恋愛ゲームの暗殺者、熱を出す。
そうして、結局翌日はいよいよ本番の大嵐。
木々は風によって翻弄され、窓はガタガタと揺れ、雨がザアザアと大きな音を依然として立てている。
「‥すごいですね」
「ああ。流石にこの風が収まってから見回りになった」
「それは良かったです。これで見回りに行くって言ったら流石に引き止めようと思いました‥」
朝からすごい風景に、ルルクさんと朝食後のお茶をしながらしみじみつ呟くと、ルルクさんが小さく吹き出した。
「お前に俺が引き止められるのか?」
「本当に失礼ですね。心配してるっていうのに!」
「‥じゃあ、蝶を描いてくれ」
「じゃあの意味とは???って、あれ?蝶が薄くなってる?」
「ああ、どういうわけか」
特に危険なことはしてないような‥。
と思ったけど、そういえばウィリアさんを助ける為に戦ったからかな?
急いで部屋から仕事道具を持ってきて、早速ルルクさんの手の甲に黄色の蝶を描くけれど、ふと湖の蝶を思い出して、ルルクさんを見つめる。
「そういえば、湖の蝶‥綺麗でしたね」
「そうだな」
「また一緒に見られたらいいですね」
「‥ああ」
ルルクさんが目を細めて私を見つめる。
その優しそうな顔にドキッとするんだけど、ふとルルクさんの手がいつもより熱い気がする。筆を置いて、ルルクさんの顔をまじまじと見つめると、ルルクさんが首を傾げる。
「‥ユキ?」
「ちょっと失礼しますね」
椅子から立ち上がって、ルルクさんのおでこに自分の掌を押し当てると、熱い!やっぱりだ!熱があったから、蝶が守ろうとしてくれてたのかも。
「大変、ルルクさん熱が出てる!」
「‥‥熱?」
「とりあえず、ソファーに横になって下さい。すぐに薬と‥、水と、あと冷やすものを」
ルルクさんは不思議そうな顔をして私を見つめているけれど、もしかして熱を出してるって自覚症状ない感じ?ルルクさんの手を引っ張って、ソファーに座らせてからクッションを重ねて横になってもらうと、ルルクさんがようやく息を吐いた。
「‥ルルクさん、いつから怠いとかありました?」
「‥昨日?」
「早く言って下さいよ〜〜!昨日の見回りでもしかしたら体調崩したのかも‥。今毛布を持ってきますね」
自分の部屋からしまっておいた毛布を持ってきてルルクさんに掛けてから、水や薬を持ってきて飲ませると、ルルクさんはやっと熱を出している事に気付いたらしい。
「いつも怪我をして、一緒に熱を出すから‥。熱単体は初めてだな」
「切ない‥。ともかくゆっくり休んで下さいね」
冷たい水で絞ったタオルをおでこにのせると、ルルクさんは嬉しそうに目を細める。
「最初に来た時みたいな気分だ‥」
「そうですね、あの時は怪我を負ってたんで本当にドキドキしましたよ」
仕事に行くしかなくて、大丈夫かなってずっと心配してたのを思い出す。
あれから随分と経ったように思うけれど、そこまで日が経ってないのも驚きだ。本当に色々あり過ぎて、私の頭の中で月日がバグってるな。
ルルクさんはほどなくして、目を閉じると静かに寝息を立て始め、私もホッと息を吐いた。
きっと疲れが出たんだろう。
知らない土地へ来て、魔物を倒したり、私を助けたり、クッキー作ったり、ギルドで働いて‥。うん、すんごく忙しかったろうな。寝ているルルクさんの髪をそっと撫でると、安心したように寝ている姿に胸が暖かくなる。
こんな風に、警戒もせず寝てくれているルルクさんになるなんて私も思わなかった。最初は毛を逆立てる猫のようだったし。そのことが嬉しくて、ふふっと笑うと玄関の扉がゴンゴンと叩かれる。
こんな嵐の日に、誰?!!
目を丸くして、ルルクさんを起こさないようにさっと立ち上がって玄関へ行くと、外にはびしょ濡れのウィリアさんが立っている。
「ウィリアさん?!こんな時にどうしたんですか?それに怪我は‥」
「怪我は大丈夫だ。それより、こっちに不審な男を見なかったか?」
「男‥?」
「なんでも操られているらしい。目の色が違うと近隣の人間が‥。茶色の明るい髪をした男らしいんだが‥」
明るい茶色の髪の男‥。
昨日も今日も嵐で家から出なかった私は全く見てない。
私が首を横に振ると、ウィリアさんがホッと息を吐く。
「まぁ、こっちにはルルクさんがいるし大丈夫だと思うけど‥」
「そこは、まぁ。でも今風邪を引いてて‥」
「え?大丈夫なのか?」
そうウィリアさんが言った時、私の後ろでガシャンと何かが割れた音がして、二人でそっちを勢いよく振り返ると、キッチンの窓ガラスに木がぶつかったのか、びゅうびゅうと風が入ってくるのが目に入った。
「た、大変!!」
「直すの手伝う!入ってもいいか?」
「すみません!お、お願いします!!」
大慌てで二人でルルクさんを起こさないように気をつけつつ、窓を直したけれど‥、ウィリアさんいてくれて助かったよ。そしてこんなドタバタしてる中でもすうすうと寝ているルルクさんを見ると、やっぱり疲れてたんだなぁとまた頭を撫でてしまいたくなった。




