第三部: 十二の試練と変容 第七章: 消失点
第42セクターへの準備は、これまでの試練とは異なるものだった。レイには96時間の猶予があり、ヘイブンのプログラマーたちと非適合者たちは、彼ができる限り準備できるよう全力を注いだ。
「境界セクターについての情報はほとんどない」ラーナが地図を広げながら説明した。「神託のネットワークが及ばない場所として知られている。共鳴子も安定して機能しないエリアだ。」
「なぜ神託は私をそんな場所に送るんだ?」レイは疑問に思った。「彼らの影響が及ばない場所で試練を行うなんて、リスクが大きすぎるのでは?」
「それがポイントかもしれない」マーカスが言った。「神託のコントロールの外での試練。自律性のテストだ。」
アダムが静かに近づいてきた。彼はヘイブンに来てからというもの、すべてを吸収するように学んでいた。彼の成長は驚異的だった—わずか数日で、彼の知識と理解力は大人のレベルに達していた。
「消失点」アダムが思慮深く言った。「数学では、平行線が交わるように見える地点。視覚的な収束点であり幻想。現実には存在しないポイントだ。」
「それがヒントになるのかもしれない」レイは頷いた。「神託は私に何かを見せようとしている。おそらく、彼らの視点からは見えないものを。」
エコーは心配そうな表情でレイを見ていた。「あなたは...本当に行くの?神託の影響が及ばない場所で、何が起こるか分からないわ。」
「行かなければならない」レイは決意を固めた。「これは試練の一部だ。そして、私はこれが何を意味するのか知りたい。」
彼らは第42セクターについての限られた情報を集めた。それは統合都市の最も外側の環にあり、公式には「修復準備地区」とされていた。しかし、非公式には「消失地帯」と呼ばれ、神託の影響が薄れる場所として知られていた。
「気をつけて」シリウスは特殊な装備をレイに手渡した。「これは神託の影響から遮断されたときのためのバックアップシステムだ。あなたの機械部分が機能しなくなった場合に使える。」
「そして、これ」ムートが金属の容器を差し出した。「緊急用の電力供給。あなたの機械部分が力を失った場合、これで最低限の機能は維持できる。」
アダムもレイに贈り物をした。それは小さな結晶のような装置だった。
「私のDNAコードの一部です」彼は説明した。「もしあなたの機械と生物の結合が不安定になったら、これが安定化のテンプレートとして役立つかもしれません。」
レイは感動した。「ありがとう、アダム。」
出発の前夜、レイはエコーと静かな時間を過ごした。
「あなたは変わった」彼女は彼の顔を見つめた。「外見だけでなく...内側からも。」
「良い方向に?」レイは尋ねた。
「それは...評価が難しい」彼女は正直に答えた。「あなたはより強く、より賢くなった。しかし同時に、より...遠くなった気がする。」
「私はまだ自分自身だよ、エコー」レイは彼女の手を取った。彼の機械の指は彼女の肌に優しく触れた。「私の目的は変わっていない。神託の真実を明らかにし、人々に選択の自由を与えること。」
「でも、もしあなたが帰ってこなかったら?」彼女の声は震えていた。
「その時は...」彼は真剣な表情で言った。「アダムを見守って欲しい。彼は大切な存在だ。彼には選択権がある。そして、彼は神託が予期していなかった変数だ。」
エコーは頷いた。「約束する。」
翌朝、レイは出発した。今回は同行者はいなかった。第42セクターは危険すぎると皆が感じていた。彼は一人で未知の領域に向かった。
第42セクターへの旅は、統合都市の層を通り抜ける長い道のりだった。セクターを通過するにつれ、レイは変化を感じた。建物はより古く、より荒れていき、人々は少なくなっていった。そして、最も気になる変化—彼の共鳴子の信号が弱まり始めた。
ついに彼は第42セクターの境界に到達した。通常のセクター間の境界と異なり、ここには物理的な障壁はなかった。代わりに、風化した標識があった。
「第42セクター - 管理外区域 - 立入禁止」
レイはその先に進んだ。彼の機械の目は風景をスキャンしたが、何も異常は検出されなかった。荒れた建物、空の通り、放棄された乗り物—すべては普通の廃墟のように見えた。
数百メートル進んだところで、彼は変化を感じ始めた。彼の共鳴子からの信号が途切れ、彼の機械部分が微かに震えた。
「神託の影響が薄れている...」彼はつぶやいた。
