暗殺者と主人公と心臓。
狼の魔物の群れを追い払いつつ、狩っていたその時。
ドゴンと、ものすごい地響きと共に町外れの林で黒い煙が上がったのが目に入って、不意に胸騒ぎがした。
「なんだ、あの煙?!」
「火事か?」
「おい!狼はほぼ狩ったから、手分けしてそっちへ‥あ、ルルク?!」
レトの言葉を聞くことなく、馬に乗って一気にそちらへ駆け出した。
ユキはタリクの別荘にいるとわかっているのに、何故か嫌な予感がする。馬を追い立て、煙の方へ走っていくと地面から煙が出ているのが見えた。
そして、その地面から少し離れた場所にアレスが倒れている。
なんでここにアレスが?ユキといたはずなのに‥。急いで駆け寄り、体をザッと見ると服が焦げたような跡に胸がざわりと揺れた。
「おい!大丈夫か?!」
体を揺すると、意識があるのか静かに目を開けた。
「‥ユキ、さんは?」
ザッと血の気が引いた。
ユキがここにいたのか?けれど、ここにはいない。
どこにもいない。それだけで焦燥感に襲われた。
「ここにいたのか?!」
「‥いる、はず。探して、」
アレスの言葉に周囲を見回す。
「すぐ戻る。待ってろ!」
あいつのことだ。
もしかしたら、誰か助けを呼ぼうとしたのかもしれない。
弱い上に戦うこともできない、すぐに泣き出す、ただの一般人なのに。
「ユキ!ユキ!!!」
大声で名前を呼びながら、林の中を駆ける。
もしかしたら、どこかで倒れているかもしれない。できればそうであって欲しい。そうして、生きていて欲しい。ドクドクと心臓が早鐘のように鳴って、祭りの為なんてもっともらしい事を言って、喜んで貰おうと思った自分を呪った。
剣を振るう事しかできない。
そんな自分がユキのそばにいるには、守るくらいしか思いつかない。
自分がそばにいたって、出来ることはたかが知れてる。だから祭りでお菓子が売れる様子を見たら喜ぶだろうかとか、俺になにを奢ろうと考える姿を見たいとか、そんな浅ましい考えをしたから‥、ばちが当たったのかもしれない。
ユキが誰かと話すのを見る度にドス黒い‥腹の底に溜まった気持ちを、隠していたからかもしれない。
ガラッと何かが崩れた音が聞こえて、足を止める。
こっちは‥確か崖があると以前、レトに教えてもらった場所だ。
ドクドクと心臓がますます嫌な音を立てる。
違っていて欲しいという気持ちと、
もしかしたらという気持ちが胸の中を暴れ回る。
ゆっくり、木々の間を歩き、崖になっている斜面を見下ろすと斜面の下、岩の間にユキの蜂蜜色の髪が見えて、
心臓が、大きく鳴った。
「ユキ!!!!」
叫んで、斜面を一気に滑り落ちて、駆け寄るとまるで寝ているように静かに横たわっていて‥、震える手でそっと肩に手を置くと、ユキの瞳がゆっくり開いた。
「ユキ!!おい、大丈夫か!!」
「‥ルルク、さん‥?」
「体を起こすぞ」
「‥アレスさん、大丈夫?」
「お前‥!!」
こんな時まで人の心配している場合か!!
そう言おうとした瞬間、ユキの手が俺の額にそっと触れた。
「眉間のシワ‥」
「は、」
「ルルクさん、笑って‥」
「な、にを」
意識はしっかりしてるのか?
まだ朦朧としているんじゃないか?
ちゃんと確認しなければ‥と、思うのに、優しく俺の額や頬を撫でるユキの手を止められない。優しい手つきに思わず眉間を寄せると、いつもの優しい瞳が俺を見て小さく笑う。
「治らない」
「‥お前が、心配をかけるから」
「‥心配?」
キョトンとした顔で俺を見上げるユキが可笑しそうに笑う。
「‥ちゃんと帰ってきましたよ?」
そういうと、俺の手首の蝶をそっと指差して、静かに瞳を閉じた。
「ユキ!!!」
慌てて体をそっと抱えると、小さく息をする音が聞こえて、ほっと息を吐いた。
そうして、俺の手首の蝶を指差したユキを抱え直した。
俺の所へ帰ってこようとした‥。その言葉が嬉しいのに、痛いほど苦しくなる。
「‥本当に、弱いくせに‥」
俺の心臓をその言葉一つで止める気か。
胸の中が様々な感情で埋めつくされて、ユキの小さな体をただ抱きしめた。