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第七話:舞踏会

 いくつもある王宮の入り口の一つにつけられた馬車を降りた私は、完全に萎縮してしまった。見たことがない高さの天井。見たことがない装飾の壁。見たことがない甲冑を着込んだ衛兵。屋外に面しているというのに、埃一つ落ちていない磨かれた床。何もかもが見たことがない物ばかりで、思わずその場に立ち尽くして周囲を眺めてしまった。田舎者を丸出しにしていた私の前に、優雅な足取りのメイドがやってくる。舞踏会の客人を歓迎する旨を伝えられ、ようやく今日の目的を思い出した私は慌てて挨拶と自己紹介を返す。恐ろしく長い招待客リストを照合し確認を終えたメイドは、やはり優雅な足取りで案内を始めた。


 メイドの案内に従って、豪奢な廊下を静々と歩く。長い長い道のりを経て、やがてとてつもなく大きなホールへと辿り着いた。既に幾人もの着飾った貴族令嬢が待機しており、華やかな空間でお手本のような社交を繰り広げていた。ここで舞踏会の開始を待つようにと言われた私は、ひとまず壁の花になることにした。ボロが出ないように。年頃の貴族の娘が全て参加している都合上、幸いにも同じような令嬢が多くいたので特に違和感なく紛れ込めた。


 そうしてニッコリと淑女の微笑みを浮かべていると、賑やかだった空間がふと静まりかえる。何事かと思った次の瞬間、威厳のある低い声がホールに響き渡った。


「淑女の皆、本日は我が王子のために集まっていただき感謝する。これより舞踏会の開始を宣言する。一人ずつ名を読み上げるので、読み上げられた者は会場前方に来て王子に謁見するように。食事も用意したので、謁見までの間は好きに過ごされよ。では、今宵の宴を楽しんでほしい。」


 人だかりのはるか前方から聞こえてきたため姿は見えないが、内容から察するに恐らく国王の声だろう。事前に義母から聞いていた通りの内容だ。一人ずつの謁見ということでどれほど時間がかかるのだろうと一瞬気が遠くなりそうになったが、名前が読み上げられるペースはなかなかの早さだった。周囲から漏れ聞こえてくる話によれば、謁見といってもどうやら国王と王子の御前に立って一礼をする程度の物らしい。大したマナーも必要なさそうで私はホッとした。


 少し余裕が出てきた私はホールに咲き誇る華たちを見学する。談笑している皆が皆、義妹と同じように完璧な振る舞いだ。私のように自信がない者は恐らく同じように壁際に控えているのだろう。そうした令嬢達は控えめに食事を摘みながら謁見のために名を呼ばれるのを待っていた。


 それにしてもやはり私のドレスのデザインは古めかしすぎるなと思う。母が来ていた頃に流行りだったそれは、上品ではあるが華やかさには欠けていた。周囲の令嬢のドレスは幾層にも生地が重なったボリュームのあるデザインであり、オフショルダーによって惜しげもなく晒された胸元には煌びやかなアクセサリーをつけている。一方私が着ているドレスはといえば、濃い青色の滑らかな生地はいいとして、シルエット自体はボリュームがなくシンプルだ。胸元は透かし編みが首までを覆い露出を抑えている。本邸に戻ってからドレスなんて着ていなかったし、私専用に仕立ててもらってもいない。義母は背が高く、一方まだ幼い義妹の背は低かった。本邸にあって私が着られるドレスは母の形見であるこれしかなかったのである。華やかな周囲と比べるとどうにも野暮ったい気がしたし、たぶんそれは気のせいではない。現に何人かの令嬢がこちらを見てクスリと上品に笑っていた。

 

 そうした事情もあり縮こまっていた私だったが、ようやく名前を呼ばれる。先ほどまでと同じように、動き出す令嬢の前に自然と開ける道をできる限り優雅に歩む。後方に控えていたこともありなかなか前方には辿りつかない。あまり時間をかけてもと思い、なるだけ早足で歩いた。


 ようやく見えてきた前方の玉座には白髪の男性が座っていた。恐らくあれが国王だろう。辿り着いた御前で緊張しながら一礼をすると横に控えていた男性が一歩私へと歩み寄る。こちらが王子だろう、そう思いもう一度一礼をする。謁見はこれでお終いのはず、と油断していた私に王子が声をかけてくる。