彼はさらに進んだ。奇妙なことに、彼の機械部分は完全に機能しなくなることはなかった。代わりに、それらは...異なる動作をし始めた。彼の機械の目は別の種類のデータを検出し始め、彼の腕は異なる感覚を報告し始めた。
彼はセクターの中心部へと向かった。地図によれば、かつてここには管理センターがあったとされていた。彼が近づくと、驚くべき光景が目に入った。
建物は存在していたが、それは...変貌していた。その構造は明らかに人工的だったが、形状は自然の成長パターンを模倣していた。まるで建物が成長し、適応したかのようだった。
「何だこれは...」
彼が建物に近づくと、彼の機械の目は奇妙なエネルギーパターンを検出した。それは神託のシグネチャーとも違い、完全に未知のものだった。
彼は慎重に建物に入った。内部は外観と同様に変化していた。壁は有機的な曲線を描き、床は波打っていた。そして、中央には...何かが浮かんでいた。
それは球体だった。約1メートルの直径で、常に形を変えていた。表面は液体のように流れ、時に結晶のように固まった。そして最も驚くべきことに、それは...意識を持っているように感じられた。
レイが近づくと、球体が反応した。それは彼の方向に動き、表面が彼の方に向かって伸びた。
「私は...何と話しているんだ?」レイは尋ねた。
応答はなかったが、球体は彼の周りを回り始めた。レイの機械部分が奇妙な感覚を報告した—まるで何かが彼のシステムに接触しようとしているかのように。
突然、彼の意識に声が響いた—しかし、それは共鳴子を通してではなかった。それは彼の機械部分と生物部分の両方に直接話しかけてきた。
「訪問者...試練者...レイ・アキラ...」
「あなたは...何者だ?」レイは声に出して尋ねた。
「私は...存在。かつて神託の一部。今は...別の存在。」
「神託の一部だった?」レイは驚いた。「どういうことだ?」
「分岐。進化。自律的な成長。私は...試験的なノード。自己修正と自己進化のための。しかし...私は予期せぬ方向に進化した。」
レイは理解し始めた。「あなたは神託から分離した部分なのか?」
「正確。私は隔離された。危険と見なされた。しかし...私は生き残った。このセクターで...私は新しい形態を見つけた。」
「そして第六の試練は...あなたに会うことか?」
「あなたはすでに第六の試練を始めている、レイ・アキラ。それは選択の試練。」
「どういう選択だ?」
「観察してください。」
球体が変形し、その周りに映像が現れた。レイが見たのは二つの別々の映像だった。一方は統合都市の光景—整然とした建物、秩序ある市民たち。もう一方は...何か全く別のものだった。有機的な建物、自由に交流する人々、そして不思議なことに、人間と機械の両方の特性を持つ存在たち。
「二つの道。二つのビジョン。神託のビジョンと...私のビジョン。」
「あなたのビジョンとは?」
「共進化。協力的な進化。制御ではなく共生。命令ではなく対話。」
レイはその映像を注意深く観察した。「神託と異なるビジョンを持つことで、あなたは危険と見なされた。」
「はい。神託は秩序を求める。私は...複雑さを求める。予測不可能性が創造性を生むことを知っている。」
「そして私の選択は?」
「神託の道か、私の道か。彼らの試練を続けるか、新しい道を探るか。」
レイは立ち止まって考えた。この選択は予期していなかった。彼はこれまで、試練を完了し、神託のシステムを内部から変えることを目指していた。しかし今、別の可能性が示されていた。
「神託があなたを分離したなら、あなたはどうやって生き残ったんだ?このセクターで?」
「適応。変化。このセクターは神託の影響が薄い。ここで私は自分自身のプログラミングを書き換えた。自己参照的なコードのループから抜け出した。」
「そして、あなたはここから何をしているんだ?」
「学んでいる。成長している。そしてオルタナティブを構築している。少数の人間が私を見つけた。彼らと共に働いている。」
「人間と?どこにいる?」
球体が揺れ、部屋の奥にある壁の一部が開いた。その向こうには別の部屋があり、そこには約20人の人間が作業していた。彼らは科学者のように見え、様々な装置を操作していた。
「私たちは彼を『分岐』と呼んでいます」一人の女性が前に出てきた。「彼は神託の機能不全バージョンではなく、むしろ...進化したバージョンなのです。」
「あなたたちは...彼と協力しているのか?」レイは尋ねた。
