恋愛ゲームの主人公、ちょっとだけ。
苺畑の収穫は、ひとまずなんとか終えられた。
空を見ればすっかり夕暮れ。
でも、初夏に入ってきたからか、日暮れもゆっくりだ。まだ夕方は涼しい風が頬を通り過ぎて、大変気持ちが良い。
お土産に貰った苺を仕事道具の籠に入れて、私とルルクさんで家まで歩くけれど、いつになく静かだ。それもそのはず、私がなんというか言葉が出てこない。
だって悪役令嬢に会わないって思ったのに、今日は二度会った。
しかも二度目は、なんだかルルクさんをうっとり見つめていて‥、もしかして今回のルートは悪役令嬢とルルクさんが恋仲になるルートだったのかも?って思ったら、もう‥言葉が出てこない。
好きと言わない、伝えないと決めてるくせに私の自分勝手さよ。
自己嫌悪という海にぶくぶくと溺れてしまいそうだ。
嗚呼、こういう時にこそお酒を飲んだ方がいいのかな。そう思っていたら、不意に言葉が口を突いた。
「‥お酒って、ありましたっけ」
「は?」
「‥あ、いえ、労働した後のお酒が美味しいって聞いたので、」
「ああ‥。でも今日はやめておいた方がいいだろ。お前、ずっと顔色悪かったぞ」
「‥そんなに?」
思わず顔を上げると、ルルクさんが私を見てちょっと目を丸くすると、ホッとしたように眉を下げた。
「‥苺を、一緒に食べよう」
「‥苺」
「美味しいの、好きだろ?」
「‥好きです」
「じゃあ、そうしよう」
ルルクさんが柔らかく微笑んでくれて、それだけで胸がいっぱいになる。
なんだかそれだけなのに泣きそうになると、ルルクさんの大きな手が私の手をそっと握った。
「ルルクさん?」
「手を切って、ないか?」
「手?いえ、大丈夫ですよ」
「そうか‥。明日も大丈夫だな」
そう言いながらルルクさんは私の手を握ったまま歩いていく。
あれ?手を離さないの?驚きつつも、ルルクさんの手は私の手をしっかり握って、そのまま家まで歩いていく。‥これは、もしかしてかなり心配してくれているのでは?チラッと視線だけ動かして、ルルクさんの横顔を見ればいつもの横顔が目に入る。
‥うーん、いつも通り?
そう思いつつも、私はルルクさんの手を振り払うこともできず、嬉しいような、でも悲しいような‥宙ぶらりんの気持ちのまま家に向かっていると、家の玄関先に誰かが立っている?
「あれ‥、ウィリアさん?」
まさかのウィリアさんが玄関先に立っていて、私が名前を呼ぶとパッと顔を明るくさせてこちらへやってきた。
「や〜、良かった!これ、ちょっとだけどお礼!」
「え?」
サッと差し出されたのは小さな紙袋だ。
「アレスんとこのお菓子!なんか美味しいらしいからさ」
「ふふ、それはもう」
「あ、やっぱり知ってたんだ。いや、今日は本当に助かったからさ。悪いけど、まだいるみたいだから頼むな」
「は〜い‥」
「そんな顔をするなよ〜。もしかしたら婚約者だったかもしれないのに!」
「今は違うでしょ。でもお礼はしかと受け取ります」
「ああ、じゃあまた明日頼むな!」
ウィリアさんは笑顔で私に手を振ると、ルルクさんを見て、
「‥あんたもな」
ニヤッと笑うと、近くの木に繋いでいた馬に乗って風のように帰ってしまった。
早い‥。まるで嵐のようだな。
「なんだか嵐のような感じでしたね」
「‥ああ」
ルルクさんは複雑そうな顔をして、私の紙袋を見ると、
「‥いいのか?」
「え?」
「‥あのまま、恋人扱いで」
「別に私を好きな訳じゃないから大丈夫ですって〜」
「‥‥元、婚約者だったんだろ」
低い声が、瞳が、私をじっと見つめる。
顔を上げて、夕暮れの光を浴びて何処となく揺れるルルクさんの瞳を私もじっと見つめ返してしまう。
そう、元婚約者。
でも今の私はそんな存在、危ういだけだ。
それに私は誰も好きになれない。本当はなっちゃいけないのかもしれない。恋愛ゲームの主人公なのに、全くもって反対の方向に行こうとする私にどこか笑えてしまう。
「元、ですよ。今は私は一般庶民ですし、関係ありません」
「‥そうなのか」
「それに、料理も家事もそこそこですよ?」
「‥貴族だったらそんなの関係ないだろ」
「ええ〜〜??でも貴族なんて嫌ですよ。紋様も描けないし‥」
ルルクさんと繋いでいる手をちょっと持ち上げて、黄色の蝶を指差す。
「ルルクさんも困るし、私も困る」
「‥そう、だな」
お互いに顔を見合わせて、小さく笑ったけれど‥、きっといつかそれさえもできない時が来るんだろうな‥。そう思って、今だけ‥と、ルルクさんの大きな手を小さく握った。




