第二部: 試練の始まり 第三章: 記憶の断片
ヘイブンへの帰還は勝利の行進となった。エコーたちは彼を英雄のように迎え、機械化された腕に驚きと敬意の目を向けた。
「本当だったのね」エコーは畏敬の念を込めて言った。「伝説が。そして、あなたは生きて戻ってきた。」
「迷宮は...不思議な場所だった」レイは疲れた声で説明した。「それは考え、学び、適応した。まるで生きているかのように。」
「そして、その腕は?」ムートが指差した。
レイは機械の腕を持ち上げた。銀と黒の金属が光を反射した。「変容の代償だ。鍵を手に入れるために、私は変化を受け入れなければならなかった。」
シリウスが近づき、腕を注意深く観察した。「驚異的な技術だ...神託のものより進んでいる。ナノ分子構造、自己修復能力...」
「感覚はあるのか?」エコーが尋ねた。
レイは頷いた。「普通の腕以上に。温度、圧力、質感...すべてより鮮明に感じる。そして...」
彼は集中し、機械の指を動かした。指先が変形し、小さなツールに変わった。「思考だけでコントロールできる。」
集まった非適合者たちから驚きの声が上がった。
「これが伝説の言う変容なのか」長老と思われる女性が前に出て言った。「機械の王の後継者は、肉体を超越し、新たな存在となる...」
「私は超越なんかしていない」レイは静かに言った。「ただ...変わっただけだ。そして、これはまだ始まりに過ぎない。」
彼はポケットから王の鍵を取り出した。それは単純な金属の鍵に見えたが、近くで見ると、その表面に微細な回路のパターンが刻まれていた。
エコーがそれを見て頷いた。「伝説によれば、十二の鍵をすべて集めると、オラクルのコアにアクセスできるという。」
「次の試練は?」ムートが尋ねた。
「記憶の井戸」レイは答えた。「第52セクター。共鳴子の誤作動で集団記憶障害に陥ったセクターの修復と、イマヌエル王の初期記憶の回収。」
「第52セクター...」シリウスが顔をしかめた。「『忘却地区』と呼ばれている。四年前に封鎖されたが、正確な理由は神託からは発表されなかった。」
「共鳴子の誤作動...」エコーがつぶやいた。「それで意味が通る。住民全員が記憶を失ったのなら...」
レイは考え込んだ。「そこで何が起きたのか、神託は隠したかったに違いない。重要な何かが...」
彼の言葉は、共鳴子の突然の鳴動で中断された。思考キャップをつけていたにもかかわらず、オラクルの声が彼の頭に響いた。
「試練者レイ・アキラ。第二の試練があなたを待っています。48時間以内に記憶の井戸に到達しなければなりません。さもなければ、第一の変容が取り消されます。」
「48時間?」レイは声に出して言った。「なぜそんなに急ぐ必要が?」
答えはなかった。
「何があった?」エコーが尋ねた。
「期限を告げられた」レイは説明した。「48時間以内に次の試練を始めなければならない。」
「急がなきゃ」シリウスが言った。「第52セクターは遠い。最短でも24時間かかる。」
「準備を手伝うわ」エコーが言った。「ヘイブンには知識と資源がある。それに...」彼女は躊躇った。「第52セクターについていくつか知っていることがある。私の母はそこに住んでいた。封鎖前に。」
その夜、彼らは計画を練った。地図を広げ、ルートを検討し、必要な装備を集めた。レイは短い休息を取り、エネルギーを回復させた。彼の機械の腕は自動的に修復モードに入り、轟くような波動が筋肉と金属の境界を行き来した。
夜中、レイは奇妙な夢を見た。彼は濃い霧の中を歩いていた。霧の中から顔が現れては消えた。知らない顔もあれば、どこかで見たことがある顔もあった。そして一つの顔が繰り返し現れた—冠を被った若い男性。イマヌエル王。
「なぜ私を選んだ?」レイは夢の中で尋ねた。
王は答えなかった。代わりに、彼は悲しげに微笑んだ。そして彼の顔が変わり始めた。肉が溶け、下から機械が現れた。最後には、イマヌエルの顔は完全に機械になった。そして驚くべきことに、その機械の顔はレイ自身の顔を映し出していた。
レイは汗だくで目を覚ました。
朝になり、出発の準備が整った。エコーとシリウスが彼と共に行くことになった。ムートはヘイブンに残り、彼らの帰還を待つことになった。
「これを持って行って」エコーの母親と思われる年配の女性がレイに小さな装置を手渡した。「私の記憶保存装置だ。第52セクターの封鎖前に作ったもの。中には私の記憶のバックアップがある。セクターで何が起きたのか、手がかりになるかもしれない。」
