薬屋の娘
こことは似て非なる世界、その中の、とある小さな村。これはここから始まる物語。
その村は木造の茶色と白の家が集まり、森と草原に囲まれたのどかな村だ。
村の中にある、広い草原にぽつりぽつりと立ち並ぶ家の並び。その中に一際目立つ建物があった。
『ミフェン堂』
錆びた看板が立つその店は薬屋だった。ガラス窓から中を覗くと、埃をかぶった沢山の薬品の瓶が見える。
この薬屋の主は十六の少女だ。彼女の両親は遠い外国で薬剤師として働いている。
薬屋の裏――家の玄関口にあるポストの前にその家主はいた。
長い赤毛のチル・ミフェンがポストから取り出した新聞には、大きくこんな見出しが書かれていた。
『トラキノス入りしたデイ・ルイズは、開催地ヨーデンに本日到着、イベントは予定通り開催される』
二つの緑の目がその文字を捉えると、彼女は新聞から目を逸らした。そして新聞を掴んでそそくさと家に入り、それを靴箱の上にほうり、二階に上がろうとした――時、訪問者を報せるベルが鳴った。
チルは玄関へと引き返した。
鍵を開け、ドアを開く。その先にいたのはチルより年上の、背の高い――彼女にはお馴染みの顔がそこにいた。
「はーい……って、ナイルか。何?」
「おはよう。……いきなり『何?』は失礼だろ……」
彼はナイル・アイレア。チルの隣の家に住む、チルより二つ年が上の青年だ。茶色の髪も金の瞳も母親譲りだそうだ。
「私、今、機嫌悪いの。さっさと用件言いなさいよ」
「あ、そ……。俺は薬欲しくてさ」
「なんの」
「傷口に塗る薬ある?」
「はいはい。いつものやつね」
言いながらチルは玄関から続く長い廊下を渡り、一番奥のドアの向こうへと消えて行った。
ドアの向こうは棚だらけで、棚には薬や葉っぱの入った瓶が置かれ、部屋の真ん中の長い机には最近調合した薬の記録を記した紙がバラバラに撒かれている。部屋の奥にもドアがあり、これは店に繋がっている。
その中から薄紫の紙が被さった紫色の小さな壷を手に取り、チルは来た道を戻って行く。
「はい、千三百リランね」
チルは薬を渡し、ナイルから代金を受け取る。
「用が済んだのなら帰って」
ツンとしているチルに対し怒る様子もなくナイルは言った。
「ご両親……今年のデイ・ルイズも帰って来られないのか?」
「しょうがないじゃない。向こうは戦場よ?」
「やっぱそれでイライラしてんのか……」
「何? 別に誰と居ようとデイ・ルイズが楽しいお祭であることには変わりないじゃない」
「そうだけどさ……」
ナイルは頭を掻いた。
「うん、俺、帰るわ」
少し間を明けた後、彼は言った。
「はいはい、じゃあね」
まだ機嫌が悪いまま、チルは返事する。
家のドアが閉まり、しばらくドアを見つめていたかと思うとチルは玄関の鍵を閉めた。相変わらず新聞は放りっぱなしのままにして、彼女はこんどこそ二階へと階段を上がった。