恋愛ゲームの分岐ルートさえも迷子。
ルルクさんのシャツの裾をしっかり握っていたはずだったんだけど、私の片手が塞がっている事を失念していた。
ホイホイとまたも高そうなチーズとか、サラミとか、果物を入れるので私は慌てて止めたが、ルルクさんはそれは楽しそうに籠に入れて、お店のおじさんに流れるように渡して会計を済ませてしまった‥。
「もう!!節約しようって言ってた人は誰ですか!」
「俺は別に必要ないな」
「っぐうの音も出ない!!そうですね、節約は主に私が必要ですね!」
「安心しろ。隣で飢えた顔をした人間にお裾分けしないほど非情じゃない」
「‥それは喜んでいいのかわからないコメントですね」
帰り道、じとっと睨むとルルクさんが機嫌良さげに笑った。
‥まったくもう、こっちはお金が大丈夫なのかなって心配してるのに。
「‥お前は、こっちの出身じゃないのか?」
「へ?」
不意にルルクさんに何を尋ねられたのか理解できなくて、顔を見上げると、ルルクさんは私をじっと見つめ、
「レトが言ってたろ。ここに来た時の話」
「あ、ああ。そうでしたね。まぁ、色々事情があって3年前にここに越してきたんです」
「‥一人で?」
「はい。あの時は確かに一人で生きていけるか不安だったんですけど‥、良い人達に恵まれてなんとか。結構ラッキーだったなぁって思ってるんですよ」
まぁ、今は絶賛恋愛ゲームのフラグ回避をしないといけないから、ちょっと不穏な空気が漂っているけど。ルルクさんは私の顔をじっと見て、
「‥そうだな、そんな抜けててよく生きてこられたな」
「もう!大概失礼ですからね。あ、そうだ。ルルクさんにずっとなんだかんだで甘えちゃってましたけど、トニーさんも捕まって大分落ち着いたし、明日は朝早いからギルドへは私一人で行きますよ。今日は疲れたでしょう?ゆっくり休んで下さい」
今日はお弁当まで作って貰っちゃったし、流石に申し訳ない。
しかし、ルルクさんは私を見て、
「は?」
と、冷たい声色になる。
「え、なんでそんな怖い顔になるんですか」
「‥今日ギルドに来てた奴を怖がってたの誰だよ」
「私、ですね‥」
「一人で紋様なんて描けるのか?」
「描けますよ!今日はちょっと雰囲気に呑まれちゃったけど、明日は心を強く保ってガッシガッシと描きます!」
両手を握って、ガッツポーズを取るとルルクさんが呆れたように私を見て、
「‥本当に、こいつは」
と、呟いた。
なんだよ〜〜、どこに呆れる要素があったの?
「ルルクさんだって、怪我は治ったけどずっと休んでなかったじゃないですか」
「‥十分休んでる」
「ええ〜〜??本当に?」
私なんて毎日ゴロゴロしてたいくらいなのに‥。
「大体、お前早起きできるのか?」
「それは流石に失礼ですよ?私だって早起きくらいできます!」
「卵は焦がすのにな」
「そこは関係ないじゃないですか!」
「‥まぁ、考えておく」
「何を?」
思わずシャツの裾を引っ張ると、ルルクさんが可笑しそうに笑う。
「‥変わった奴がいると面白いな」
「本当、失礼ですね!」
頬を膨らませると、ルルクさんが吹き出して私の頬を指で突いた。
こら!乙女の顔を簡単に触ってはダメでしょ!じろっと睨むと、ルルクさんはちょっと目尻を下げる。
「ま、ひとまず帰って美味いもの食べるか。幸せ気分を堪能してくれ」
「‥素直にご馳走するって言えばいいのに」
私がそう言うと、ルルクさんはふっと小さく笑う。
「‥誰かさんのせいで素直になれなくて‥」
「よく言いますよ」
春の午後の日差しが射す森の中を歩きつつ、ああだこうだと言いつつ歩く恋愛ゲームの主人公と暗殺者。本当にシナリオは一体どうなっているんだろ。もしかして別ルートなんてあったのかな?なんて思うけれど、いや、ないな。学園に入学してからの分岐ルートしかなかった。
ともかく恋愛をしない。
フラグも立てない。むしろ折っていく。
私は生きるんだ!だけど、本当にこれいつまで続くんだ〜〜??
気が遠くなりそうな気持ちで家に着いた途端、ルルクさんが私をジッと見つめる。
「どうしたんですか?」
「‥俺のシャツの裾がどんどん伸びそうだな」
「へ?あ、す、すみません!!」
ずっと帰り道、ルルクさんのシャツの裾つかんでた!!
赤い顔で慌てて離すと、ルルクさんが笑って裾を指差し、
「やっぱり着いていくか?」
と言うので、もちろん睨んでおいた。大丈夫だってば!