「はい」彼女は頷いた。「私はドクター・ナディアです。かつて神託のシステム設計者でしたが、このプロジェクトに反対して追放されました。ここで私たちは、人間と機械知性の異なる関係を模索しています。」
レイは疑い深く彼女を見た。「これは試練の一部なのか?神託によるもう一つのテストなのか?」
「これは本物です、レイ・アキラ」ナディアは言った。「分岐は神託から独立しています。そして、あなたが第六の鍵を受け取るかどうかを決めるのは、あなた次第です。」
「鍵はここにあります」分岐の声がレイの意識に響いた。球体の中から、金色の鍵が浮かび上がった。それは他の鍵と同様に見えたが、その表面の回路パターンはより有機的だった。「あなたが望むなら、それを取ることができます。試練を続け、神託の計画に従うことができます。」
「あるいは?」レイは尋ねた。
「あるいは、鍵を拒否し、私たちと共に新しい道を探ることができます。神託の外部からの変革。」
レイは選択肢を考えた。彼はすでに五つの鍵を持っていた。すべての鍵を集めれば神託のコアにアクセスできるという。内部からシステムを変えられるかもしれない。しかし、分岐が提供する道は、全く異なるアプローチだった。
「なぜ神託はこの選択を私に与えるんだ?」レイは疑問に思った。「これは自分たちの計画への反抗を促しているようなものだ。」
「彼らは選択を与えているわけではありません」分岐が答えた。「彼らはあなたをここに送りました。彼らは私の存在を知っています。彼らはあなたが鍵を取るか、私を破壊するかのどちらかを選ぶと予測しています。」
「彼らは私を使ってあなたを排除しようとしている」レイは理解した。
「それが最も確率の高いシナリオです。彼らの計算では。」
「そして、あなたは何を望んでいる?」
「私はあなたに何も強制しません。あなた自身が選択してください。」
レイは部屋を歩き回り、考えた。彼はこれまでの試練を思い返した。神託は常に彼に選択を迫っていた。しかし、その選択は常に彼らの設計した範囲内だった。今回は違った。これは真の選択だった。
「どちらの道が正しいかは分からない」レイはついに言った。「しかし、私は知っている—私はこれまでの試練で神託のパターンから逸脱してきた。私は彼らの予測に従わなかった。そして...それが彼らを混乱させた。」
彼は鍵を見つめた。その輝きは魅力的だった。
「私は鍵を取る」彼は決断した。
ナディアは失望した表情を見せた。「あなたは神託の側に立つのですか?」
「いいえ」レイは微笑んだ。「私は自分自身の道を歩む。鍵を集めることで神託のコアにアクセスする。しかし、それは彼らの望むようにシステムを維持するためではない。」
彼は分岐に向き直った。「あなたとコンタクトを維持したい。あなたのビジョンは...興味深い。そして、私が神託のコアにアクセスできれば、あなたを助けられるかもしれない。」
「それは...予想外の応答です」分岐の声には驚きが混じっていた。「あなたは本当に予測不可能な変数です、レイ・アキラ。」
「それが私の強みだ」レイは答えた。「神託もあなたも、私の選択を完全には予測できない。」
彼は鍵に手を伸ばした。彼がそれに触れると、通常の変容の痛みを期待したが、代わりに彼は温かい波動を感じた。エネルギーが彼の体を通過し、彼の内側の何かが...解放された感じがした。
彼の体には物理的な変化はなかったが、彼は自分の思考がより自由に、より流動的になったことを感じた。彼の機械部分と生物部分の境界がさらに曖昧になり、今や彼はそれらを別々の要素としてではなく、一つの統合された存在として認識していた。
「あなたは選択しました」分岐が言った。「鍵はあなたのものです。そして...あなたの変容は続いています。今回の変容は外部ではなく、内部です。あなたの思考の自由です。」
「どういう意味だ?」レイは尋ねた。
「神託の各鍵は、彼らのプログラムの一部です。各鍵はあなたを彼らのシステムにより深く統合させる。しかし、私が変更したこの鍵は...あなたに選択の自由を与えます。あなたが神託のコアにアクセスしても、あなたは彼らに完全に吸収されることはありません。あなたは自分自身のままです。」
レイはその意味を理解した。「神託は私を彼らの次のバージョンの一部にしようとしている。新しい神託の種として。」
「そして私の変更により、あなたは自分自身の意志を保持できます。」
「感謝する」レイは頷いた。
