恋愛ゲームの暗殺者は静かに想う。
本日はルルクさんの心境です。
5歳くらいまでは母親が側にいたと思う。
それ以降の記憶がないので、どこかで捨てられたか死んだのだろう。
魔族の血を引く俺を皆、避けていく。
俺も周囲を避けて、隠れるように生きていた。
それなのに奴隷商人に捕まえられ、奴隷にされてからは魔族の血を引いている事もあり、すぐに怪我が治るので戦場へ放り込まれた。どうにか武器を奪い取り、死に物狂いで生きた。といっても、生きていてもろくに飯はない。どこからか奪い取っては食べ、殴られ、とにかくずっと戦いに明け暮れていた。
もう終わりにしたいと思っていたのに、いつしか自分の力がどんどん強くなり、気が付けば奴隷だというのに戦果を上げる俺を国も体裁が悪かったのだろう。奴隷から解放されたが、今度は国の為に戦えと言われた。どうでも良かったが、食べられて、安心して寝られるのは有難かった。少なくとも戦っていれば生きていられる。
そう思っていたのに、ある日、突然囚われて王の前に引きずり出された。
「お前が謀反を企てていると、密告があった!やはり魔族の血を引く者なぞ信用するのではなかった!ここで殺すと穢れるから、国境沿いまで連れていけ」
言葉もなかった。
誰が何を企ててるって?
毎日戦場で戦わせて、一体何を企てる暇があるんだ?
そこからどう逃げたのかは、もう覚えていない。ただもう誰のいう事も聞きたくない。利用されたくない。自由に生きたい。そう思っていたのに、無我夢中で走り、気が付いた時には森の奥で倒れていた。
ああ、もうここで終わるんだ。
やっと終わるんだ。
そう思っていたのに、ふわりと花の香りがした。
花‥。
自分とは一番縁遠いものだな。
ぼんやりと思っていると、目の前をチラチラと何かが飛んでいる。
ぼやけた視界に入ったのは、金色に光る蝶で、自分の周りをずっと飛び回っていて、何かを伝えようとしているようだった‥。もうここで朽ち果てるだけなのに、なんでそんなに人の周りを飛ぶんだと‥そっと体を起こすと、こっちへ来いとばかりに俺を誘うように飛んでいく。
そこに一体何があるんだ。
俺はもういいんだ。生きていなくて、もういいんだ‥。
それなのに、足がそちらへフラフラしつつも向かっていって、気が付いていたらユキの家の前に倒れていたらしい。
俺を見ても驚かなかったユキに驚き、紋様でユキから弾かれた時も驚いた。もっと驚いたのは俺の手の甲に花の紋様がこれでもかと描いてあるのを見た時だった。
ただの偶然かと思ったら、熱を出した俺の手の甲に蝶が描いてあって‥、
何かここへ来た意味があるのだろうかと思った。
それでも蜂蜜色の肩まで伸ばした髪を揺らしながら、俺を見上げるユキの瞳には時々俺を見て怯えているような、怖がるような色が見えて、早々にここを出ていこうと考えていたのに、あとをつけられて青ざめていたユキに思わず声を掛けた。
‥こいつは警戒心もないくせに、よく生きてたなと呆れつつ、チラッとユキを見下ろすと青ざめたユキの顔にふと、胸が痛くなった。
昔の自分のようだ。
警戒しても、弱い人間は狙われる。
ましてやユキは女だ。
きっと今、俺が出ていけばあの男はユキを自分のものにしようとするんだろう。
そう思ったら、チリチリと胸の奥が熱くなる。
もしかしたら、蝶はこいつを守ってくれと言っているのかもしれない。勝手にそう思う事にして、雇わないかと提案したらあっさり乗ってきて、あいつは警戒するくせに俺には全然警戒しないユキに呆れを通り越して心配になった。
料理が下手で、酒に弱くて、すぐ泣く。
それなのに、恐らくいいところのお嬢さんだったんだろうに、一人で生きていくと前を真っ直ぐに見つめる姿は自分にとってどこか眩しく思えた。
「ルルクさん!」
蜂蜜色の瞳がキラキラと輝いて、俺を見上げて微笑みかける。
‥それが存外悪いものじゃないと思うくらいには絆されている。そして、できればその瞳をずっと見ていたいと思うくらいには、情もある。
そう、これは情だ。
自分のような出生も、生きてきた道も全く違うような人間がいつまでも側にいてはいけない事実くらいはわかっている。いつか「さようなら」と笑顔で去っていくあいつを見送るまで、横にいてもいいだろうかと、白い花びらを見上げるユキの横顔を見て、柄にもなく胸が痛んだ。
明日からまた2話更新です!