恋愛ゲームの主人公なのに大分違う。
どこか遠くで鳥の鳴き声が聞こえる。
‥ん?もしかして、朝?
ゴシゴシと瞼を擦って、床にそのまま寝ていた私が体を起こすと、ソファーに寝ていたルルクさんも静かに瞳を開けた。確か、両目の色が違うのってオッドアイって言ったっけ。こっちの言葉ではなんていうのかなぁ‥。
「おはようございます。体調はどうですか?」
「‥蝶を、描いたのか?」
「え、」
ルルクさんがまじまじと新しく描き加えた蝶と花を見つめながら話す。
う‥、やっぱりファンシー過ぎた?
「か、描きました」
「‥何故、」
「え?いやぁ、蝶々が痛いのを持って飛んで行ってくれないかなぁ〜って‥?」
コバルトブルーと緑の瞳は、私の言葉を聞いてチラリとこちらに視線を向けると、また手の甲を見つめた。す、すみませんねぇ!ファンシーにしちゃって!!でも見ようによっては可愛いと思うんだけどなぁ‥。
「あの、熱は?」
「熱は、下がった‥」
「良かった。あ、水を替えてきますから顔拭きましょうか。サッパリしますよ」
水桶を持ち上げて、そう話すとルルクさんは静かに頷いて、
「‥ありがとう」
小さな声だったけど、そう言ったかと思うと静かにまた瞳を閉じた。
お、お礼‥。
お礼を言った??
警戒はちょっと解けていたけど、信用されてなかったのにお礼が言えるってことは、多少なりとも信用され始めているって事か?
いや、暗殺者に信用されてもどうしようもないのか?
私もついでに顔を洗おうと、洗面所に行ったらまぁ寝癖で酷いことになっている。あれだけ熱を出してうなされていたにも関わらず美形というルルクさんと比べて、私は大分酷くない?って思ったけど、いかなゲームの主人公だとしてもこれが現実。サッと顔を洗って、寝癖を直してから水桶と新しいタオルを持って、ルルクさんの元へ戻る。
ルルクさんは起き上がって、ソファーに腰掛けていたけれど‥。
朝陽が指す部屋で、気怠げな褐色イケメン。
スチルになりそうな絵面だな。
しばし現実逃避していたが、水桶とタオルを渡すとルルクさんは無言でそれを受け取って自分の顔を拭くと、シャツをやおら脱ぎ出して私は驚いてキッチンへ飛び込んだ。な、な、なんで脱ぐの??!キッチンの柱からそっとルルクさんを覗くと、新しいシャツを取り出していた。
あ、汗を拭く為に脱いだのか‥。
脱ぐなら脱ぐって言ってくれ‥。これでも私は乙女ゲームの主人公なんだぞ。いきなり脱がれるとかなりドキッとする。そんなハプニングはスチルのみで結構です。
なんとか落ち着こうと、昨日ルルクさんが味付けしてくれたスープを温め直す。これでパン粥にするか?それとも滋養強壮で生姜とか卵とかニンニクとか入れておくべきか?グツグツと温まってきた鍋を見て悩んでいると、ルルクさんがやってきて、
「‥変な物を入れるなよ。そのままでいい」
「変なものって!?」
「‥大方、何か味を変えた方がいいと思っているんだろう。やめておけ」
‥暗殺者は人の心が読めるのかい?
へいへい、どうせ私は料理が下手ですよ。
スープでもいいか?と一応聞いたら、「何か作れるのか?」と言われた‥。目玉焼きならって言ったら呆れられる気が100パーセントするので敢えて無言を貫いた。
ルルクさんは棚からスープ皿を取り出し、
「スープで」
「‥はーい」
乙女ゲームの主人公なら普通、美味しい朝ご飯を作れるんだろうなぁ。
でもシナリオがバグってるんだから、私が料理が出来ないのも仕方ないとしよう。一緒に朝食を食べてから、ハッと気がついた。今日仕事だ‥。
「‥あの、ルルクさん、私今日は仕事で留守にするんですが、昨日熱も出ましたし、ゆっくり家で休んでて下さいね。お昼は‥また同じスープで申し訳ないんですが、夕食は何かまた食材買ってくるので」
というか、できたら私が留守の間に家を出てってくれてもいいんやで。
ちょっとそう思ったけど、流石にあれだけうなされていた相手にそれは酷だろう。ゲームではいくら私の首を豪快にはねても、現在はその片鱗は見えないし‥。というか一生見たくないけど。
ルルクさんはちょっと驚いた顔をしたかと思うと、静かに頷き、
「‥何時に戻るんだ」
「えーと、3時頃ですかね。今日はギルドの人達が魔石を探しに洞窟へ行くのでちょっと忙しくて‥」
チラッと私が時計を見ると、そろそろ出勤の時間だ。
「えーと、じゃあルルクさん、とにかくゆっくり休んでて下さいね!無理は禁物です!鍵は掛けておくので居留守で」
スープを一気に飲み干して、私は急いで立ち上がってお皿を洗うと、仕事道具をまとめて玄関へ走っていく。ついでにチラッとルルクさんを見て、ちょっと迷ったけど笑って手を振り、
「行ってきます!」
そういうと、ものすごく驚いた顔をした。
挨拶って、結構大事ですよね。
私の声はデカイらしく「居酒屋か!」って言われます。
らっしゃっせーー!!!!!