「こんばんは、お嬢さん。君のような可憐で素敵な女性に会えて光栄だ。どうか私と踊ってくれないだろうか。」


 一瞬心臓が止まったかと思った。


 この声。この言い回し。


 まさかと思い顔をあげると、そこには若葉色の瞳でいたずらっぽくはにかんだレオがいた。


 その髪は見慣れた燃えるような赤ではなく、艶やかな漆黒に染まっていた。


 ――――

 

 どうして、と思わず呟きそうになり慌てて口を噤んだ。何から何までさっぱり分からない。何故レオがここにいるのだ。それも黒い髪で。


 混乱していた私は、ざわめきだした周囲の声で我に返った。王子にダンスに誘われたのだ、当然断る権利などない。承諾の旨を可能な限り優雅に伝えると、王子が腕を差し出してくる。

 

 私はその手を取りつつ、これは夢なのだろうかと思う。各々に楽器を抱えた音楽家達が演奏を始める。音楽が流れだし、ダンスが始まった。もしかしたら王宮行きの馬車があまりに快適だったので眠ってしまったのかもしれない。それでこんな夢を見ているのだろうか。レオが大事な話があるなんて言うから気になって王子として夢の中に出てきてしまったのか。必死にダンスをこなしながらそんな風に納得しつつあった私に、王子が小さな声で語りかけてきた。


「全くもって訳が分からないといった様子だね、アーシェ。」


 私にだけ聞こえるように小さな声で囁いたその声にドキリとする。レオの声だ。目の前にいるのは王子のはずなのに、レオが語りかけている。


「レオよね?」


 思わず掠れた声で、囁くように尋ねた。


「レオで違いないよ。」


 小さな声で、しかしはっきりと返事をされた。


「あなた、王子だったの?」

「貴族だと言っただろう。王族も貴族であることには違いない。」


 そんな馬鹿げた理屈があるものか。ステップを踏みながら思わず苛立つ。


「ならどうして髪が黒いのよ。私の知っているレオは赤毛だったわ。」

「お忍びで王宮外に出るのに黒髪のままではまずいだろう。いつも鬘を被っていたんだよ。」


 いつぞや雨に降られた時は、髪を拭く時に鬘が落ちやしないかとそれはそれはヒヤヒヤしたものさと目の前の彼は続ける。話をしていて、相手が間違いなくレオだと確信した。誰か別人に揶揄われているわけでもないと。ということは、彼が言っていることは事実なのだろう。彼はこの国の王子だったのだ。


「王子様がなんであんな森で狩人をしていたのよ。」

「それは勿論君に会うためだ。」

「意味がわからない!」


 いつしか音楽は鳴りやんでいた。いや、鳴りやんでいたのではない。レオにリードされてダンスを踊るうちに、気がつけばあの大きなホールから離れ、人気のない中庭に居たのだ。もう日も落ちているというのに、周囲には芳しい香りを放つ花で満ちていた。ダンスのステップを終えたレオが私の手を取ったまま据え付けられたベンチの一つへと誘う。


「ここは人払いをしてある。気兼ねなく何でも尋ねてくれていいよ。」


 この場所に慣れた様子で私を座らせ、そんな風に言ってのけるレオに私は心底腹を立てていた。

 

「なぜ私に会うために森に来たの。私のことを最初から知っていたというの?!」


 思わず声を荒げてしまう。この場所も、自分の着ているドレスも、向き合っている黒髪のレオも、何もかもがおかしかった。何もかも訳が分からなかった。


「落ち着いて、アーシェ。ちゃんと答えるから。」


 そう言って彼は私の両肩にそっと手を置いた。走ったわけでもないのに息を切らしていた私の呼吸が整うのを静かに待つ。


「アーシェ。僕のこの髪を見て何か思い出さないかい?」


 質問に答えると言ったに質問で返すレオに再び怒りが湧き出しそうになる。私が口を開く前に彼が続けて語り出した。


「僕たちは幼い頃に出会っているんだよ。」

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