恋愛ゲームの主人公、見ているだけ。
ルルクさんとお昼を食べ終えて、早速頼まれた農園へと歩いていく。
村から東へ行った所に大きな農園があるのは知っていたけれど、小高い丘を横切ると、木々が等間隔に植えられて色々な植物がなっているのを見るとちょっとワクワクする。
なんでも色々な野菜や果物を育てているとは聞いたけど、あちこち色々な野菜や果物があるのを見ると圧倒されてしまう。私の畑のささやかな事‥。
「すごいですねぇ‥。あちこち色々ある〜」
「そうだな。地図だと‥あそこだな」
ルルクさんの地図を覗くように見ると、かなり大雑把な地図なんだけど‥。
よくこんな地図でわかったな、ルルクさん。
「‥これでよくわかりますね」
「まぁ、地図は読めないと困るからな」
‥ですよね。
王城とか騎士団とか学園に侵入してたし‥。
って、それはゲームの中でだけど。
「おおーい、こっち!こっち!!」
「あ、おじさん。今日はよろしくお願いします」
「いやぁ、急遽だったのに本当に助かったよ。ええと早速なんだけど、苺を頼みたい!すぐ説明するからちょっときてくれ」
トウモロコシ畑からひょいと顔を出したおじさんが、早速私とルルクさんに待ち構えたように籠を渡して、サクサクと案内してくれた。お、おお、勢いがすごいな。
苺の収穫方法を教わると、ルルクさんが私を見て、
「大丈夫か?」
「‥苺を収穫するだけですし、大丈夫ですよ」
「‥無茶するなよ」
「苺でどんな無茶するんですか」
思わず笑う私に、ルルクさんはじとっと見て「そうだといいんだが」って言うけど、少しは信用してくれ。‥粉塵爆発に水蒸気爆発までやらかしているけれど、流石に爆発は私だってお断りである。ついでにいえば暗殺もお断りだ。
なんとか気を取り直して、早速おじさんに言われた苺畑でせっせと教えられた大きさの苺を収穫する。甘酸っぱい匂いに思わず笑顔になってしまう。あと驚いたのがなんとこっちの世界もハウスのようなものがあった。ゲームの世界なのに、こういう所は以前の世界とあまり変わらないって面白いよね。
苺を収穫しつつ、顔を上げると向かい合うように苺を収穫するルルクさんが目に入る。
面白いといえばルルクさんだよね。
最初は私を殺しに来た暗殺者かと思えば、何かと気遣って料理してくれたり、助けに来てくれるし‥。一体この恋愛ゲームは何をしたいんだ?って思う。でも、ストーリーを回収しようと思っているのか、攻略対象は来るし、悪役令嬢までとうとうやってきた。
‥私は、これから本当にどうなるんだろう。
恋愛ゲームだったら、誰かとくっ付いてそのまま終了だったけれど、今や学園を卒業もしていなければ、誰とも恋愛もしてない。このままいけばどうにかなる、のか?ずっと霧の立ち込めた場所に立っている気分だ。
「ユキ」
「は、はい」
「籠が一杯になってる。そっちを貸せ。新しいのを持ってくる」
「‥ありがとうございます」
いつの間にか無心で苺を摘んでいた私の籠は一杯で、ルルクさんはそれをことも無げに受け取ると、木の下に置いてあった籠を私に手渡してくれた。
「体調が悪ければすぐに言えよ」
「‥大丈夫ですよ。でもありがとうございます」
ニコッと笑うと、ルルクさんも目を細めてくれて‥。
こんな不安定な私によく付き合ってくれるなぁって改めて思ってしまう。
いつか気持ちを言える時が来るのかな‥。
それとも、そんな時は来ないのかな‥。
ふとそんなことを考えていた時、ドカドカと何かが走る音が聞こえて顔を上げると、馬に乗った女性‥だろうか、必死に馬に縋り付くように走っている。
「え?」
もしかして、暴走してる?
私が驚いている間にルルクさんが勢いよく走って、畑のすぐ側に繋がれていたおじさんの馬に飛び乗ると、ものすごい勢いで追いかけていく。
そうして暴走しているであろう馬を宥めるように並走すると、間も無く馬はスピードを緩め、ようやく動きを止めた。
「ルルクさん!大丈夫ですか?」
急いでそちらへ駆け寄ると、暴走していた馬に乗っていたのはあの悪役令嬢のリリベル様で‥、目を見開いた。
「ありがとうございます‥。急に飛び出した動物に驚いてしまって‥」
弱々しい声で、顔を上げるとルルクさんをじっと見つめる。
‥え、えっと、なんか雰囲気が?
「‥あの、お名前を伺っても?」
「ルルク、だが‥」
「ルルク様、本当にありがとうございます」
うっとりするような笑顔でリリベル様がルルクさんに微笑んで‥。
その光景を見ただけで、胸がズキリと痛んで‥、私はつい俯いてしまった。
そうだ‥、私はルルクさんと付き合っている訳じゃない。
そもそも「好き」と言ったら、ルルクさんを巻き込んでしまうかもしれない。
伝えることも、バレることもあってはならない。
という事は、ルルクさんが誰かを好きになっても、私は見ているしか出来ない‥。その事実にようやく気が付いて、まるで地面に縫い付けられたように動けなくなってしまった。




