恋愛ゲームって甘酸っぱいものじゃないの?
恋愛ゲームをしていて、時々スパイスが必要だよね!と、ばかりに誰かが恋路を邪魔するとか、他に好きな人がいるのかも?って匂わせるパターンは数あれど、いきなり暗殺者をぶち込んでくる悪役令嬢ってすごいよね?って、ゲームしてた時は思ってた。
そして、その暗殺者をまさか看病するとも思わなかった。
くっっっそ重たい体をリビングのソファーに寝かし、花も実もある乙女だったけど、暗殺者の服をそっと捲ってみるとあちこちに剣か槍だろうか、ともかく切られた傷から血が流れていた。もう乾いている傷もあったけれど、衛生的ではないだろう。これでも前世は綺麗好きな民族出身。早速お湯を沸かして、傷を丁寧に拭き、持っていた軟膏を塗って、なんなら傷が回復する力を高める紋様を手の甲に描いておく。
「‥ついでに暴れないとか、いきなり人を殺さないって書いておくか」
なにせ私は女の子。
非力なんだ。
しかもここはど田舎だから犯罪もない穏やかな地域だけど、迎え入れたのは悪役令嬢に命令されれば躊躇なく私の首をスパーンと気持ちよく切り落とす男だ。
こっちの世界では見ないであろう漢字を、私は本人が見えないだろう背中にこっそり書いた。
『暴力、人殺し禁止』
文字は金色に光り、すぐに消えた。
…というか実はこれ、私の密かな特殊能力なのだ。
紋様師はこの世界の文字や模様を描くのだが、私は以前自分の腕に『力2倍』と書いて重い物を持ち上げてみたら、あら不思議!ひょいっと軽々と持てたのだ。
これは使える!!
と、大発見をしたものの‥恋愛ゲームなのにシナリオが最初からバグってる。となれば漢字をきっかけに何が起こるか分からない。なので模様にこっっそり腰痛の重症患者に『早期回復』と書いておくとか、難しいクエストに行くギルドの若い子に『筋力2倍』とか、それはもう小さく!ものすごく小さく書いておくのだ。まぁ、そのお陰で評判も良く、小さな町にも関わらず紋様師として仕事が成立してるんだけど…。
「今回はことも事だし、大きく書いておいて正解だよね」
真っ黒い服は上着は血だらけな上にボロボロだったので脱がせてしまった。
代わりに包帯と綺麗なシーツを掛けておいた。
「服は流石にないしなぁ‥」
何着か買ってきた方がいいかな。
せめて目を覚ましてからがいいかな?でもなぁーー、すぐ目が覚めるとは限らないしなぁ‥。と、右側だけちょっと長い前髪がはらりと鼻の方に落ちてきた。顔に掛かって邪魔かな?
そっとそれを後ろに撫で付けてから私はようやく気がついた。
暗殺者、顔がいいな。
王子も騎士も魔術師も文官も先生もみんな顔がいいけど、暗殺者も相当顔がいい。
スチルでは口元は黒い布で覆われていたから気付かなかったけど、鼻はすっとしていて形はいいし、唇の形まで綺麗。褐色の肌もミステリアスな感じでこれがまた良い。流石恋愛ゲーム。暗殺者の顔までいい。まぁ小さくて迫力もない暗殺者じゃ締まらないからなぁーー‥なんて散々自分のアバターを殺してくれた男をまじまじと見つめていると、
ふっと、暗殺者の瞳が開く。
左はコバルトブルー、右は綺麗な新緑を思わせる瞳の色に、私が目を丸くした途端、
ソファーから勢いよく暗殺者が飛び上がったかと思うと、部屋の角で拳を構えた。
「貴様、見たのか?」
低い怒気を孕んだ声で凄まれたけど、暗殺者ってあれだけ傷を負っておいてもう動けるの?と、そちらに気がいっててすぐ返事出来なかった。
「おい」
「‥もしかして瞳のこと?それとも顔?どっちもバッチリ見ちゃったけど、別に誰にも言いふらしたりしませんよ」
「どうだか‥」
暗殺者は私を睨んだまま、拳を構えている。
一応紋様が書いてあるから大丈夫…と思いたいけど、効いてるかなぁ?と不安になってしまう。と、ドンドン!と我が家の玄関を誰かが叩く音が聞こえると、暗殺者がそちらを睨んだ。
「今日はお休みなんだけどなぁ。ちょっとそこで待ってて下さい。挨拶だけしておきます」
私はそう言って玄関にスタスタ歩いていこうとすると、暗殺者が凄い勢いで私を捕まえようとした。その途端、バシン!と手は弾かれ、暗殺者の目が驚きで見開かれる。よかった暴力禁止はちゃんと効いていた。ホッとして息を吐き、
「ちゃんと言わないって約束しますよ」
そういうと、暗殺者は唇をぐっと噛み締め、静かに部屋の死角になる場所へ移動した。流石だなーなんて思いつつ、さて目を覚ました暗殺者をどうしたらいいだろうかと私は頭を巡らせつつ、扉を開いた。