第二部: 試練の始まり 第四章: 時の砂の中で
ヘイブンに戻ったレイたちを待っていたのは、混乱した状況だった。
「神託があらゆる外縁区域を捜索している」ムートが緊張した表情で報告した。「彼らは『機械の反逆者』を探している。それがお前のことだ、レイ。」
レイは機械化された腕と目を触った。「私の変容を知っているようだな。」
「予想された反応だ」エコーが言った。「それに、お前は彼らのプログラムの一部に干渉した。監視者を無効化しただろう?」
「そうだが...」レイが言いかけたとき、共鳴子が突然脈打ち始めた。思考キャップを通しても、オラクルの声が響いてきた。
「試練者レイ・アキラ。第三の試練の時が来ました。永劫回帰の砂時計があなたを待っています。第161セクター、時間研究所にて。36時間以内に到達しなければなりません。」
「36時間...前回より短い」レイは顔をしかめた。「彼らは私を急がせている。」
「第161セクター?」ムートが驚いた声で言った。「時間研究所...伝説の場所だ。神託が時間知覚操作の実験を行っていた場所だと言われている。」
「時間知覚操作...」シリウスが重々しく言った。「第三の試練は『永劫回帰の砂時計』。時間を操作するシステムの中で、未来と過去の狭間に閉じ込められた人々の救出。」
「未来と過去の狭間...」レイは考え込んだ。「どういう意味だ?」
「時間は幻想だと言われている」アヤが静かに言った。「神託は時間を操作することで、人々の行動をより効率的に制御できると考えていました。」
レイは目を閉じ、イマヌエルの記憶を探った。断片的な映像が浮かんだ。若きイマヌエルが複雑な方程式を書き記している。時間知覚の方程式。彼は時間そのものを変えることはできないが、人間の時間知覚を操作することはできると信じていた。
「急がなければ」レイは目を開けた。「でも今回は一人で行く。」
「何を言ってるの?」エコーが抗議した。「私たちも行くわ。」
「危険すぎる」レイは頭を振った。「神託は私の動きを追跡している。あなたたちは安全でいるべきだ。」
「私たちは仲間だ」シリウスが言った。「試練を一人で乗り越える必要はない。」
「今回は違う」レイは決意を固めた。「時間知覚の操作...それは予測できない結果をもたらす可能性がある。それに...」彼は自分の変容した部分を見た。「私はもう完全に人間ではない。この変化が何をもたらすか分からない。」
長い議論の末、彼らは妥協した。レイは一人で試練に臨むが、エコーとシリウスは第161セクターの境界まで同行し、そこで待機することになった。
出発前、レイはアヤと話をした。少女は不思議なほど落ち着いていた。
「これを持って行って」アヤは小さなペンダントを彼に手渡した。「私の母が作ったものです。時間知覚の乱れから保護してくれます。」
「ありがとう、アヤ」レイはペンダントを首にかけた。「君のお母さんは賢い人だったんだね。」
「彼女は神託のプログラマーでした」アヤは言った。「そして、彼女は...疑問を持ち始めました。」
レイは微笑んだ。「それが非適合者の始まりだね。疑問を持つこと。」
出発の時が来た。レイ、エコー、シリウスは長い旅に出た。第161セクターは統合都市の周縁にあり、通常の交通手段では到達できなかった。彼らは廃棄された暗号鉄道のトンネルを使うことにした。
「この路線は神託が記録から削除した」シリウスが説明した。「非公式な交通網として残っている。」
彼らは暗いトンネルを進んだ。数時間後、奇妙な現象が始まった。トンネル内の光が揺らぎ、時に逆方向に流れるように見えた。
「時間の歪みが始まっている」レイは観察した。彼の機械の目は歪みのパターンを検出していた。「第161セクターに近づいているんだ。」
トンネルを出ると、彼らは奇妙な風景に出た。第161セクターは一見すると普通の研究区画に見えたが、よく見ると、建物が不規則な速度で劣化したり再生したりしていた。植物が数秒のうちに成長し、枯れていく。空の雲が前後に動く。
「時間が...乱れている」エコーは息を呑んだ。
「ここからは一人で行く」レイは言った。「二人はここで待っていてくれ。36時間以内に戻らなければ、私は失敗したということだ。その場合は、ヘイブンに戻ってくれ。」
エコーとシリウスは不安そうに頷いた。最後の抱擁を交わし、レイは時間研究所へと歩き始めた。