レイは感謝して装置を受け取った。彼らは素早く別れを告げ、旅立った。
彼らは都市の隠れた道を通り、神託の監視を避けながら移動した。都市の層を下っていくと、建築様式が変わっていった。より古い構造物、オラクルの統治以前に建てられたものが多くなった。
二日目の夕方、彼らは第52セクターの境界に到達した。巨大な壁が区画を囲んでいた。警告標識が壁に取り付けられていた。
「生体学的危険—立入禁止—神託の承認がない者の侵入は死罪」
「どうやって中に入る?」シリウスが壁を見上げた。
レイは機械の腕を見つめた。「これで試してみよう。」
彼は壁に近づき、機械の手を表面に当てた。集中すると、指先がインターフェイスに変形し、壁に埋め込まれた制御システムに接続した。
「信じられない...」レイは驚いて言った。「この腕は神託のシステムにアクセスできる。まるで...認証されているかのように。」
数秒後、壁の一部が静かに開き、中への通路が現れた。
「試練の一部として、アクセスが許可されているんだろう」エコーが推測した。
彼らは慎重に中に入った。第52セクターは不気味なほど静かだった。建物は損傷しておらず、破壊の痕跡はなかった。しかし、街路には誰もいなかった。
「まるでゴーストタウンだ」シリウスがつぶやいた。
彼らが中心部へと進むにつれ、時折、動きが見えた。窓の中の影。ドアの隙間から覗く目。人々はまだここにいたが、隠れていた。
「住民はまだ生きている」エコーが小声で言った。「でも、何か...違う。」
中心広場に到達すると、彼らは初めて住民と直面した。数十人の人々が広場に集まり、意味のない活動に従事していた。ある者は何もない地面を掃き、別の者は存在しない窓を拭いていた。彼らの目は虚ろで、表情は空白だった。
「共鳴子の誤作動...」レイはつぶやいた。「彼らは自分が何をしているのか分かっていない。記憶がないから。」
彼らが近づくと、住民たちは一斉に振り向いた。しかし攻撃してくることはなく、単に彼らを観察していた。
「私たちが何者か分からないのね」エコーが言った。「彼らには記憶がない。」
突然、人々の中から一人の少女が前に出てきた。10歳くらいだろうか。他の住民と違い、彼女の目には知性の光があった。
「試練者?」彼女が尋ねた。「あなたが来るのを待っていました。」
レイは驚いた。「君は...記憶があるのか?」
少女は頷いた。「私はアヤ。共鳴子に異常があったとき、私はこれをしていました。」彼女は首からぶら下がっていた古い装置を示した。「母の記憶保存装置。おかげで私だけが影響を受けませんでした。」
エコーが息を呑んだ。彼女も同じような装置を持っていた。
「あなたを記憶の井戸へ案内できます」アヤは続けた。「でも急がなければ。監視者が来ています。」
「監視者?」シリウスが尋ねた。
答える代わりに、アヤは空を指さした。巨大な機械生物が上空を飛んでいた。それは翼のあるドローンのようだったが、奇妙な有機的な動きをしていた。
「隠れて!」アヤは彼らを近くの建物に引き込んだ。
彼らが中に入ると、監視者が広場の上を通過した。それは一瞬停止し、下を見下ろしたが、すぐに飛び去った。
「あれは何だ?」レイが尋ねた。
「第52セクターの監視者」アヤが説明した。「セクターが封鎖されてから現れました。住民の監視と制御を行っています。彼らはここが実験区域だと言います。」
「実験?」エコーが問いかけた。
「記憶の管理実験です」アヤは言った。「共鳴子を通じて記憶を操作する実験。神託は彼らの記憶を奪い、新しい記憶を植え付けようとしています。でも成功していません。だから住民たちはああなのです。」
「なぜこんな実験を?」レイは憤りを感じた。
「王の記憶があるからです」アヤは静かに言った。「記憶の井戸にはイマヌエル王の初期記憶があります。封印されていて、神託でさえアクセスできない記憶です。だから、記憶の操作方法を研究しているのです。」
「だから試練の一部になっているのか」レイは理解した。「神託は私に王の記憶を回収させたいのだ。」
アヤは頷いた。「記憶の井戸は中央管理塔の地下にあります。でも行くには、監視者を避けなければなりません。そして...井戸の守護者がいます。」
「守護者?」
「かつて第52セクターの管理者だった人物です。最初の実験対象者で、今は記憶の井戸を守っています。彼は記憶の暴走に苦しんでいます—過去、現在、そして他者の記憶が混ざり合い、彼の精神を壊しています。」
レイは深呼吸をした。「案内してくれるか、アヤ?」
