恋愛ゲームのシナリオってあるの?
突然の逃亡からはや3年。
恋愛ゲームが進んでいれば、私は王子か騎士か魔術師か文官か、優秀の塊の学校の先生と結婚エンドしてたはずなのに天国のお父様、お母様、ユキは田舎の別荘地の小さな家に住んでおります。人生って不思議なもんだわー。
あれから風の噂でおじ様は家督を剥奪され、執事長の再就職先の公爵家が引き継いだらしい。一番安全なルートだな。執事長からはハイデン伯爵がまだ私を探しているらしいので、ほとぼりが冷めるまで潜んでいた方がいいと連絡をくれたけど安心して下さい。
戻る気は一切ありませんから!!
だって今戻っても家の家督を剥奪された貴族の娘を誰がどうしよう?
相当な変わり者じゃなきゃ嫁にもしないでしょ。それこそハイデン伯爵に捕まったら私の人生、完全にゲームオーバーである。
そんな訳で私はすぐに仕事を探し、この3年の間に女1人できる紋様師になった。
紋様師っていうと、反社の人の背中に模様を入れるイメージだったんだけど、この世界では手軽にできる魔力増強や、回復の促進する為に使う補助的な魔術なのだ。模様も花や植物、剣や弓、この世界の昔から伝わる言葉を、腕や手の甲に植物をすり潰した液体を魔力を込めつつ筆で書き込んでいく。
私は元々絵は趣味で描いていたし、そもそも恋愛ゲームの主人公!
魔力もそこそこある。仕事の相談を近所のギルド長にした所、突然やってきた存在にも関わらず仕事を教えてくれて、細々とギルドに仕事にやってくる人に紋様を描いて日銭を稼ぐ毎日だ。
執事長が当分不自由しないようにとお金も逃亡する際に渡してくれたけど、出来るだけ何かの際に使えるようにと思って、私は自分の髪をバッサリ切ってそれを元手に仕事道具を揃えた。恋愛ゲームのシナリオ通りならば私は学園にいて、「髪が綺麗だな」とか甘い台詞を吐かれてたろうけど、今は逃亡中!髪など気にしてる暇はない!それよりも仕事だ!お金だ!!
そして逃亡生活をしてて、もう一つ気をつけようと思った事がある。
私は恋愛ゲームにおいて、恋愛を始めると必ず悪役令嬢が放つ暗殺者に殺されるか、殺されかける運命なのだ。ハッピーエンドルートならば攻略対象が助けてくれるけど、バッドエンドルートなら殺される。ハード過ぎない?恋愛ゲームという名前は飾りか?そう思いつつプレイしていた事を思い出したのだ。
なので私は「恋愛しない!!!!!」と誓った。
攻略対象が1人もいない超の付くど田舎で、恋愛した日には何が起きるかわからない。私は天寿を全うしたいのだ。恋愛して殺されるルートなんて真っ平御免である。
そんなこんなで、どうにか過ごせるようになった爽やかな朝。
小さな庭にある薬草を摘もうとドアを開けたら、
なんか人が玄関前で倒れてる。
「え」
ふわっと血の匂いがして、真っ黒い服に身を包んだその人の側へそっとそっと歩いていくと、私は息を飲んだ。
なんでここに私を暗殺しにくる暗殺者がいるのーー!!???
恋愛ゲーム開発した奴出てこいぃいい!!!そう叫びたかったけれど、口を閉じた。だって死にたくないし。
もう一度、暗殺者であろうその人を見る。
スチルで毎回見ていた褐色の肌、長い濃い茶色の前髪はなぜか右側の瞳だけ隠され、もう片方のコバルトブルーの瞳がギラギラと自分を睨みつけていたのを思い出し、背筋に寒気が走る。何度も私のアバターを気持ち良く殺してくれた男が目の前にいるとか‥恋愛ゲームのシナリオバグってる!?
よーし全力で見ないふりだ!!ギルドに連絡して引き取って貰おう。
そろりと腰を上げようとすると、
「う‥」
小さな呻き声に私が後ろに大きく飛び退いて、もう一度顔をよくよく見ると、顔も腕も恐らく体も血だらけだ。っていうか、地面に赤い染みできてない??これもしかして死んじゃうの??なんで暗殺者がそもそもここにいるの?疑問ばかりが頭の中を駆け巡るけれど、早急な手当が必要なのは一目瞭然だ。
私は空を仰いだ。
一日一善。情けは人の為ならず。
天国のお父様、お母様、私はもしかしたらそっちに早めに行くかもしれませんが、人の道は外れていなかったと褒めて下さいね。そう思って、急いで救助するべく腕まくりすると、一体何を食べたらこんなに大きくなるんだ!!という暗殺者を家の中にズルズルと引っ張った。
どうか!どうか!!死ぬルートじゃありませんように!
と、強く願いながら‥。