恋愛ゲームの主人公、ボートにて。
皆でぐるっと湖の周りを回って行くけれど、特に魔物の気配もなくて、
ホッと胸を撫で下ろすと、レトさんが周囲を見回して、
「そうだ!忘れてた。今度、貴族達がやっぱりこの湖を見たいから来るって言ってたんだった。悪い、俺達はもう少しそこらを見て来るからルルクは船着場を見てきてくれるか?」
「ああ、わかった」
「あとボートも異常がないか確認しておいてくれ」
ボート‥。
そっか、貴族達が観光に来るとボートも用意するもんね。
ルルクさんと私で船着き場まで行くと、いくつかボートが光る水面で浮いている。
「わ、ボートもう用意されてる!」
「昨日、貴族達が来るって駄々こねたらしいな。危ないって言ったんだが‥」
ルルクさんがちょっとうんざりした顔で、馬から降りると馬を木に繋げて私も下ろしてくれた。そうしてすかさず私を見て、
「落ちるなよ」
「落ちませんってば」
‥本当にもう!私だって故意に落ちている訳じゃないのに。
とはいえ、水面を揺れているボートを見ると、ちょっとワクワクしてしまう。
「‥乗りたいのか?」
「え?いや、あの、乗りたくないかといえば乗りたいですけど‥、でも仕事中だし」
「異常がないか確認がてら乗ってみるか」
「い、いいんですかね‥?」
そう言いつつ、ちょっとそわそわする私をルルクさんが面白そうに笑う。
「ちょっとならいいだろ。ほら、こっち来い」
ルルクさんに手招きされて、ボートの側へ行くとボートの中へルルクさんが入って、次に私を抱き上げて中に座らせた。そうして慣れた手つきでロープを外すと、船底に置いてあったオールで水を強くかき分けた。
オールで水が掻き分けられる度に、光の粒が底からキラキラと舞い上がって‥、光の中にいるみたいな感じかなって思ったけれど、それよりももっと迫力があった。
水底に沈んだ木々が光って、その間を魚達が鱗をキラキラと輝かせながら泳ぐ姿が幻想的で、見ているだけで胸が一杯になる。
「‥ルルクさん、ありがとうございます」
「なんだ突然」
「‥私、湖の夜明けも見たことなかったし、こんな風にボートに乗ることもなかったから‥。もしかしてですけど、レトさんにお願いしました?」
試すように質問してみると、ルルクさんは「さぁな」て言ったけど‥、誤魔化すの下手だなぁ。私は小さく笑ってやっぱりもう一度お礼を言うと、ルルクさんが私をじっと見て、
「‥別にいつだってボートを漕ぐし、湖にも行ってやる」
「ルルクさん、そうしたらいつまでも私の元でお仕事しなきゃですよ?」
「蝶を描いてもらわないと困るから、それでいいんじゃないか?」
ふっと笑って、そばにいるって言ってくれるルルクさんに胸が苦しくなる。
好きって、言えたらなぁ‥。
でもそれは言わないって決めたから。
巻き込んで、もし怪我をさせたら‥、もし暗殺者になってしまったら‥。
そうしたらきっと私は後悔してもしきれないから。
「‥しばらく、その言葉に甘えます」
そう言うのが精一杯の私に、ルルクさんがコバルトブルーの瞳を柔らかくする。
こんなに甘えてしまっていいんだろうか。
きっと完全にご好意でやってくれるルルクさんに。そんなことを考えていると、ふんわりと何かが私の目の横を通り過ぎた。
「え‥?」
「ユキ、こっちへ」
「何かあったんですか?」
ルルクさんが私の方へ手を差し出すので、そっとその手を取ると私の体を自分の方へ寄せると、クルッと向きを変えて後ろから抱き込むような形になって、一瞬心臓が止まりそうになる。
「え、る、ルルクさん??!」
「前を、水面を見てみろ」
「水面‥?」
ルルクさんに言われて、水面を見ると、あっと声を上げた。
黄色の蝶が、群れになって湖の水面を飛んでいる。
キラキラと水面の底の光を受けて、黄色の羽が光って、蝶達は私達のボートの周りを一周すると、そのままふわりと水面から夜空へまるで花火が上がっていくように登っていく。
夜空の星と同化するくらい飛んでいって、どれくらい時間が経ったのか‥。
まるで魔法を見ていたような光景に、はぁ〜っと大きく息を吐いた。
「今の、なんだったんでしょうね‥」
「ああ、俺も初めて見た」
「そうなんですか?私もです!あんな綺麗なの見られてすごくラッキーでしたね」
ルルクさんも初めて見たという言葉が嬉しくて、勢いよく顔を上げて気が付いた。
ものすごく私とルルクさん、密着してた‥。
い、いや、馬に乗ってる時と同じだけどさ!今はボートだからまた違うっていうか!慌てて、ルルクさんの所から退こうとすると、ルルクさんが私を見て可笑しそうに笑う。
「‥もう少しだけ、星空も見ておかないか?」
「え」
「‥もしかしたら、また蝶も見えるかもしれないしな」
「そう、ですねぇ‥」
そろっと腰を元の位置に戻すとルルクさんが嬉しそうに目を細め、
「‥俺の蝶か、お前の蝶が呼んだのかな」
と、呟いた言葉に、胸がドキドキして頷くしかできなかった。




