別れ
彼らが帰宅したのは日付が変わる少し前だった。
ナイルはウェルゼに、どこにいたか、何をしていたらこんなに遅くなるのか、問い詰められたが、とても答える気にはなれずに二階に駆け上がった。
「喧嘩でもしたのかしら……」
心配そうにウェルゼは階段を見上げた。
「フラれたんじゃない?」
後ろからシルラが声を掛けた。なぜか、彼は少し笑っている。
「ふざけたこと言わないの!!」
「ちょ、冗談だってば!!」
殴られそうになったのを避けるようにしてシルラはリビングに戻って行った。
――――ナイルは部屋には行かず、物置部屋に飛び込んでいた。部屋に入ってまず、埃っぽい空気を入れ替えるために、物が飛んで行かない程度にベランダの窓を開けた。
ここには普段は目にしない物が沢山あって、自宅にいながら懐かしい場所に行ったような感覚にさせてくれる。
廃屋での別れの後、キケルがいなくなったと、その事実を理解しようとしてもナイルの頭が追い付かなかった。チルの泣き声が聞こえてから、ようやくそれを理解できた。
理解した直後のナイルは茫然としていて、支えを失ったかのように、足がかくんと倒れた。彼はしばらく天井を見上げていた。
「そうか、あいつはもういないんだ……」
「言わないでよ!! そんなのわかってるんだから!!」
涙声でチルが訴えた。そうだな、とナイルが返す。
「わかってる事なのに、理解できない。……そろそろ帰ろうか」
「嫌。もう少しここにいる……」
「明日、ここに花を置きに来よう……。ここで泣いていてもキケルは喜ばない」
「……明日また来るのね?」
「うん。だからもう帰ろう。今の時期にあまり遅くまで外に出てるのは危険だし。浮かれてる奴らが多いからな……」
「……そうね。そいつらの顔なんか見たくないから、今日の所はもう帰るわ」
言いながらチルは立ち上がろうとする。が、あまりにショックだったため、足に力が入らない。
「ほら……」
ナイルが手を差し延べる。手というより腕にしがみつくようにして、チルはようやく起き上がれた。
「ありがと。じゃ、帰りましょ」
二人は廃屋を後にした。
門の鍵は開いていて、ノブに鍵が掛けられている。門をくぐった後、重たい門を閉めて鍵を掛けた。
キケルの光が無い分、周りの景色が暗く感じる。カンテラを持っていた方が歩きやすいと思っていた時とは大違いだ。
帰りの道中の会話は一切ない。結局それから、ミフェン堂の前につくまで二人はしゃべらなかった。
「ありがと。玄関までくらい一人で行けるから……」
「そうか。なら、明日花束持ってこうな。昼過ぎくらいでいいか?」
「うん。……じゃあね」
チルは一瞬だけ手を振って、それから玄関まで、細い道を走って行った。
彼女が角を曲がる所まで見送った後に彼も家に向かい――――そして今に至る。