恋愛ゲームの主人公、気合を入れる。
問答無用でルルクさんに黒い魔石が溶けた水に突っ込まれたレオさん。
慌てて引き揚げると、笑った顔のままのレオさんが、
「なるほど、これが溺れるというやつか‥」
と、呟くので慌てて謝った。
「すみません!!とにかくバスタオルを持ってきます!」
「じゃあ絞っておく」
「待って!ルルクさん!!!戻った時のことを考えて絞らないでおきましょう」
「‥それもそうか」
『うむ、なかなかスリリングだな』
ルルクさんの手の中でびしょびしょになっている状態で面白そうに笑うけれど‥、最早人間に戻った時に不敬の極みで打首獄門にされてしまわないかとヒヤヒヤしてしまう。急いで洗面所からバスタオルを持ってきて、ポンポンと優しく水分を取るように叩く。
「すみません‥。やっぱり紋様だけではダメでしたね」
『なに、3日掛かると言われていたんだ。なにも問題はない』
「レオさん‥」
『焦っても仕方ない。今はできる事を確実にやっていく事だ』
「そうですね‥。私もう少し他にも効果のある紋様はないか調べてみます!」
『うむ、すまないな!』
きっと不安もあるだろうに、明るいレオさんに私が助けられているな。
タリクさんから貸してもらった「呪い」に関する本を持ってこようと部屋にいって、他にも紋様に関する本を選んでドアノブに手を掛けると、ルルクさんの声が聞こえた。
「‥本当に大丈夫なのか?」
『急かしても、焦っても、物事は動く時は動くし、動かない時は動かない。でも、ユキさんに鍵の紋様を描いてもらった時、確かに物事が動く音がしたんだ』
「音?」
『それこそ、鍵が開く音だ』
‥そんな音がしたの?
自分では全然わからないけれど、レオさんには聞こえたんだ。
だからそんなに喜んでいたんだろうか。
でも、結局レオさんの人形化はすぐに解けないし、紋様師として頼ってくれているのに申し訳ない‥。と、レオさんが言葉を続けた。
『王ではないがそれに連なる者たるもの鷹揚に構えていないと皆萎縮してしまうだろ。ちょっと大丈夫かと思われるくらいで丁度いいんだ』
ドアノブにかけた手がピタリと止まった。
そのセリフはゲームの中で、王子が言ってた言葉‥。
ゲームの中で誰かが授業で王子に水を掛けてしまって、びしょ濡れになってしまった王子が気にすることはないと笑うと、悪役令嬢が怒って「王族なのに!」と言い放った時、王子がそう言ったっけ。
‥なんだか随分と変わったなぁって思ったけど、やっぱり真面目な性格は変わってなかったんだな。
ゲーム通り私は学園に通っていないし、誰とも3年間を一緒に過ごしてもいない。それでも攻略対象‥いや、どの人達もそれぞれ悩んだり、苦しんだりしつつも、ここまで頑張ってたんだと思うと、なんだか感慨深くなる。
そっとドアを開けて、努めて明るく笑う。
頑張って生きてきたのは私だけじゃない。皆、いつだって頑張っている。
そう思うだけで、頑張るぞって思うんだから私は本当に単純だ。
「本、持ってきました!探してみますね」
『ありがとう。私も見ていいかな?』
「もちろんです。どうぞ」
バスタオルに包まれたレオさんにそう話して、急いで朝食を食べてからお皿を片付けて本を開く。紋様はかなり多くあるけれど、もちろん「人形」を解く紋様なんてないから、できるだけ体が元気でいられるように‥とか、精神的に不安にならないような紋様を補助的に描こうと話をした。
と、時計を見るとそろそろ仕事に行く時間だ。
「あ、こんな時間‥」
「今日は無理だろ。なにせ魔物も出たし、橋の修理もままならないだろうしな」
「そうですね。じゃあレトさんに連絡だけしておきます」
そう話して、ギルドに連絡をしてからテーブルの上に座っているレオさんの横で紋様の本を開くけれど、ふとリリベル様達を思い浮かべた。
リリベル様達は大丈夫かな?なんでいなくなってしまったんだろう。
もしかしてレオさんの背中に日本語で書いた人が関係してる‥とかないよね?
そもそも悪役令嬢って、学園に入る前はあんな風に大人しい人だったのかな?ゲームでは私が現れたから、あんなに暴れて、怒って、最終的にルルクさんを私に仕向けたのだろうか。帰ってしまった今となっては何もわからないけれど‥、それなら私がゲームのように学園に行かなくて正解だったのかな。
「‥ユキ」
「はっ、すみません。また思考の海に‥」
「しっかり呼吸だけはしておけよ。ともかく描ける紋様を描いておくか?」
「あ、そうですね‥。レオさん腕をまくる事はできますか?なくなった鍵と一緒に他の紋様を描いておきましょう」
そういうとレオさんは嬉しそうにぴょこっと飛び上がり、腕をまくって『ぜひ!』と言ってくれて‥、その動きが可愛くてつい笑ってしまった。よし!頑張るぞ!!