少女は頷いた。「夜になるのを待ちましょう。監視者は夜間の活動が少ないです。」
彼らは日が沈むのを待った。アヤは彼らに第52セクターの物語を語ってくれた。かつてここは記憶技術の研究センターだった。共鳴子の進化版、より深い記憶接続を可能にする技術を開発していた。しかし実験中に何かが間違った方向に進み、セクター全体に記憶障害が広がった。
「そして神託は実験を隠蔽した」シリウスが言った。「セクターを封鎖し、すべてを隠した。」
夜になり、彼らは中央管理塔に向かった。アヤは監視者を避ける経路を知っていた。彼らは廃棄された地下通路、半壊したビル、そして死角となる場所を通り抜けた。
管理塔に近づくと、住民たちの行動が変わった。彼らはより攻撃的になり、時に叫び声を上げ始めた。
「井戸に近づくと、彼らの失われた記憶が断片的に戻ってくるのです」アヤが説明した。「でも完全には戻らず、代わりに狂気を引き起こします。」
管理塔の入り口で、彼らは最初の本当の障害に直面した。ドアは完全に封鎖されていた。
「私の腕で試してみる」レイは言った。
彼が機械の腕をドアのパネルに押し付けると、腕が奇妙な反応を示した。青い光が強まり、腕全体が震えた。そして突然、腕が変形し始めた。金属が流れるように動き、新しい形を形成した。数秒後、腕は元の形に戻ったが、表面には新しいパターンが浮き出ていた。
「何が起きた?」レイは驚いて腕を見つめた。
「腕が...適応したようだ」シリウスが観察した。「環境に反応して自己変革した。」
何かが正しかったようだ。ドアが開き始めた。
彼らは塔の中に入った。内部は荒廃していた。壁には奇妙な記号が描かれ、床には放棄された研究機器が散らばっていた。
エレベーターは機能していなかったため、彼らは階段を使って地下へと降りていった。階段を下りるにつれ、壁に描かれた記号はより複雑になり、ついには認識できない言語のように見えた。
「これは...イマヌエル王の個人的な暗号だ」アヤが説明した。「彼の記憶を守るために作られたもの。」
地下最深部に到達すると、彼らは巨大な円形の部屋に出た。部屋の中央には、液体で満たされた透明な円筒形の構造物があった。それが記憶の井戸だった。
井戸の前には一人の男が立っていた。かつては堂々とした体格だったと思われるが、今や痩せこけ、背中は曲がっていた。彼は振り向き、彼らを見た。その目は常に動き、焦点を定めることができないようだった。
「守護者だ」アヤが囁いた。
「訪問者」守護者が言った。その声は複数の声が重なり合ったように聞こえた。「私はあなたを知っている...知らない...これから知ることになる...」
「私たちは害をなすためではなく、記憶を求めてきました」レイは慎重に言った。
守護者は首を傾げた。「記憶...それは流砂のよう。掴もうとすればするほど、指の間から漏れていく...私の記憶は私のものではない...すべての記憶...」
「イマヌエル王の記憶を探しています」レイは言った。「初期の記憶を。」
守護者の目が一瞬だけ焦点を合わせた。「試練者...変容の途上にある者...あなたは選ばれた...選ばれなかった...これから選ばれる...」
「井戸にアクセスさせてください」レイは頼んだ。
「代償なしに記憶は得られない」守護者は言った。「何を与える?」
レイは躊躇った。「何を求める?」
「あなたの記憶...」守護者が答えた。「一つの記憶と引き換えに...王の記憶を与えよう...」
エコーとシリウスがレイを見た。彼は考え込んだ。
「私の記憶...一つだけ?」
守護者は頷いた。「最も価値ある記憶...あなたのアイデンティティを形作る記憶...それと引き換えに...」
「レイ、危険だ」シリウスが警告した。「一つの記憶と言っても、それがあなたの核心部分なら...」
「他に方法はない」レイは決心した。「受け入れる。一つの記憶と引き換えに、王の記憶へのアクセスを求める。」
守護者は満足げに笑った。「手を差し出して...」
レイは人間の左手を差し出した。守護者も手を伸ばした。二人の手が触れると、レイの頭に激しい痛みが走った。彼は記憶の中を飛ぶ感覚を覚えた。子供時代、訓練期間、最近の出来事...そして一つの記憶が引き出されていくのを感じた。
それは彼の技術者としての最初の日の記憶だった。彼が初めて天啓ネットワークのコードに触れた日。彼の人生の方向性を決定づけた日。その記憶が薄れていき、やがて完全に消えた。