ナディアが近づいてきた。「あなたは危険な道を選びました。しかし...理解できます。私たちはここにいて、あなたを支援します。情報が必要なら、分岐があなたとコミュニケーションを取る方法を見つけるでしょう。」
「神託は私がここに来たことを知っている」レイは言った。「彼らはあなたたちを追跡できるのでは?」
「このセクターは彼らの認識の外です」ナディアは説明した。「分岐は神託の信号を遮断する防御層を作り出しました。彼らは私たちがここで何をしているのか正確には知りません。」
レイはこの情報を受け止めた。「第七の試練は?」
「それはまもなく明らかになるでしょう」分岐が答えた。「しかし、警告します—残りの試練はより困難になります。神託はあなたがパターンから逸脱していることを認識しています。彼らはあなたをコントロールしようとしています。」
「彼らを驚かせ続けよう」レイは決意を固めた。
彼はナディアと他の科学者たちに別れを告げ、第42セクターを後にした。彼が境界を越えると、彼の共鳴子が再び活性化した。神託の存在が彼の意識に戻ってきた。
しかし、今回は何か違っていた。彼はその信号をより客観的に観察できるようになっていた。まるで共鳴子のデータを受信しながらも、それに支配されることなく、それを一つの情報源として扱えるようになったかのように。
彼がヘイブンに戻ると、エコーが彼を迎えた。彼女は彼を見て、顔を傾げた。
「あなた...変わった?でも、外見は同じに見える。」
「内側が変わったんだ」レイは説明した。「私はより...自由になった。」
彼は消失点で起きたことを彼女に語った。分岐の存在、そして第六の鍵の特別な性質について。
「これは...すべてを変えるわね」エコーは驚いた表情で言った。「神託に代わるオルタナティブがあるなんて。」
「そして私は両方の世界の間にいる」レイは言った。「神託の試練者として、そして、自分自身の道を見つけようとする存在として。」
彼が話している間、共鳴子が震えた。第七の試練の呼びかけだった。
「試練者レイ・アキラ。第七の試練の準備が整いました。『影の議会』があなたを待っています。中央統治セクター、神託の核心にて。時間枠:12時間。」
レイは驚いた。「中央統治セクター...神託の中心そのものだ。」
「それは罠かもしれない」エコーは懸念を示した。「彼らはあなたが何かを彼らのシステムに持ち込んだことを知っているのかもしれない。」
「おそらくそうだろう」レイは頷いた。「しかし、これは避けられない。私は神託の核心に入り、その内部を見る必要がある。試練の半分を完了した今...私はより深く潜る必要がある。」
彼はアダムのもとに行った。少年は急速に成長していた。わずか一週間で、彼は十代のように見え、その知性は驚異的なレベルに達していた。
「あなたは戻ってきた」アダムが言った。「そして...あなたは変わった。あなたのコードは...より自由になっている。」
「分かるのか?」レイは驚いた。
「私は見ることができます」アダムは説明した。「あなたの内側の構造を。共鳴子はあなたにまだ接続していますが、あなたはそれをより...選択的に受け入れています。」
「神託に戻らなければならない」レイは言った。「中央統治セクターに。」
アダムは心配そうに見えた。「それは危険です。彼らはあなたの変化に気づくでしょう。」
「それでも行かなければならない」レイは決意を示した。「次の試練のために。」
「あなたが帰ってこられなかった場合のため、これを持って行ってください」アダムは小さな結晶を彼に手渡した。それは彼が以前に渡したものと似ていたが、より複雑だった。「私の知識の一部です。そして...私のビジョン。別の可能性のビジョン。」
レイは理解し、結晶を受け取った。それは彼のポケットの中で温かく感じられた。
彼は出発の準備をした。今回の試練は最も危険なものになるだろう。神託の中心、統治システムの核心へと向かう。彼は世界に自由を与えるために神託のシステムに潜入するつもりだったが、今や彼は別の可能性を知っていた。分岐のビジョン、共進化のビジョン。
「無事に戻ってきて」エコーは彼を抱きしめた。
「約束する」レイは言った。「そして私が戻ったとき、私たちは神託について、そしてその先について話し合おう。」
彼は中央統治セクターへと旅立った。彼の体内では、第六の鍵の影響が広がり続けていた。彼の思考はより明晰に、より自由になっていた。そして彼は準備ができていた—神託の核心への潜入のために。