恋愛ゲームなのに暗殺者が隣にいる。
お昼はせっかくなので、ギルドの隣のお店「踊る小鹿亭」で食べることにした。
決して面倒だから‥ではない。多分。
お店に入ると、髪をバンダナでまとめた小鹿亭の看板でもある元気なおばちゃんが私を見るなり「仕事はひと段落ついたの?」と、声を掛けてくれる。
「はい、なんとか。今日は忙しそうですね」
「お陰さんでね〜〜。この辺りは魔石が見つかりやすいけど‥、洞窟が見つかるのは久々だからね。でも魔物も結構多いらしいわね。レトが洞窟から魔物を出さないように気をつけてるけど、あんた町外れに住んでいるんだから一応気をつけなさいよ。」
「はーい‥」
魔物よりも私の横には暗殺者がいるのでもっと怖い。
空いている席にルルクさんと座って、壁に掛かっているメニューを教える。
「お肉かお魚どっちがいいですか?」
「‥肉で」
「はーい。おばちゃんお肉のランチメニュー2つでー!」
大きめの声で注文すると、おばちゃんはテーブルを拭きつつ「はいよー!」と返事すると、早速厨房に注文してくれた。いつも元気ですごいなぁ。
「‥はぁ、魔物かぁ。洞窟から出てこないといいですね」
「‥そうだな。マスターは強そうだし大丈夫だろ」
「あ、そういうのわかるんですか?」
「‥多少」
さっき握手しただけで、剣を使うのか?って聞いてたし‥。
戦う男同士で目には見えない会話をしてたのかな?よくわからない世界だな。
「魔石もどんなのが見つかるのかなぁ。私、できれば赤い魔石欲しいんですよね」
「赤‥」
「火の魔石とも言われているんですけど、紋様を描くときの顔料になるんですよ。発色が綺麗で、どの色と混ぜても綺麗なんですよね〜〜」
植物のエキスで作った紋様薬もいいけど、魔石だけのも綺麗なんだよね。
ルルクさんは褐色の肌だから、あえて白の紋様を描いたら映えそうだなぁと、まじまじとルルクさんの太い腕を見る。うん、見れば見るほど筋肉がすごい。
「‥魔石も使うんだな」
「はい!ルルクさんは、紋様とか今までどんなのを描いてもらってました?」
長剣?大剣?を使ってたんなら、筋力維持とか向上かな?
何の気なしに聞いて言葉に、ルルクさんはふっと視線を逸らした。
「‥特に」
「え、そうなんですか?強いから?」
私の言葉にルルクさんは、視線を戻して私を見ると少しだけコバルトブルーの瞳が和らいだ。
「‥どうだろうな」
真顔なんだけど、どこか声は落ち着いていて優しいトーンだった。
なんともいえない表情に、どう声を掛けるべきかな‥って思っていると、おばちゃんが私とルルクさんの前に、豪快にランチメニューを置いてくれた。
「あいよ!!肉のランチメニュー!お兄さんはデカイからお肉多めにしておいたよ!ユキ、あんたには野菜多め!ちゃんと食べてるの?っていうか、少しは料理できるようになった?」
「う、ううう、目玉焼きなら‥」
「まーったく!あんたってば本当に料理できないなんて、どーすんの?いつか嫁にいくんでしょ?」
耳が、耳が痛い。
しかし嫁にいく気もなければ、恋をする予定なんてありません。
「大丈夫ですよ、小鹿亭があります!」
「まったく仕方ないねぇ。あとでおかず持って帰りな!」
「えへへ〜〜、ありがとうございます!」
口は強いが、めっぽう優しいおばちゃんに私は生かされているのだ。
お礼を言って、早速お肉を食べようとフォークを持つと、じっとルルクさんが私を見つめている。
「‥あ、あの?」
「‥料理は、もう少しできるようにしろよ」
「ぐっ!!ルルクさんにまで言われた‥」
「まずは野菜を茹でるところから練習だな」
「え、ええ、それくらいできますよ!‥多分」
この間、塩と間違えて甘いブロッコリー作っちゃったけど。
お肉をパクッと口に入れると、ジワリと肉汁が広がって大変美味しい。
思わず頬が緩むと、ルルクさんは呆れたように私を見て、自分もお肉を一口入れると、ちょっと目を開いて固まった。
「美味しいでしょう?」
「‥ああ」
「この味を食べちゃうと、自分では作ろうと思えなくて」
「未だに下手なのか」
「‥私の心はパンよりも柔かいんですけど‥」
言葉で人の心をスパスパと切るんじゃない!
じろっと睨むと、ルルクさんのコバルトブルーの瞳がさっきより和らいだ。
‥さては人を使って楽しんでいるな?
小鹿亭のおばちゃんはレトさんのお姉さん。
豪快!豪傑!豪胆!の3拍子揃ったいい女です。