癒魔法を覚えれば大体の基礎はできる。鎌を作るのは基礎を積み上げてからだ。その冊子にまとめてあるから、練習しておくように。また今度そっちにいくからな」
それを言い終わると、ロクサーノはさっさと表道に出ていった。
チルは小冊子をパラパラとめくった。だが、人の声が聞こえたのでそれはひとまずしまい、団員に見つからないようこっそりと生活テントを抜け出した。
せっかくの祭に、チルはまだ行っていなかった。人通りの多い屋台の道を歩き、少し祭を覗いて行きながら彼女は家路をたどる。途中、串焼きケバブと伸びるアイスを買ったりと寄り道もした。どちらも外国の食べ物で、デイ・ルイズの時にしか味わえない物だ。
家に着き、部屋に飛び込んで早速、彼女は小冊子の一ページ目をめくった。魔力の破壊・防御についての説明が(おそらくロクサーノの)直筆で書かれている。
――――破壊できる魔力は呪い、結界のみ。また、この技術を利用して呪いから身を守る事もできる――――そんなような事が書かれていた。
次は治癒魔法についてだ。これは以前ロクサーノに言われたような事が書いてある。ただ、――命に関わる病気は治せない――この言葉がチルの胸に突き刺さった。キケルの姿が頭をよぎる。
「だめだめ!! 早く練習練習!!」
頭を振って、彼女は小冊子の一ページ目をめくった。最初の魔力の破壊から練習することにしたのだ。
文字をよく読み、精神を集中させる。
「ラティーヤ!」
呪文を唱えると、黄色い光と共に薄く光った妖精のようなものが現れた。見た目は女、髪が短く攻撃的な目をしている。
しかしそれが現れたのは一瞬で、すぐに消えてしまった。
チルは何度も練習した。しかし今日一日の練習で、この呪文を出せる時間は二、三秒とまだ短い。鎌を作る基礎はこれだけあれば十分だが、実用しようとするのならまだまだということらしい。
さすがに疲れたので、チルはベッドに倒れ込んだ。
「明日は……回……復……やらな……」
すべて呟き終わる前に彼女は眠りについた。