恋愛ゲームの主人公、暗殺者の手を取る。
突然、地震と共に地面が割れ、白く光る水が勢いよく中庭から噴き出した!
あまりに突然のことに、タリクさん達やセリアさん達が勢いよく空高く噴き上がった豪雨のような水を身体中に浴びた。
蝶の私は、不思議なことにおびただしい蝶に囲まれているからか、ちっとも濡れていない。
下を見下ろすと、セリアさんが突然叫んだ。
「嫌!!何?私の指が‥!!水で溶けて‥!!」
驚いて、その手を見るとセリアさんの指という指を白く光る水がみるみる溶かしている。目を見開くと、タリクさん達の顔が生気のない顔から、ハッと正気に戻ったのかいつもの瞳に戻る。
「これは‥一体」
「ここはどこ‥」
タリクさん達や、リリベル様が周囲を見回す。
その間にもセリアさんの体が白い光る水に溶けていく。
氷のように手が、腕が溶け、体がみるみる溶けていくのを、セリアさんが「嫌だ!なんで?!!」と叫ぶけれど、白く光る水は地面の裂けた場所からどんどん吹き出し、落ちてくる。
あっという間にセリアさんの体が溶け、残ったのは着ていた洋服だけになってしまって‥、タリクさん達がその光景を呆然と見ていると、
「おや、犯人が溶けてしまったな」
「レオルド!!」
木の茂みから、同じくびしょ濡れのレオさんが這い出てきた。
あ、良かった。無事だったんだ。
「レオルド!よくぞ無事で‥!」
「無事、と言っていいのか‥。いや、だがある意味乱暴に扱われたことのない私には良い経験ではあったな」
ははっと面白そうに笑うレオさんを見て、ほっとした。
下を見下ろして胸を撫で下ろすと、ルルクさんが私を見上げた。
「ユキ!!!」
ルルクさんが、私の名前を呼んだ。
それだけで嬉しくなってしまうんだから、さっき拒否されてショックだったくせに私の心は本当に心底単純である。ルルクさんが私に向かって手を伸ばし、ああ、あの手にもう一度触れても良いのかなって思っていると、
キラキラと光る音と共にどこからか声がする。
『‥幸せになってね』
「え?」
誰?
誰の声?
周りの蝶を見回すと、今まで体が全然いうことを聞いてくれなかったのに、まるでルルクさんの方へ連れていかれるように下がっていく。
ルルクさん!
黄色の羽を羽ばたかせ、ルルクさんの方へ下りていくと白く光る水と涙で濡れたルルクさんの顔に気が付く。嗚呼、あんなに泣いてくれた優しい人から離れるなんて無理だよね。すぐ人をからかって、負けず嫌いで、蝶が大好きな暗殺者。
そして、私の大好きな人‥。
蝶でもいい。このままずっと私はルルクさんの側にいたい。
そう思ってルルクさんの手の中にそっと下りると、ルルクさんがコバルトブルーの瞳から、ぼろっと涙をまた溢した。
「‥ユキ、好きだ」
ルルクさんの言葉に顔を上げた。
好き‥?
ルルクさんが私を?
ルルクさんの涙と、白く光る水が私の体にポトンと落ちた。
その途端、体がまたギュッと押しつぶされたように苦しくなる。痛い、苦しい、目を瞑って、ルルクさんの手を小さな蝶の手で掴む。
「ルルクさん!」
ルルクさんの名前を呼んだその時、私の体が急に軽くなって、目をそっと開くとびしょびしょに濡れたルルクさんが私を驚いた顔で見ている。
あれ‥?
私はどうなって‥?
自分の体を確認しようとした途端、ルルクさんが私をギュッと力一杯抱きしめた。
「ユキ‥!ユキ!!」
「る、ルルクさん?」
涙声のルルクさんが私を抱きしめたまま、「良かった」と呟いて、私はようやく自分が蝶から人間に戻ったことに気が付いた。と、ルルクさんが腕の力を緩めて、私の右頬をそっと大きな手で撫で、それから私の首元をそっと撫でた。
「‥・傷が、」
「大丈夫すよ。かすり傷です」
「すまない、すまない。ユキ‥」
ルルクさんが辛そうに顔を歪めると、またぼろっと涙が溢れた。
嗚呼、もう泣かないで欲しい。
ただただ笑って欲しい。
できれば、一緒に。
ずっとそばで笑っていて欲しい。
ゲームではあんなに冷たい瞳をしていた暗殺者、そして私の大好きな人。
ルルクさんの大きな手に、自分の手を添えると、ルルクさんのコバルトブルーの瞳が私をじっと見つめた。言っても、いいだろうか。今ならフラグは全部回収されたと判断してもいいだろうか。さっき聞こえた『幸せになってね』という言葉を、信じていいだろうか‥。
ドキドキと胸が鳴って、怖い気持ちと、好きだという気持ちがごちゃ混ぜになる。
と、頭の奥でゲームでよく聞いたイベントの時に起きる音楽が聞こえた。
『暗殺者ルルクの手を取りますか?』
え?
思わず周囲を視線だけ彷徨わせたけれど、誰も気が付いてない?
もしかして、私だけ聞こえた‥?っていうか、こんな時だけゲームが動いたの?
ええい!!こちとら恋愛ゲームの主人公だ!
フラグの回収をする事になったら今度も全力で受け止めればいい!!そう思って、ルルクさんの顔をぐっと自分に引き寄せて、ルルクさんの唇にキスをした。




