恋愛ゲームの主人公の心知らず。
アレスさんは、すぐ起きるかと思ったけれど、懇々と寝心地の悪いであろう並べた椅子で寝ていた‥。流石に可哀想に思ったのでこっそりメイドさんにお願いして、毛布を貸してもらった体に掛けてあげた。
「‥ひとまず、アレスさんは寝かせておきましょう」
「そうだな。あれじゃ起きても大して仕事はできないだろ」
「ですね。起きてもルルクさんに寝かしてもらうしかないですね」
「‥俺に添い寝しろって?」
「それはそれで楽しそうですけど、殴ってでも‥って意味です」
私の言葉にルルクさんはぶっと吹き出して「いつでもやってやるよ」と大変悪い顔で微笑まれた。‥そんな顔もするんですね。流石は暗殺者です。
「とはいえ、流石に私達が何もしないっていうのもあれかな‥」
「お前が作るのか?」
「‥普段私の料理を一番に見ているルルクさんの見解は?」
「無理だな」
「‥少しはできるんじゃないか?くらい言って下さいよ!ええ無理ですけどね」
自分でボケツッコミをして、私はキッチンの大きな作業台を見ると、レシピがびっしりと書き込まれたメモを見つける。先日飛んできた紙と同じで綺麗に書かれた文字に、几帳面な性格が垣間見れる。
タリクさんが「王都で色々あって‥」って言ってたけど、
お菓子作りも文官の仕事もどっちも好きなんだろうなぁって思いながら、レシピをペラペラとめくる。
ゲームの中では、宰相候補として文官として働く事をそもそもアレスさんは嫌がってはいなかった。期待に応えられるか‥プレッシャーではあったけど、お父さんを誇りに思っていたし、尊敬もしてた。自分もああなりたいと言ってた。多分、そんな親子関係ならお菓子職人になりたいと言っても受け入れてくれそうなんだけど‥、もしかして違うのかな。
とりあえず、何かしておいた方がアレスさんが安心するかな。
いくつか丁寧に作り方を書いてあるレシピを見つけて、ルルクさんを見上げる。
「‥私達で、何か作りますか」
「これを参照に?」
「あ、わかりました?まぁ、アレスさんより上手じゃないかもしれないけど、ルルクさんがいるし。私は薪なら運べますし、粉も混ぜられますし?」
にこーっと笑ってルルクさんを見上げると、ルルクさんはちょっと目を丸くしたかと思うと、天を仰いで小さくため息を吐いた。
「‥で、どれを作る?」
「え、」
「俺だって複雑なのは出来ない」
私の後ろにやってきたかと思うと、
抱き込むような体勢になって、私は一瞬息が止まる。ちょ、ちょっっと〜〜!??
内心バクバクの私なんて知らないルルクさんは、私の後ろからレシピを覗き込み、ペラペラとめくって確認し始めたけど、近い!!距離が近いってば!!私の心臓がバチバチと弾けて、飛び散ってしまいそうだ。頬に熱が一気に集まって、バレないようにと慌てて俯いた。
大きなルルクさんの手がレシピをめくり、
耳元で低い声が「これか、これだな‥」なんて呟いているのを、聞いて胸が弾けそうに苦しくなる。だぁあああ!暗殺者が私の心臓を潰しにかかってくるよう!!
「‥ユキ」
「はい!!?」
「‥声がデカイ。これ、お前ならできるんじゃないか?」」
「え、私が?」
いつも焦げるって言ってくるルルクさんの言葉に顔を上げ、ルルクさんの指差したレシピを見て、私は目を見開いた。
「‥確かに。でも、失敗したら」
「それこそ食う。ただし俺がな」
「ルルクさんが?」
「‥これなら、俺が食いたい」
ルルクさんの言葉に私はルルクさんをまじまじと見つめると、ふっと笑った。
‥そんなに言ってくれるなら、じゃあ頑張ろうかな。
「‥作り、たいです」
「よし、じゃあうるさいのが寝ている間に作るか」
「うるさいって‥」
ルルクさんの言い方に、笑いが溢れるとルルクさんのコバルトブルーの瞳が嬉しそうに笑う。
「まあ、あとはお前が焦がさないだけだな」
「うう、やっぱりそこに行き着くのか‥。大丈夫ですよ、ルルクさんがいますし」
「俺だってそこまで器用じゃないぞ」
「いやいや何を仰います。さて、先生まずは何をしましょう?」
アレスさんを起こさないように小声で話す私とルルクさん。
思わず顔を見合わせて、ニヤッと笑うとルルクさんがパントリーを指差す。
「まずは高価そうな材料を使い込む」
「‥いいですねぇ。いつもなら出来ない贅沢ですね」
思わぬ提案にワクワクした顔でパントリーに駆け込み、材料を持って作業台へ戻る。さ〜〜て、美味しいのをいっちょ作りますか!!‥主にルルクさんが。




