恋愛ゲームの主人公は手伝う。
アレスさんが寝ている間にルルクさんと私で丁寧に書かれたレシピを参考にクッキーをいくつも作った。私達では普段はちょっと買うのに戸惑う高めの小麦粉やお砂糖やバターをふんだんに使えて、かなり楽しい。
あ、でも私はあくまで混ぜるだけです。
なにせ焦がすとか失敗するとは目に見えているし。
一方でルルクさんはオーブンの使い方も上手だし、クッキーを作るのも上手いし、とにかく完璧である。暗殺者、すごくないかい?かたや私は鉄板で焼けたクッキーを網に載せるだけでも緊張して、いくつか粉砕したってのに。恋愛ゲームの主人公、まさに形無しである。
「‥ルルクさん、クッキー上手ですね」
「あいつのレシピがわかりやすいからな」
「そう思います?」
「‥あと俺の腕がいいんだろ?」
しれっとした顔で話すルルクさんに私は思わず頷いた。
そこは本当にそう思います。私の首をスパスパとゲームの中では見事に切っていたし、きっと基本器用な人なんだろう。
と、ダイニングスペースの並べた椅子で寝ていたアレスさんが突然ガタンと音を立てて倒れたかと思うと、私とルルクさんを見て目を見開いた。
「な、何をしてる‥、というか、今何時だ!??」
「えーと、そろそろ5時ですね」
「5時!??そんなに‥なんで起こしてくれないんだ!!」
「真っ青な顔とクマのせいですかね。あと昨日ちゃんと休んだんですか?ご飯は?」
「そんなもの必要ない!今はとにかくお菓子を‥」
アレスさんがフラフラしながら起き上がって、私達の方へ来ると、今度は目を丸くした。
「これは‥、」
そう言ってルルクさんの焼いたクッキーを指差す。
私とルルクさんは顔を見合わせて、ニヤッと笑う。
「アレスさんのレシピにあったアイシングクッキーです!絵は紋様師なんで得意なんですよ!いくつかは失敗しちゃったけど、結構可愛く描けているでしょう?」
指差したアイシングクッキーは、私がほぼ全部描いた。
蝶や花、果物やレース模様、リボンや動物など、とにかく紋様の仕事では普段描けないモチーフを描きにかいて私はそれはもう大満足!‥なんだけど、アレスさんはどうかなぁ‥。チラッとアレスさんを見ると、未だに混乱した顔だ。
「‥全部、お前が描いたのか」
「はい、好きなものをありったけ」
「好きな、もの‥」
私の言葉を聞いて、アレスさんはまたクッキーに視線を落とす。
「‥私も、お菓子作りがただ好きだったんだがな」
ポツリと零した呟きに私はアレスさんをまじまじと見た。
「今は嫌いなんですか?」
「‥嫌い、ではない」
「でも苦しい感じですよね」
「‥それは、」
と、ルルクさんがアレスさんが寝ていた椅子を2つ持ってきて、私とアレスさんの前に静かに置いた。
「‥その顔じゃ今日は無理だ。まずは座ってこいつの描いたクッキーを食べろ」
「あ、そうそう。クッキーはルルクさんがアレスさんのレシピを見て作ったんですよ!すごいでしょう?」
自分のことのように胸を張ってルルクさんのクッキーを指差した私。
だって全部綺麗に焼けていて、一つも焦げてない!主に絵を描いた私がクッキーを落として粉砕したけど。ルルクさんはナプキンにいくつかクッキーをのせて、アレスさんに無言で渡すと、アレスさんはちょっと驚いた顔をしつつも受け取って、クッキーを一口食べた。
「‥ちゃんとできている」
「本当ですか?やった!ルルクさんとアレスさんのレシピのお陰ですね」
几帳面できっちりしているアレスさんにちゃんとできてるなんて言われて、私はルルクさんを褒められたような気持ちになって、ルルクさんの近くへ行って小声で、「ルルクさんのクッキーすごいって言われちゃいましたね!」と言うと、ルルクさんは私を見て驚いた顔をした。え、なんで?そんな驚くこと??
そんな私達の横で、アレスさんは無言でクッキーをじっと見つめ、
「‥可愛いな」
と、言うとそのままぶっ倒れてしまった。
「わーーー!!!!な、なんで??!あ、アレスさん!!!」
「‥いい加減、限界だったんだろう。クッキーを仕舞ったら今日は片付けだな」
「な、なんでそんな冷静なんですか??!」
「‥寝てるだけだろ」
「寝てるだけでしょうけど‥」
人が倒れたら、普通はびっくりしない??
そう思ったけれど、そうでした。元戦士の暗殺者だったもんね。死んでもいない人間に慌てふためくことなんてないか‥。
ちょっと失敗してるクッキーはルルクさんがそっと避けてありますが
スタッフが美味しく食べました。