恋愛ゲームの主人公はしかめっ面大歓迎。
祭りまでの1週間、あまり歓迎ムードでないアレスさんとお菓子作り‥不安しかない。だけど昨日はタリクさんに私がいて良かった〜と言われて誰がサボれよう‥。
重い溜息を吐きつつ紋様を描くお仕事を済ませて、午後は約束通りタリクさんの別荘へ足を運んだ。
メイドさんが早速案内してくれたキッチンに行くと、誰もいない‥。と、ドサッと何かが落ちる音がして、音のした方へ行くとキッチンの横にあるパントリーから大きな小麦粉の入った袋を一人で倉庫から引っ張り出そうとしているアレスさんがいた。
目が合うと、サッと横を向かれたけど、
えーと、自己紹介が先か?
「こんにちは。改めましてユキ・ティラルクです。よろしくお願いします!」
「‥そうか」
プイッと横を向いて大きな小麦粉の袋を持ち上げようとすると、ルルクさんがズンズンと歩いて、小麦粉の袋をヒョイッと持ち上げた。
「‥ルルクだ。どこへ持っていくんだ」
「っつ、作業台だ!」
あ、嗚呼〜〜、大丈夫か?
なんかもう早速イライラした顔をしてるぞ??
ルルクさんの先をアレスさんが歩いて、「こっちへ持ってきてくれ」って指示するので私もルルクさんの後をついていく。
これ、大丈夫かなぁ?
作業台の方へ目をやると、型抜きされたクッキーがズラッと大きな天板に並べられている。これ一人でやったの?!ものすごい数に目を見開く。
「すごい‥、こんなに沢山!」
「‥当たり前だ。自分でやると決めたからな」
「へ〜〜、これ綺麗ですねぇ。あ、これ美味しかったやつだ!ルルクさん、これ美味しかったですよね」
そう言った途端、ルルクさんがぶっと小さく吹き出すけど、なんかおかしいこと言った?私が顔を傾げると、アレスさんが眉間にシワを寄せつつ私を睨む。
「‥と、とにかく!手伝いは‥」
「もうオーブンに入れるんですよね。薪とか必要ですか?」
「え、ま、薪をお前が?」
「当たり前じゃないですか、お手伝いに来たんですし。ルルクさん、キッチンの外に薪あったはずなんで取りに行きましょうか」
「ま、薪だぞ?」
アレスさんは驚いた顔をしているけど、薪を持ってくることの何が驚きなのだ。
私は焦がすことでルルクさんから定評を頂いている女。力仕事の方がむしろウエルカムである。ニコッと笑って、
「こう見えても力はあるんで大丈夫です!どんどん作って、どんどん焼きましょう!」
そういって大きなキッチンのオーブンの横にある外へ続く扉を開けると、思った通り薪が山と置かれているのが目に入った。流石タリクさん、準備はバッチリである。
ルルクさんを見上げて、
「薪たっぷりあるからこれで大丈夫ですね」
「‥お前は本当‥、いや、お前だしな。おら、薪を寄越せ」
「え、私も持っていきますよ」
「はいはい、こっちな」
そう言ってルルクさんは私に3本、細い薪を渡すと自分はどっさり抱えて持っていく‥。こ、こら!!そういう格好いい事をするんじゃない!!蓋を閉めるのに苦労しているっていうのに!急いで追いかけて、先回りして扉を私が開けるとルルクさんがニヤッと笑う。
「焦がす心配はなさそうだな」
「もう!本当、いい性格してますよ」
頬を膨らますと、ルルクさんはコバルトブルーの瞳を細めてキッチンへ入っていく。オーブン釜の前でアレスさんはちょっと所在無さげに立っていて、ルルクさんはそのアレスさんの足元にドサッと薪を置く。
「薪、持ってきたぞ。釜の火加減はできるのか?」
「‥もちろんできる」
「あとやっておく事は?」
「‥他のお菓子の粉を混ぜておく事だが‥」
チラッとアレスさんの視線を辿れば、もう材料が混ぜてあるのかボウル一杯に粉が入っている。
「そっちはユキがしろ。俺は薪を運んでくる」
「え、むしろ反対がいいと思いますけど‥」
なにせ私は料理が下手なんだぞ?
ルルクさんをじっと見ると、ルルクさんがふっと笑ってアレスさんに視線を送る。
「だ、そうだが?どうする?」
「‥粉を混ぜて、欲しい」
「だそうだ。精々頑張れよ。あとボウルをしっかり持ってかき混ぜろ」
「それくらいわかってますよ!」
「そりゃ良かった」
しれっとした顔でルルクさんがまた薪を取りに外へ向かったけど‥、もしかしてこうなるように仕向けてくれた?チラッとアレスさんの方を見ると、眉間のしわがすごい。こ、怖〜〜‥、ゲームの中では優しく笑ってくれたんだけどなぁ‥。って、あれはあくまでも学園にいて、恋愛している時限定か。
今は恋も何もあったもんじゃない。
そしてそれは私にとっては大変有り難い状況だ。
私は気持ちを切り替えて、腕まくりする。
「じゃ!手を洗ってきたら、粉を混ぜますね!!」
元気よく宣言すると、アレスさんは渋々といった様子で頷いたけれど、もうそのままその顔で仕事しましょう。その方が私の首の安寧が守られますから。




