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第十六話:収束

 本邸に戻った私は指輪を持っていることを確認されると、すぐに義母のもとに連れて行かれた。義妹も共にである。執事に連れられ部屋を移る途中、メイド達が私と義妹を見てヒソヒソと会話をしていた。林の中から抜け出た私達は2人とも土や枯葉で汚れているうえ、義妹に至っては寝巻きのままである。噂になるのは仕方がないと諦めている私とは裏腹に、義妹の顔色はどんどんと青ざめていった。自分が何をしでかしたか、普段の環境に戻ったことで思い知っているのだろう。


義母の部屋の前に立つと、執事が下がった。ここからは2人で部屋を訪ねろということだ。意を決して扉をノックする。


「入りなさい。」


義母の声を聞いて義妹は震え出した。まったく頼りない同行者だ。そう思いながら一人、決戦の戦場に向かう心持ちでまっすぐ前を向く。


「アーシェです。お義母様、指輪が戻りました。」

「…よくやりました。部屋を勝手に抜け出したこと、仕立てたばかりの衣装のこと……問い詰めたいことは多くありますが、ひとまずは置いておきましょう。」


私が指輪を見せると義母は苦虫を噛み潰したかのような顔でこちらを見て言った。屋敷を抜け出すまでに犠牲となった衣類やシーツを思い出す。いや、そもそも貴族令嬢たるものが窓から部屋を抜け出したことが問題かもしれない。だがそれについては義妹の行動がきっかけなので、不問にしてよねと心の中で独りごちた。


「…アーシェよりも、貴女に聞きたいことが山ほどあります。」


 義母は目つきを鋭くして義妹に向き直った。震えていた義妹は、今度は逆に凍りついてしまった。唇は震えて、言葉を発することなどできそうにない。


「義妹に代わって私から説明をいたします。」


 黙りこくった義妹に代わり私が話をする。昨夜、指輪の見張り役に自分が普段夜に飲んでいる睡眠薬入りの紅茶を振る舞って眠らせたこと。その隙に指輪を持ち出し、屋敷の裏口から黙って外に出て林に隠れたこと。朝、部屋を抜け出した私に見つかり共に帰還したこと。林からの帰り道に私が義妹に問い詰めた事を、ひとつひとつ説明する。


「それで、このような愚かなことをした理由は?」

「原因はお義母様にあるのではないでしょうか。」


 苛立った様子の義母が問いかける。義妹が何か言おうとしたが、その言葉に重ねて私が先に答える。


「私への態度を短期間で急激に何度も変えた事。年端もいかぬ箱入り娘はさぞかし困惑した事でしょう。事態に置いてけぼりにされていると感じたことが直接の原因なのではないですか?」


 これまで貴族令嬢として完璧な振る舞いをしてきた義妹にとっては、幼稚な理由かもしれない。だが義妹はまだ十つかそこらなのだ。それを考慮すべきだった、そう私がはっきりと告げると義母は鼻で笑った。


「ではアーシェはこの私に責があると言いたいのですね。この家から貴女を嫁がせると言っている。その恩義に対して言うことがそれですか。」

「私はもともとこの家の者です。それに、ここで王家との婚約を私が拒否した場合、困るのはどちらでしょうか。」


 私の強気な言葉を聞いて義母が黙る。私がここまで食い下がってくることは、義母の中で想定外なのだろう。当然だ、ここまで強く出ることはこれまでになかったのだから。だが、義妹にあれだけ言った手前、ここで引き下がるわけにはいかなかった。黙って呪われてなどやるものか。


「誰しもが間違いをおかします。大事なことは、その間違いに対して本人と周囲の人間とがどう動くか。本人が強く後悔しているというのなら、温情を持ってその事情を考慮するべきではないでしょうか。…とくに、王家に連なろうというのならば。」


 義妹に謝られた記憶はないが、彼女は幸せになりたかったと言った。己の行動を後悔していることに間違いはないだろう。王家の指輪を示しながら義母を見返す。この指輪をこの家にもたらしたのは誰かなのか、それを暗に示した。


「…もうすぐ正午、約束の時間です。私も義妹も、身支度を整えなければなりません。お義母様も準備を。これにて失礼します。」


 言い返してこない義母に、決着はついたと退室の挨拶をする。呆然とする義妹の背に手を添え、退出を促した私に義母が吐き捨てた。


「…知らぬ間に随分と親密になったようですね。」

「たった一人の血縁ですもの。当然ですわ。」


 血縁、という言葉を強調して返事をする。彼女がどこからこの家の主人であった父に嫁いできたのかは知らないが、血筋という意味でならば彼女こそこの空間においては場違いと言っていい。もっとも、こんなことでこの義母が今後大人しくなるとは思えなかったが。


 義母の部屋を退出した私と義妹は、自然と並んで廊下を歩いた。しばらくたってから義妹が口を開く。


「…貴女に感謝しなければならないのでしょうね。けれど、感謝の言葉を述べるつもりはないわ。」

「どういたしまして。それでけっこうよ。」

 

 義母を相手にしたことによる疲労感に満ちていた私は、義妹からの言葉におざなりな返事をした。もともと感謝が欲しくて取った行動ではない。王家との婚約話で増長する義母に釘を刺したかったこともある。そう、ちょうど良い機会だったのだ。

 

「何を言ったって貴女はいずれこの家から出てゆくんでしょう。お母様の相手はこれからも私がするということ、やっぱり貴女は狡いわ。」

「これからは貴女自身の戦いだわ。自分の人生をよく考えることね。これが私から貴女へ贈る思いやりよ。」

 

 拗ねたように吐き捨てる義妹に、義姉としての言葉を贈る。相手が私だからだろうが、不満を口にできるのは良い兆候と考えよう。


 義妹は訳が分からないといった顔を浮かべていたが、ふっと緊張を緩めた様子で笑った。子供らしい…とは思えない笑い方だったが、森で見たあの狂気じみた笑いよりかはよっぽど良い、そう思った。


「…恐らく今日一日、私は部屋でいるように指示されるわ。これ以上余計な真似をしないように、とね。…今後この家で貴女とこうして話すこともないでしょう。それでは、失礼するわ。…お元気で、お義姉様。」


 そう言って彼女は自室へと帰っていった。最後の言葉は小声だったが、義妹に初めて姉と呼ばれた私は、気恥ずかしいようなむず痒さを覚えたのだった。


 何にせよ、指輪は今この手にある。今度こそ肌身離さずに身につけていよう。


 今回の件はレオに話すわけにはいかないが、危険な橋を渡ってでも指輪を取り戻す努力をした。たとえ彼がこの国の王子であっても、彼と添い遂げるための力はきっと私の中にあるに違いない。そのことを確認できたという意味では、王家の指輪はしっかりとその務めを果たしたのだった。

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