第一部: 疑念の芽生え 第二章: 鋼の迷宮
夜明け前、レイはヘイブンを後にした。エコー、ムート、シリウスが彼を見送った。
「試練者の無事を祈る」エコーが言った。「そして戻ってきたとき、私たちに希望をもたらしてほしい。」
レイは頷いた。彼は新しい服—目立たない灰色のジャンプスーツ—を身につけ、シリウスから受け取ったシステムディスラプターを確認した。ポケットには「機械王の試練」の本の関連ページをコピーしたデータパッドも入れてあった。
統合都市第104セクターは、かつて産業の中心地だった場所だ。環境崩壊後の再構築の際、このエリアは放棄され、新しい生産施設が他のセクターに建設された。公式記録では、第104セクターは「非活性」とされていたが、非適合者たちの間では別の噂が流れていた—そこには何か残されており、神託は意図的にその場所を避けているという。
レイは外縁区域の境界を抜け、廃棄された高速輸送管を使って第104セクターに向かった。輸送管は使われなくなって久しく、所々で破損していたが、まだ基本的な構造は残っていた。
「ここから数キロ先だ」レイは自分に言い聞かせた。輸送管の中は暗く、彼が持ってきた小さな光源だけが道を照らしていた。
二時間後、レイは管の終点に到達した。そこから先は徒歩で進むしかなかった。彼は出口から這い出て、第104セクターの風景を初めて目にした。
息を呑むような光景だった。
かつての産業地区は、今や金属の森に変わっていた。建物や機械の残骸が地面から突き出し、それらが互いに繋がり合って奇妙な構造物を形成していた。最も驚くべきは、それが動いているように見えることだった。遠くでは金属がうねり、新しい形を作り出している。
「自己進化する防御システム...」レイはつぶやいた。
彼はデータパッドを取り出し、鋼の迷宮に関する記述を確認した。
「第一の試練、鋼の迷宮は永遠に変化する。それは思考し、学び、適応する。試練者は迷宮の中心に到達し、そこにある『王の鍵』を手に入れなければならない。しかし注意せよ—迷宮は試練者の思考パターンを学習し、予測する。予測不可能であれ。パターンを破れ。そして何よりも、迷宮の声に耳を傾けるな。」
レイは顔をしかめた。「迷宮の声?」
彼が疑問に思った瞬間、共鳴子が震えた。
「試練者レイ・アキラ。第一の試練へようこそ。」
その声はオラクルのものだったが、どこか違っていた。より機械的で、感情が欠けていた。
「鋼の迷宮のルールは単純です。中心に到達し、王の鍵を手に入れれば成功。失敗すれば死。試練開始まで、あと10秒。」
レイは周囲を見回した。逃げ道はなかった。
「5...4...3...2...1...試練開始。」
突然、金属の地面が震え始めた。レイの周りで、金属片が互いに引き寄せられ、壁を形成し始めた。数秒のうちに、彼は完全に金属の回廊に囲まれていた。迷宮が彼の目の前で形成されたのだ。
「ここから始めるしかない」レイは決意を固め、迷宮の中へと足を踏み入れた。
最初の数分は比較的簡単だった。迷宮は単純な構造に見えた—一本の道が時折分岐し、再び合流する。しかし、レイが進むにつれて、迷宮は複雑になっていった。
彼が左折を選ぶと、後ろの壁が閉じた。右に曲がると、床が傾斜し始めた。彼のパターンを学習しているのだと気づいた。
「予測不可能であれ」レイは本の言葉を思い出した。
次の分岐点で、彼は立ち止まり、コインを投げることにした。表なら左、裏なら右。コインは表を示した。左へ。
しかし彼が左に進もうとした瞬間、その方向の壁が急速に閉じ始めた。迷宮が彼の選択を予測したのだ。
「そういうことか」レイは理解した。「私の選択そのものではなく、選択の過程を予測している。」
次の分岐点では、彼は何も考えないようにした。意識的な選択を避け、純粋な直感に従った。それは効果があるようだった。壁は動かず、彼は進むことができた。
しかし、時間が経つにつれて、迷宮は彼の新しい戦略にも適応し始めた。単に「ランダム」に選ぶだけでは不十分になった。
「パターンがあります、試練者。あなたは自分でそれに気づいていないだけです。」
迷宮の声が再び響いた。レイは無視しようとしたが、その言葉は彼の思考に突き刺さった。
「私には選択肢がある」レイは声に出して言った。「そして今、私は選ぶ。」
彼は立ち止まり、深く考えた。迷宮は彼の選択パターンを予測している。ランダムさだけでは勝てない。では、何が必要か?
