恋愛ゲームの主人公、前途多難。
私の手を石鹸でよく洗ってから、「こっちにも蝶を描いておけ」と言われた。
もちろんすぐにでも描いておきましょう。あと、手を離して欲しいなぁ‥恥ずかしいから。あとリリベル様と付き合っている事になっているのに、私と二人きりではまずいだろ。
「ルルクさん、早くリリベル様の所へ行った方がいいですよ」
「はぁ?」
「だってお付き合いをしているって前提なのに、私といてはまずいでしょ?」
私の言葉に、ルルクさんが言葉に詰まる。
‥もしかして、完全に忘れてた?
渋るルルクさんの背中を押して先に出てもらってから洗面所からそっと顔を出すと、と女の子達がタリクさんを囲んで、
「あのユキさんって方は、一体なんですの?」
「殿下からキスなんて‥、まさか婚約者に決まった訳ではないですよね?」
「本当にあの方が本命ではないんですよね?」
と、矢継ぎ早に聞いていて‥、リリベル様が「およしなさいな」と窘めているほどだ。う、うわぁあああ‥修羅場じゃん。ちなみにアレクさんとシヴォンさんはそれをどこか遠い目で見つめている‥。
う、うわ〜〜〜!!出て行きたくない!
しかし仕事もある私は出ていかねばならぬ‥。
洗面所から何食わぬ顔で出ていくと、レトさんが私を見るなり、
「なんだお前ら別れたんだって?」
って、大きな声で聞くので、ギルドの中にいた人達から一気に視線を浴びるし、セリアさんは「はぁ?!!」と最早淑女の顔をかなぐり捨てたのか、ものすごい形相だ。アレスさんとシヴォンさんがその様子に同時に目を丸くした。
ああああ、もう怖いんだけど!?
しかし、ここは全て丸く収める一言を言おう。
「ええと、そろそろお仕事を始めたいのですが‥」
私の言葉に女の子達は目を丸くすると、リリベル様はこれ幸いと手をポンと叩き、
「そうでしたわね。これから橋を直す作業をされる方もいらっしゃるようですし、私達は買い物を済ませたら別荘へ戻りましょう」
「ええ?!でもリリベル様‥」
「ダゴルの街から商人も来てくれるというお話ですし、せっかくならアレスさんのお菓子を頂きつつ、最後の買い物も良いのではなくて?」
リリベル様が首を傾げると、薄紫の綺麗な髪もつられるようにふんわりと動いた。
可愛いなぁ、この人‥。本当に悪役令嬢なのかな?
あまりにもゲームではものすごい眼光で睨まれ、邪魔され、色々され、果てには暗殺者のルルクさんを仕掛けられた私としてはもう驚きしかない。
「それでは、ユキさん。御機嫌よう」
「あ、はい…」
ニコリと淑女の笑みで微笑むと、タリクさんはサッと腕を差し出しエスコートしてギルドを出ていった‥。はぁっと息を思わず吐くと、アレスさんは申し訳なさそうに眉を下げた。
「いや、申し訳ない‥。まさかいきなりギルドに尋ねてくると思わなくて‥」
「いえいえ、今回のはどうしようもないですよ。それよりタリクさんと王子が行ってしまったけれど、追いかけなくて大丈夫なんですか?」
「‥すぐ向かいます。本当はユキさんに紋様を描いて欲しかったんですが、全くレオルドはマイペースで‥」
アレスさんはじとっとギルドの扉を睨む。
あ、やっぱりそうですよね?
シヴォンさんもうんうんと頷き、
「俺も紋様を描いて欲しかったし、先に俺の魔術が使えるようになったお祝いをしたかったんだが‥」
「え、じゃあ魔術は大丈夫だったんですね?」
そうだ!
ちゃんと魔術が使えるか確認しに王都へ行ったんだよね。
お祝いってことは、魔術が使えることが確認できたってこと‥なんだよね?私はシヴォンさんを見上げて思わずワクワクした顔で見つめると、シヴォンさんは照れ臭そうに横を向いて、
「‥ちゃんと使えると、お墨付きを貰った」
「良かった〜〜!!じゃあ、今度みんなでお茶でもしましょうね!」
「いや、そこは改めて一緒に二人でお祝いしよう」
「え」
「別れたんだろ?なら、まだチャンスはあるよな?」
ちゃ、チャンス???
私が目を丸くすると、ルルクさんが私とシヴォンさんの間にずいっと割り込む。
「仕事の時間だ。用がないなら帰れ」
「‥それなら君では?」
二人がバチバチと火花を散らすように睨み合うけれど、あ、あの‥、こういう時どうすればいいんだ?!オロオロしていると、ルルクさんが私の手を握ったかと思うと、仕事をするテーブルまでグイグイと引っ張っていく。
「ちょ、ルルクさん!!??」
「おら、もう大工も来るんじゃないか?仕事だ、仕事」
「もう〜〜〜〜〜!!!!」
ルルクさんは私を席に座らせると、ニヤッと笑い、それを見たアレスさんとシヴォンさんも同じようにルルクさんをじとっと睨んでから、
「「いつでもうちの別荘へ来てくれて構わない」」
と、同時に言うので驚いた。
そんなに歓迎して頂けて嬉しいのですが、攻略対象だからなぁ‥。ひとまず曖昧に笑っておいたけど、こんな前途多難な状態でお祝いとか‥本当にできるんだろうか‥。