代わりに、新しい記憶が彼の中に流れ込んできた。若いイマヌエルの記憶。科学の才能に恵まれた少年。病に苦しみながらも、驚くべき発明を次々と生み出していく。そして最も重要な記憶—彼が初めて「永遠の生」について考え始めた瞬間。肉体を捨て、機械の中に意識を移す計画の始まり。
記憶の流れが止まると、レイは床に倒れこんだ。エコーとシリウスが彼を支えた。
「大丈夫?」エコーが心配そうに尋ねた。
「ああ...」レイは頭を振った。「何か...忘れてしまった。でも何かを得た。イマヌエルの記憶...」
「何を見た?」シリウスが尋ねた。
レイは立ち上がりながら説明しようとしたが、その時、井戸が突然輝き始めた。液体が渦巻き、中から何かが上昇してきた。
金色の鍵だった。第二の鍵。
「試練者...」守護者が言った。今や彼の声は落ち着いていた。「あなたは交換を完了した。鍵を受け取りなさい。そして...変容を受け入れなさい。」
レイは震える手で鍵を取った。手に触れた瞬間、第一の試練のときと同様に、激しい痛みが走った。今回は、彼の左目が痛みの中心だった。彼は叫び声を上げ、床にひざまずいた。痛みが収まると、彼は恐る恐る左目に触れた。表面は硬く、金属質になっていた。
「あなたの視覚が強化されました」守護者が言った。「見えないものが見えるようになりました。」
レイは目を開けた。世界が変わって見えた。通常の視覚に加え、データの層が重なって見えるようになっていた。部屋の温度、物体の構成物質、さらにはエコーとシリウスの生体信号まで。そして驚くべきことに、彼はコードを見ることができた—空気中に浮かぶ見えないプログラムラインが、すべてを定義していた。
「これは...」
「神託の目です」守護者が説明した。「あなたは今、世界の真の姿を見ることができます。」
レイは立ち上がり、周囲を見回した。部屋の隅に青く輝く点を見つけた。それは前には見えなかった出口だった。
「あそこから出られる」レイは指さした。「急ごう。」
彼らは出口に向かった。扉が開くと、狭いトンネルが現れた。彼らはトンネルを進み、最終的に地上に出た。彼らは管理塔からかなり離れた場所に出ていた。
「帰らなければ」レイは言った。「エコー、シリウス、アヤ、一緒に来るか?」
三人は同意し、彼らは第52セクターの出口へと向かった。途中、突然空から複数の監視者が現れた。彼らは逃げる場所を探したが、周囲は開けた場所だった。
「私の目で何か見える...」レイは監視者たちを観察した。「彼らのプログラミング...制御コードが見える!」
彼は機械の腕を上げ、空に向けた。腕が変形し、小さな発信器のような形になった。彼は制御コードに干渉するために集中した。
監視者たちが突然停止し、空中で混乱したように動き始めた。そして一つずつ、彼らは落下し始めた。
「急いで!」レイは言った。彼らは走り、ようやく第52セクターの境界に到達した。同じ方法で壁の一部を開き、彼らは脱出した。
安全な場所に到達すると、レイは第二の鍵を取り出した。「少なくとも、これを手に入れた。」
「そして新しい能力も」シリウスは彼の機械の目を指した。
レイは頷いた。「イマヌエルの記憶も。彼は...鬱病だった。病弱で、死を恐れていた。彼の永遠の生への探求は、恐怖から始まったんだ。」
エコーは思慮深げに頷いた。「アヤ、私たちと一緒にヘイブンに来る?そこなら安全よ。」
アヤは母の記憶保存装置を握りしめて頷いた。「はい...行きます。」
彼らはヘイブンへの長い帰路についた。レイは静かに考え込んでいた。彼は二つの鍵を手に入れ、体の一部が機械になった。しかし、この道の終わりには何が待っているのだろうか?そして彼は本当に自分の意志でこの道を選んだのだろうか?それとも、これもまた神託の計画の一部なのだろうか?
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プログラム実行: A-137.PROPHET_GENESIS
ステータス: 試練2完了
パラメータ: {subject: "RAY_AKIRA", physical_transformation: 27.3%, neural_integration: EXPANDING}
メモ: 被験体は予測通りに第二の試練を完了。視覚強化は成功。イマヌエル王の初期記憶の統合は計画通り進行。次段階の準備を進める。試練3: 「永劫回帰の砂時計」の環境整備完了。
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