恋愛ゲームの主人公攻略対象とピンチ。
アレスさんを追って、突然何かがやってきたらしい。
しかし何が、どうしてというのを全く知らない私は混乱するばかりだ。
二人で足音を立てないように走って、ようやく二人が並んで歩いていける広さの場所へ辿り着いた頃、アレスさんが息を切らせつつ、そっと後ろを振り返る。
「‥どうやら、大丈夫そうですね」
「は、はぁ‥、あの、でも、何かに追われてたん、ですか?」
ゼエゼエと息を整えるのに必死な私はアレスさんを見上げると、アレスさんが静かに頷いた。
「‥王都で、しばらく文官をしていたんです」
「え?そうだったんですか?」
てっきりすぐにお菓子職人をしていたと思ったら、まさかの文官をやっていたとは!思わぬ情報に目を丸くすると、アレスさんは静かに頷く。
「‥父の仕事の補佐と勉強も兼ねて‥。ただ、その際にある貴族の不正を見つけたんです」
「え」
「かなりの有力な貴族ですから、不正を正すにも正確な情報がいる。そこでその貴族がやっていた仕事の一つに潜入したんです」
「‥もしかして、お菓子作りに関係してます?」
「そうです。お菓子はそもそも作るのは好きでしたし、自分がまさかお店に潜入しているなんて思っていなかったんでしょう。不正をしている情報をそこで得ました」
すんごいな!!
攻略対象、すんごいな!!
大事なことだから2回言ったけど、やっぱり3回目も言っていいかな?
「じゃあ、その貴族はもう捕まったんですか?」
「‥情報が決定打に欠けると不服を申し立てられ、裁判が整うまでに情報を奪い返そうと私の命を狙ってきまして‥」
「ええ?!!」
とんでもない貴族だな?!
あまりのやり方に私は目が落っこちそうになる。
「流石に不正を正そうと思ったのに、そのような目に度々合って‥結果的に精神的に参ってしまって」
「そりゃ参りますよ‥。どうにかならないんですか?」
「今、父や周囲の友人達が必死に証拠になる決定打を探してくれているんです。タリクにはその間ここへ身を隠したらどうかと言われて」
そっか、それで突然ここへ来たのか。
ようやくアレスさんがこんなど田舎へ来たことに合点がいく。
と、アレスさんが洞窟をぐるっと見回して、小さく笑った。
「ここは昔、食料庫として使ってた洞窟だそうです」
「そうなんですか。だからなんだか小麦粉の匂いがするなぁって思いました。なんだか怖いのにアレスさんとお菓子をずっと作ってたからか安心するというか?」
私の言葉にアレスさんは小さく笑うと、私の手を見つめた。
「‥父に言われたんです。お菓子職人として店に潜入していた時、私の楽しそうにお菓子を作る姿を見て、本当にしたい仕事はそちらでは?と‥。その時、初めて自分の気持ちに気付いたんです。」
アレスさんが寂しそうに笑って、ずっと繋いでいた私の手を見つめた。
「お菓子職人として進みたいと言った時、反対しなかった父に感謝しつつも、そんな自分が許せなくて‥。結局お菓子職人として進もうと決めた自分の気持ちを整理する間もなく‥。苛立ってユキさんに失礼な態度を取ってしまって‥本当にすみません」
「そんな‥」
そんなのどう考えたって無理だろう。
色々なことが短期間であって、自分の気持ちと向き合う時間もなかっただろうに‥。アレスさんは、それでも自分で答えを見つけたんだ。それってすごいことだと思う。
私はアレスさんの手をギュッと握った。
「‥アレスさんは、十分すごいです。きっと沢山の努力をしてきたんだと思います。文官だって、お菓子職人だって片手間で出来るものじゃありません」
そういって、アレスさんの手を見つめた。
「どっちも好きで頑張ってきたんですね」
手にはルルクさんとは違う場所にタコができている。
恐らくペンを持って、ずっと書いていたであろう人差し指。これはすぐに出来るものじゃない‥。私はアレスさんに微笑みかけると、アレスさんは泣きそうなのに、頑張って口の端をなんとか上げようとしていた。
「‥ありがとう、ございます」
私の知らない3年間。
色々なことがあったアレスさんがこうして頑張っている姿を見られて、それはそれで良かった。これで死亡フラグさえ立たなければ‥と、思った瞬間、洞窟の奥から何か音が聞こえた。
暗がりの中から、人の気配がして目を見張る。
すると、ギラッと光るいかにもよく切れます!!
といった剣を持っている黒ずくめの人が、暗がりから出てきた。
「ユキさん、こっちへ!!」
「はい〜〜〜〜!!!!!」
真っ青な顔で私とアレスさんは更に奥へ走っていくけれど、ゲームでは騎士さんが助けに来てくれるルートがあったけど、今回はどうする?私もアレスさんも攻撃力がない上に、洞窟!しかも相手がどう見ても暗殺者なんだけど!!!と、もつれそうになる足を必死に動かした。




