恋愛ゲームの主人公はそのままで。
二人それぞれ片付けを終えて、のんびりとまた歩いて家に戻る。
日が暮れた林の中をルルクさんと歩くけれど、夜空に上がってきた月の光で周囲が明るい。この世界に来るまでまさか月の明かりだけで歩けるなんて知らなかった。人生って学びの連続だな。
ふわっと心地いい風が頬を掠め、ほっと息を吐く。
「今日はよく歩きましたねー‥」
「そうだな。体調は大丈夫か?」
まさかの暗殺者に心配された。
いやいや、そもそもルルクさんはかなり今回のことで心配しれくれたっけ。私はニコッと笑って、「元気一杯ですよ!」と答えるとルルクさんが小さく笑った。
「‥帰り際、レトに馬を借りれるか聞いておいた。見回りを終えたら借りてもいいそうだ」
「えーと、それだと週末‥ですね」
「じゃあ明日見回りの時にレトに言っておく」
「その日は早起きしておかないとですね。朝食持ってなんなら湖で食べます?」
「それもいいな。ああ、でも料理は作っておく」
「いや、流石に私が作りますよ?!」
「‥・焦がさない自信があるのか?」
ニヤッと笑ったルルクさんをジロッと睨む。まったく隙あらばからかってくるんだから。唇を尖らせると、ルルクさんが私をチラッと見て、
「‥夕飯、何がいい?」
「え」
「昼はサンドイッチだったしな。やっぱり肉か?」
「‥鶏肉のスープがいいです」
「わかった。あとは?」
「卵とハーブのサラダ‥、あれ美味しかったです」
「おう、それな」
ルルクさんがふっと笑って私を見つめる。
その瞳が優しくて、それだけで胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
‥わかりやすく機嫌を取って、私が返事をすると嬉しそうにするルルクさんに勘違いしてしまいそうになる。その優しい顔はどんな感情で見せてるんだろう。それとも気付いてないのかな。
「‥ルルクさん、ずるいですね」
「そうだな。大人だしな」
「それなら私だって大人ですけど」
「‥お前はそのままでいい」
「それってずーっと子供って事じゃないですか?」
‥結局私はルルクさんにとって子供ってことだ。
だからきっと私をからかってさぞ楽しいだろうさ。ちょっと心の中がちくっと痛む。‥恋愛フラグなんて立ててしまった日にはどうなるかわからないから、それでいいんだけどさ。矛盾する気持ちにもやもやしていると、
「‥お前はお前のままでいい」
どこか熱のこもった瞳でルルクさんが私をじっと見つめる。
その視線にうまく言葉が出てこなくて、喉がまるでひりついたようになる。
「‥私のまま‥」
なんとか絞り出した言葉に、ルルクさんの瞳が優しく細められる。
心臓が痛いくらい鳴っているのを無視して、私は真っ直ぐに前を見る。ああもう〜〜〜!!この感情をどうすればいいだ!蓋がガッタガタいってるんだけど?!
と、ガラガラと道の向こうから馬車が一台勢いよく走ってきた。
あっと思う間にルルクさんが私の腕をさっと引っ張って、道の端っこに立たせると黒い馬車はそんな私達に気付く事もなく走り去っていった。
「‥この間のか」
「この間の?」
「タリクの別荘へ行く途中で通っていった」
「ルルクさん、覚えてるんですか?」
「‥まぁ癖みたいなもんだな」
それどんな癖??
私がまじまじとルルクさんを見ると、可笑しそうに笑った。
「足元気を付けろよ」
「はーい、大丈夫ですよ。あ、帰ったら頂いたお菓子食べましょうね」
「‥そうだな」
「もしかしてフィナンシェ好きじゃないんですか?クッキーにします?」
「‥蝶を描いてくれるなら」
「ふふ、ルルクさんは蝶が本当に好きですね」
何かあると蝶が良いと話すルルクさん。
暗殺者なのにファンシーなの好きだよね‥、ふふっと笑うとルルクさんが私の右手の甲に描いた蝶を見つめ、
「‥ああ、好きだ」
低い声がしみじみと呟いたかと思うと、ふっと笑う。
なんだかその顔がどこか寂しくて、思わずルルクさんのシャツの裾を握ってしまった。
「‥ユキ?」
「あ、いや、つい?」
「ついって‥。裾を握ってたら危ないだろ。ほら手」
「手?」
ルルクさんがそっと裾を掴んでいる私の手を握ると、前を向いて歩き出した。
え、いや、そういう感じ?慌てて私も足を進めた。えーと、これはフラグは立ってない、よね?大丈夫だよね?チラッと視線だけルルクさんの横顔を見上げると、ルルクさんとバッチリ視線が合って、思わず目を丸くするとルルクさんが小さく吹き出した。
「‥転ぶなよ」
「大丈夫ですってば!」
そう思わず叫んだ瞬間、私は見事に石につまづいた。‥まったく締まらない恋愛ゲームの主人公だよね。




