恋愛ゲームだけど結構重い。
扉を叩いたのは、ギルド長だった。
茶色の短髪を後ろに撫で付け、左頬に大きな傷跡があるなかなか渋いおじさまである。うちのおじさんに比べて大変頼りがいのある方だ。
「あれ?レトさん?今日お仕事私お休みですよね?」
「ああ、それは合ってる。ここいらで血痕の跡が見つかってな。誰かケガしてんじゃねーのかって通報があったんだよ。ユキは一人暮らしだから、一応見回りも兼ねてな」
「ありがとうございます。もしかしたら動物の可能性もありますよね?」
「それのが大きいな。なにせこの町じゃあ事件らしい事件なんざないしな!まぁ、そんな訳で一応気をつけろよ!」
レトさんはニコニコ笑って手を振ると、さっさと行ってしまった。
うん、今まさにその事件が起きているんだけどね??
心の中で人助けをしたのはいいものの、これからどうしようーー!!と思いつつ、そっと扉を閉めると、暗殺者は部屋の死角から私を睨むように見ている。恋愛ゲームなのになんつー殺伐とした空気だ。
「約束したでしょ?」
「‥どうだかな」
「あの、上半身の傷は手当てしたんですけど、足とかは大丈夫ですか?」
足元もズボンの裾を捲ってケガの手当てはしたけど、流石にそれ以上はできないじゃない?気になって聞いてみると、暗殺者が目を見開いていた。
「あの?」
「‥本当に、何も知らないんだな」
暗殺者っていうのは知ってますけど、他にも何かあるの?
すでにお腹一杯の私は暗殺者を見上げた。
「この通り、ど田舎の人間ですからね。なーんにも知らない世間知らずです。あ、申し遅れました。私はユキと申します。お名前を伺っても?」
教えてくれないだろうなぁーーーと思いつつ、
コバルトブルーと緑の瞳を見つめると、その瞳が小さく揺れた。
「‥ルルクだ」
「綺麗な名前ですねぇ」
確かルルクって光る命って意味だ。
暗殺者とは真逆な名前だなとも思うけど、なかなか良いネーミングセンスだなって思う。偽名かもしれないけど、名を名乗ってくれたという事は少しは警戒を解いてくれたのかな?
「お腹空いてます?あ、その前に水を飲んだ方がいいか」
「お前、紋様師なのか?」
「へ」
「俺の手の甲に、回復の模様が‥」
「ああ、そうです。といっても、腕はまだまだなんで回復はゆっくりめでしょうけど」
お、わかっちゃたか。
まぁ、手の甲に注目しててくれれば安心か?
紋様は一度描いたら、効力の期限が過ぎるまで消えないから‥それまでにこの暗殺者がどうにかなってくれればいいんだけどなぁ。
ルルクさんは私が描いた紋様をまじまじと見つめ、
「花が‥」
「いやぁ、元気になって欲しくてちょっと多めに描いちゃったんですけど、もしかして恥ずかしいですかね??す、すみません‥、つい」
だって元気になって欲しい時、病院にお花持っていくイメージしかないしさぁ!この国の文字でもいいけど、ちょっと味気ないっていうか?なんて一人脳内で言い訳していると、ルルクさんは真顔で私を見て、
「‥変わった奴だな」
と、ぼそっと呟いた。
そうでしょうね、私も咄嗟の事とはいえ、自分の首をポンポン切り落とす人間の治療をして頭おかしいよねって思うもん。とはいえ、それだけ話せれば大丈夫かな?
「服は後で買ってきますから、まずはご飯食べますか。ケガしてるなら消化がいいのがいいかな」
スタスタとキッチンへ歩いていき、パン粥でも作るかと歩いていくと、半裸のルルクさんもスタスタとついてきた。
「‥あの?」
「どこで連絡するかわからないからな」
やっぱり信用してなーい!!!
まぁいいですけど?だって私達、殺すか殺されるかの仲でしたしね?!
今更ながらになんつー重い展開の恋愛ゲームだったんだ!!と、製作者陣に怒鳴ってやりたい。課金までしたのに!酷い!!シナリオガン無視なこの展開も酷い!!
そんな気持ちが小鍋に出て、ガスコンロの上に思わず叩きつける形になったのは許してほしい。腐っても貴族ですが、この心の荒ぶりを受け止めてくれるのが現在小鍋だけなんで。
実は恋愛ゲームをしたことがない私。
イケメンに自分に愛を囁かれていると言う事実にこそばゆくなってしまう。
自家発電型の私です‥。