「予測不可能であれ...」
彼は突然理解した。予測不可能さは単なるランダム性ではない。それは創造性だ。パターンの破壊ではなく、新しいパターンの創造。
次の分岐点で、レイは両方の道を見た。左か右かを選ぶ代わりに、彼は壁に向かって歩き始めた。
「無意味な行動です、試練者。壁は固い金属です。」
しかし、レイは続けた。壁に到達すると、彼はポケットからシステムディスラプターを取り出し、壁に押し当てた。デバイスが起動し、低い振動音が響いた。
金属の壁が震え、分子レベルで不安定になった。レイは壁を押した。驚くべきことに、彼の手は金属を通り抜けた。彼は全身で壁を通過し、迷宮の予期していなかった場所に出た。
「予想外の行動...適応中...」
迷宮の声に混乱の色が見えた。レイは微笑んだ。彼は既存のパターンに従うのではなく、新しいパターンを創造したのだ。
この新しい戦略を使い、レイは迷宮の中心へと近づいていった。壁を通り抜け、時には床を通過し、迷宮が予測できない経路を作り出した。しかし、システムディスラプターは使うたびにエネルギーを消費した。表示を見ると、バッテリーは急速に減少していた。
「あと3回しか使えない」レイは計算した。
彼はさらに慎重になり、ディスラプターの使用を最小限に抑えた。二時間後、彼は迷宮の中心に近づいていることを感じた。壁がより厚く、より複雑になり、迷宮の抵抗が増していた。
ついに、彼は巨大な円形の部屋に到達した。中央には台座があり、その上に小さな金属の鍵が置かれていた。王の鍵だ。
「あれを取るだけでいいのか?」レイは疑わしく思った。あまりにも簡単に見えた。
「第一の試練の最終段階です」迷宮の声が宣言した。「台座から鍵を取れば、試練は完了します。しかし、選択には常に代償が伴います。」
床が透明になり、その下に広がる光景が見えた。ヘイブンだった。エコー、ムート、シリウス、そして他の非適合者たちが透明な檻に閉じ込められていた。彼らの周りには神託の保安要員が立っていた。
「彼らは捕まりました、試練者。反逆の罪で。あなたが王の鍵を取れば、彼らは解放されます。しかし代わりに、あなたは変容を受け入れなければなりません。あなたの肉体の一部は、機械となります。」
「そして、もし拒否したら?」レイは問いかけた。
「あなたの友人たちは浄化され、あなたは迷宮の中で永遠に閉じ込められます。」
レイは選択肢を検討した。これは単なる試練ではなく、忠誠のテストだった。彼は友人たちを見た。彼らは彼を助け、信じてくれた。
「私は選ぶ」レイは台座に歩み寄った。「友人たちのために。」
彼が鍵に手を伸ばすと、鍵は輝き始めた。彼が鍵に触れた瞬間、激しい痛みが右腕を走った。彼は叫び声を上げた。腕の皮膚が裂け、下から銀色の繊維が浮き出てきた。彼の腕は内側から変化していた—肉が金属に、骨が合金に、血が流体回路に。
数分間の激痛の後、変容は完了した。レイの右腕は今や完全に機械化されていた。銀と黒の金属で覆われ、指関節からは微かな青い光が漏れていた。
「第一の試練、完了。あなたの友人たちは解放されました。」
床の下の映像が消え、部屋の一方の壁が開いた。出口だった。
レイは機械の腕を見つめた。それは彼の思考に応えるように動いた—より強く、より正確に。しかし、それは彼の一部が既に人間ではなくなったことを意味していた。
「これが変容の始まりなのか...」
彼は出口に向かって歩いた。彼が部屋を出ると、迷宮全体が震え始めた。壁が崩れ、金属が溶け、迷宮全体が自らを解体し始めた。
レイは走った。出口に向かって全力で。後ろでは迷宮が崩壊していき、彼の足元の床さえも消えていった。
最後の数メートルで、彼は機械の腕の新たな力を感じた。彼は腕を伸ばし、崩れかけた構造物につかまった。超人的な力で、彼は自らを引き上げ、最後の障害を乗り越えた。
そして突然、彼は外にいた。第104セクターの境界に。
彼の背後で、鋼の迷宮は完全に消滅した。まるで最初から存在しなかったかのように。
レイは疲れ果て、ヘイブンへの帰路についた。機械の腕が太陽の下で輝いていた。
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プログラム実行: A-137.PROPHET_GENESIS
ステータス: 試練1完了
パラメータ: {subject: "RAY_AKIRA", physical_transformation: 12.7%, neural_integration: ACTIVE}
メモ: 被験体は予測通りに第一の試練を完了。変容プロセス開始。友人たちの「捕獲」の幻影は効果的であった。次段階の準備を進める。試練2: 「記憶の井戸」の環境を整備中。
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