恋愛ゲームの主人公の自覚。
翌朝、私は身支度してそっとリビングへ続く扉を開いた。
だって起こしたら絶対ルルクさん付いていくって感じだし‥。なんだかんだと暗殺者のくせに面倒見がいいよね。
リビングのオットマンからはみ出そうな長い足を確認すると‥、
「あれ??いない?」
ソファーはもぬけの殻。
キッチンにいる気配もないし、もしかして外にいるのかな?
と、外で何か風を切るような音がして、裏庭の方を見るとルルクさんがレトさんの長剣をブンブンと振っている。
あ、もしかして練習してたの?
って、待てよ、あれすっごく重くなかったっけ?
私が目を丸くしていると、ルルクさんが私の顔を見て、剣を下ろすとふっと笑った。なんだかそれだけなのに、随分慣れてくれたなって思ってちょっと嬉しくなる。
窓を開けると、額の汗を拭ったルルクさんが、
「なんだ起きられたな」
「‥ちゃんと起きられるって言ったじゃないですか。練習、もしかしてずっとしてたんですか?」
「動かさないと、どんどん鈍るからな」
‥私の首もスッパリきれないと確かに困るもんね。
って、違う違う!!回避!!とにかく回避!!
「‥やっぱり練習って欠かせないんですね」
「‥もうやめてもいいかと思ってたんだがな」
そうなの?
戦うのをやめるなら、私は大賛成ですよ?
なにせそれだけで私の首の安寧が高まるし?
だけど、いつもとちょっと雰囲気の違うルルクさんは重い剣を持ち上げて、朝の光に照らされた剣身をジッと見てから、私に視線だけ移す。
「‥だがなぁ、誰かさんの側にいると、なぜか戦う練習を辞めるとまずい事態が起こるからな」
「うっ‥。で、でもサラマンダーは流石にもう来ないと思います」
「100人を相手ってのも、また起こる可能性もあるし」
「それはルルクさんが強いからじゃないですか‥」
私のせいじゃありませーんと言うと、ルルクさんのコバルトブルーの瞳と緑の瞳がキラッと光った。あ、そっかなんかいつもと違うなぁって思ったのは、起きたらすぐ眼帯しているのに今日はしてないからだ。久しぶりに見られた両方の瞳につい頬が緩む。
「‥‥なんだ?」
「いや、両方の瞳を見たの久しぶりだな〜って。やっぱり綺麗ですね」
窓から頬杖をつきつつ、しみじみそう言うとルルクさんはちょっと目を丸くしてから、眉を下げて柔らかく笑う。
「‥本当に変わってる」
「だから〜〜、私は普通の一般常識を兼ね備えている乙女ですって」
「一般常識って知ってるか?」
「きーー!!もう焦げた目玉焼き焼いてやる!!」
窓から離れて、キッチンへダッシュするとちょっとしてからルルクさんがやってくる。ふふーん、もうフライパンで卵を焼いてるもんね〜。勝ち誇った顔をすると、ルルクさんが呆れたような顔で、
「火が強い」
「え?まだ??」
「‥お前の火加減はどうなってるんだ」
そういって、私の後ろに立ったかと思うと、以前いた世界とあまり変わらないコンロのツマミをゆっくり回す。ちょ、ちょっと密着してません??慌てて離れようと思っても、後ろにルルクさんがいるから動くに動けない。
ふわっとルルクさんの香りがするので、気恥ずかしくなってしまう。
じわっと顔が赤くなってしまうけれど、どうかバレませんように!
思わず押し黙った私を、ルルクさんが不思議そうに見ている気配がするけど、私は目玉焼きをジッと見つめることに集中することにした。
「‥ユキ」
耳元で、ルルクさんの低い声で呼ばれて思わずビクッと肩が跳ねる。
どこか艶のある声にゾクッとしてしまう。そのせいで、ますます顔が赤くなるのがわかって、私は顔が上げられない。
「な、なんですか?」
「そろそろ水を入れて蓋をしろ」
「あ、そ、そうですか」
コップに入れていた水を緊張しているせいか、フライパンの中へバシャッと掛けた途端、
「あぶね!」
と、言われてルルクさんの腕が私を庇うように自分の方へ引き寄せたかと思うと、もう片方のルルクさんの手がフライパンに蓋をすると、フライパンの中で水がバチバチと跳ねる音がした。
「ったく、すぐ跳ねるんだから蓋をすぐ出来るよう用意しておけ」
と、耳元で言われたけれど、私はそれがどこか遠く聞こえてしまう。
バチバチとフライパンの中で跳ねる音が、胸の中でも聞こえる。
そう思った途端、一気に顔が熱くなる。
「‥わ、わぁああああ!!!!」
「おい、なんで叫ぶんだ?!」
だ、だって、だってこれって、ちょっとまずい!!
非常にまずいって、気が付いちゃったんだもん!!
なんていうか、これは確実にまずいぞって思ったんだもん!!!
そうして、赤い顔のせいで私は顔を上げる事もできず、目玉焼きのいい匂いがしてくるフライパンをただただ呆然と見つめるしかできなかった。