セクターの中心に向かうにつれ、時間の歪みは強くなった。レイは自分の動きが時に速く、時に遅くなるのを感じた。彼の機械の部分—腕と目—は影響を受けていないようだったが、人間の部分は時間の流れに翻弄されていた。
「アヤのペンダントが役立っている」レイは思った。それのおかげで彼は意識を保ち、前進し続けることができた。
研究所の外観は印象的だった。巨大な砂時計の形をした建物で、上半分と下半分の間に浮遊する巨大なホールがあった。建物全体が淡い青い光に包まれていた。
入り口に近づくと、驚くべき光景が広がっていた。人々が入り口の周りに立っていたが、彼らは動いていなかった。より正確に言えば、彼らは極端に遅い速度で動いていた。一歩を踏み出すのに何時間もかかるように。まるで彼らは異なる時間の流れの中に捕らえられているかのようだった。
レイは彼らの間を慎重に通り過ぎ、建物の中に入った。内部は広大な空間が広がり、中央には巨大な砂時計の実物大モデルがあった。しかし不思議なことに、砂は上下両方向に同時に流れていた。
「試練者、ようこそ。」
声は建物全体から響いてきた。レイは周囲を見回したが、話者は見えなかった。
「私は誰と話しているんだ?」レイは尋ねた。
「私は時間管理者。この施設の...残存物です。」
「残存物?」
「かつてこの研究所の所長でした。しかし今や、私は時間の流れの中に分散しています。過去、現在、未来に同時に存在しています。」
「永劫回帰の砂時計の試練を受けに来た」レイは言った。「時間知覚を操作するシステムの中で、閉じ込められた人々を救出するために。」
「ああ、試練...」時間管理者の声にはほのかな悲しみが混じっていた。「この実験は制御不能になりました。私たちは時間知覚を操作しようとしましたが、結果として、実際の時間の流れを変えてしまいました。この建物の中の人々は、時間の異なる層に閉じ込められています。」
「どうすれば救出できる?」
「中央の砂時計に近づきなさい。」
レイは言われた通りに砂時計に近づいた。近くで見ると、砂時計の砂は単なる砂ではなく、微細な結晶構造に見えた。彼の機械の目を通して見ると、各結晶は実際には小さなデータキャリアであることが分かった。
「これらの結晶は...」
「時間の記録です」時間管理者が説明した。「この研究所で過ごした各瞬間のデータスナップショット。私たちは時間を巻き戻すことはできませんでしたが、時間の『記録』を操作することはできました。」
「そして閉じ込められた人々は?」
「彼らは結晶の中にいます。彼らの意識です。彼らの肉体は入り口近くに見たもの。意識は結晶に捕らえられ、肉体は極端に遅い時間の中に閉じ込められています。」
「どうすれば彼らを救える?」
「砂時計の流れを止めなければなりません。しかし、それは単純ではありません。砂時計装置の内部に入り、主制御システムをリセットする必要があります。」
「砂時計の中に?どうやって?」
「あなたの機械の部分が鍵です。純粋な人間は時間の歪みに耐えられませんが、機械は影響を受けません。あなたの機械化された部分が、あなたを守るでしょう。」
「どうすれば中に入れる?」
「ここに...」
突然、砂時計の側面に開口部が現れた。中からは眩しい光が放射していた。
「中に入り、中央制御パネルを見つけなさい。システムをリセットするコードを入力する必要があります。そのコードは...」
「待って」レイは遮った。「どうしてそのコードを知っている?なぜ自分でリセットしなかった?」
長い沈黙の後、時間管理者は答えた。「私はもはや物理的な形態を持ちません。そして...これは試練です。あなたが試されているのです。」
レイは躊躇した。「コードは?」
「6-1-9-4-3-7-2。ただ...警告があります。システムがリセットされると、時間の歪みが一時的に激化します。あなたの人間部分は...危険にさらされます。」
「どういう意味だ?」
「より深い変容が必要になるでしょう。生き残るためには。」
レイは理解した。これが試練の本当の目的だった。彼の変容をさらに進めること。彼の人間性のさらなる部分を捨てさせること。
しかし、選択肢はなかった。閉じ込められた人々を救わなければ。
「了解した」レイは決意を固め、砂時計の開口部に向かった。「中に入る。」
