決闘当日
「すごーい」
と、とても素直な感想がシェルから滑りでた。
弟が、派手な喧嘩だか決闘だかをするとかで、その会場にやってきたのだ。
てっきり、英雄学園の敷地内の建物で行われるとばかり思っていたのに、違った。
そこは、捜査局という魔法関連の事件を扱う組織が有する建物だった。
なんでも、訓練施設なんだとか。
「それにしても、あの子ったら全くなにも連絡寄越さないんだから」
そのうち、今回のことに関してメッセージなり、手紙なりで連絡が来ると思っていたのに、来なかった。
アルバイトの子に教えてもらわなければ、気づかずに終わっていただろう。
「あ、あのぅ、良かったんですか?
私が来て……」
シェルの横から、そうおずおずと言ってくる少女がいた。
シェルの店のバイトリーダーの少女である。
カキタのことは、一緒に仕事をしていたのでよく知っている人物だ。
「いいのいいの」
シェルは手をパタパタ振って答えた。
「ラト君は用事があって行けないって断られちゃったし。
一人で来るのもねぇ、味気ないでしょ?」
そういうものか、とバイトリーダーは考え直した。
「久しぶりの長距離運転だったけど、楽しかったぁ」
と、上司のシェルが言う。
帰りもあるのだが、疲れないのだろうか。
「さて、と。
あ、こっちね」
シェルは建物内を、きょろきょろと見回して、大きな看板を見つける。
決闘会場までの案内板だ。
案内板の近くには、係員が立っていて客たちに道順を教えている。
シェル達は、他の客たちの流れに乗りながら会場へと向かう。
その、途中。
とある青年とすれ違った。
床ぎりぎりまで伸ばされた金髪。
冬の空のように澄んだ、青い瞳。
そして、夜よりもなお暗い、漆黒の服を着た青年。
この舞台を用意した、張本人。
イルリスであった。
イルリスは、そうと知らずシェル達とすれ違い。
そのまま、歩みを止めることなく歩き去った。
シェルも、まさかそんな人とすれ違ったとは夢にも思わず会場へと歩みを進めるのだった。
会場は円形闘技場であった。
ただ、決闘をするための舞台は無く。
代わりに巨大なスクリーンが四つ、中央に浮いている。
「決闘の舞台がない??」
こてん、とシェルは首を傾げる。
これにはバイトリーダーも首を傾げる。
「ここで殴り合いをみるんじゃないんですかね??」
言いつつ、適当な場所に腰をおろす。
客席はあるのに、舞台は無い。
もしかして、別のイベント会場に紛れ込んだのだろうか、と不安になる。
しかし、すぐ近くに座った女の子たちが、
「カキタとライリー、勝つよね」
「勝つよ、二人とも強いもん」
と、話しているのが聞こえてきた。
失礼にならない程度に、シェルとバイトリーダーはそちらを見て、すぐに視線を戻した。
そして、バイトリーダーが、
「同級生の子、ですかね?」
「たぶんねー。
もしかしたら、友達かも」
「話しかけないんですか?」
「いきなり話しかけると不審者になっちゃうから、しないよ」
シェルは苦笑して、巨大なスクリーンへ視線をやる。
いつのまにか、スクリーンには会場が映し出され、そして文字が流れていた。
どうやら、この会場はライブ配信されているらしい。
《wktk》
《待機》
《(*´д`*)ドキドキ》
《はやく始まらんかなぁ》
《ダンジョンはよ(ノシ 'ω')ノシ バンバン》
気の早いもの達が、動画コメントを書き込んでいるようだ。
「ダンジョン?」
「ダンジョン??」
シェル達は顔を見合わせる。
「決闘じゃない??」
「えー、どうだろ?
でも、決闘って発表がありましたよ」
そんな戸惑いを見ていたらしく、先程カキタのことを話していた女の子たちが声を掛けてきた。
「ダンジョンで、決闘するんですよ」
そう言ったのは、真っ白な髪と真っ赤な瞳をした女の子だった。
続いて、まるで炎のような真っ赤な髪をした女の子が口を開いた。
「捜査局が用意した訓練用のダンジョンがあるんです。
もちろん、本物ですよ」
そこからの説明を要約すると、こういう事だった。
ダンジョンで障害物競走をして、その果てに殴り合いをする、というものらしい。
「なんでそんなことに??」
シェルはまたも首を傾げた。
そんなことをするより、さっさと殴りあった方が早いだろうに。
「話し合いの結果らしいですよ」
赤髪の子が答えた。
ダンジョンは本物で、モンスターも出る。
それらを倒し、ゴールを目指す。
ゴールは、最上階だ。
その最上階で殴り合いをするとか。
「意味がわからない」
なんでそんな余計なことを挟むのか、まるでわからない。
「余興、のようなものなんじゃないかと思います」
と、白髪の子が言う。
なるほど、たしかにこれだけのお祭り騒ぎだ。
余興としてダンジョン攻略も見せる、というのはあるかもしれない。
しかし、妙な胸騒ぎがするのも事実だった。
今回の決闘について、弟がなにも連絡をよこさなかったことも引っかかっている。
(もしかして、もっと面倒なことに巻き込まれている??)
そんな気がしてならない。
あの子は、大事なことほど報告しないのだ。
学校から渡された、大事なお知らせが書かれたプリントばかり無くしていたのだから。
両親がよくそのことを注意し、叱っていた。
「ねぇ、聞いてもいいかな?」
なるべく優しく、シェルは女の子たちに話しかけた。
「そのダンジョンって、どこにあるか知ってたりする??」