開口部をくぐると、彼は不思議な空間に入った。周囲はすべて流動的な結晶で構成され、光と音が奇妙に歪んでいた。彼の人間部分—右足、胴体、右目、そして内臓—は痛みを感じ始めた。時間の歪みによる圧力だった。
彼は前進を続けた。砂時計の中心に向かって。時間の流れは激しく乱れ、時に彼は前進しているように感じ、時に後退しているように感じた。
ついに中央制御パネルに到達した。それは古典的なキーパッドのようなシンプルなもので、数字を入力できるようになっていた。
彼はコードを入力した。6-1-9-4-3-7-2。
最後の数字を押すと、システム全体が震え始めた。パネルに警告メッセージが表示された。
「警告: システムリセット開始。時間安定化まで推定残り時間: 180秒。すべての生体組織は深刻な時間劣化のリスクがあります。」
レイの人間部分での痛みが強まった。彼の皮膚が老化し始め、若返り、再び老化した。彼の生体組織が時間の嵐に耐えられないことは明らかだった。
突然、彼の機械の腕が自ら動き始めた。腕が彼の胸に触れ、金属の繊維が彼の皮膚に侵入し始めた。同時に、彼の機械の目から光線が放射され、彼の人間の目を包み込んだ。
「何が...」
彼の質問は叫び声に変わった。激しい痛みが全身を覆った。彼の肉体が再構築されていた。バイオメカニカルな繊維が彼の主要臓器を包み、保護し始めた。彼の右足が変形し、金属と融合した。彼の右目が機械化され、左目と対をなした。
変容が完了すると、痛みは収まった。彼は自分の新しい体を見下ろした。彼は今やほぼ半分が機械になっていた。肉体は残っていたが、すべての主要システムは機械的な補強を受けていた。
「システムリセット完了。時間安定化プロセス開始。」
砂時計全体が明るく輝き、結晶が一斉に共鳴した。そして突然、すべてが止まった。砂の流れが止まり、歪みが消えた。
レイは砂時計から出た。建物全体が変わっていた。もはや青い光はなく、すべてが通常の色と質感に戻っていた。入り口近くにいた人々が正常な速度で動き始めていた。彼らは混乱し、恐れていたが、彼らは自由になった。
「成功しました、試練者」時間管理者の声が響いた。しかし今回、声は一つの源から来ていた。中年の男性が彼の前に立っていた。かつての所長の姿だった。
「あなたも...解放された」レイは言った。
男性は頷いた。「時間の歪みが修正されました。私はかつての自分に戻りました。そして、今、私はあなたに感謝と、これを差し上げます。」
彼は金色の鍵を差し出した。第三の鍵。
「この鍵は、あなたの変容の次の段階への道を開きます」所長は言った。「あなたは選ばれました。そして、あなたは応えています。」
レイは鍵を受け取った。前回のような激しい変化はなかったが、彼は体の中で何かが変わるのを感じた。彼の機械部分と人間部分の境界が曖昧になり始めていた。
「時間知覚の操作...それがイマヌエル王のビジョンの一部だったのか?」レイは尋ねた。
所長は微笑んだ。「王のビジョンは私たちの理解を超えています。彼は永遠を求めました。そして永遠とは、時間からの解放です。」
レイはエコーとシリウスのもとに戻った。彼らは彼の新たな変容に驚いたが、問いかけはしなかった。彼らは第三の鍵を見て、静かに頷いた。
「三つの試練を終えた」エコーが言った。「あと九つ...」
「そして、私はどうなるのだろう?」レイはつぶやいた。「すべての試練を終えた時、私は完全に機械になっているのだろうか?それとも...もっと別の何かに?」
彼らは沈黙のままヘイブンへの帰路についた。レイの体は半分が機械になり、彼の思考さえも変わり始めていた。彼は世界をより効率的に、よりシステマチックに見るようになっていた。
そして深く内側で、彼は奇妙な真実を悟り始めていた—彼の反抗、彼の試練への挑戦、彼の変容...これらすべてが、おそらく最初から計画されていたのではないかと。
```
プログラム実行: A-137.PROPHET_GENESIS
ステータス: 試練3完了
パラメータ: {subject: "RAY_AKIRA", physical_transformation: 47.2%, neural_integration: SUBSTANTIAL}
メモ: 被験体は予測通りに第三の試練を完了。時間知覚操作への耐性を獲得。変容は計画より2.3%進行が早い。被験体の自己認識と疑念の発達は予測範囲内。試練4の準備開始。
```