恋愛ゲームの主人公、再雇用。
薄暗い部屋で目を開けると、ふわふわの天蓋ベッドで寝ていた。
私はもしかして転生した?って思って、思わず何度も瞬きした。
そっと顔を動かすと、私の真横にルルクさんが腕を組んで椅子に座っていて、ぼんやりとした間接照明に綺麗な寝顔が照らされている。‥え、ルルクさん?驚いて目を見開くと同時におでこにキスをされたのを思い出して、顔が赤くなる。
な、なんでおでこにキスしたんだろ?
いや、気を失う直前だったし‥、あれって夢、だったんじゃないか?
なんだかその方がしっくりくる。きっとあれは夢だ。夢に違いない。だってルルクさんは信用とか信頼はしてくれているだろうけど、お子様扱いしてるし‥。
それなのに必死に追いかけてきてくれたルルクさんの表情を思い出して、胸の奥がぎゅうっとキツく縛られた紐のように苦しくなって、解けない。
途端にじわっと涙がこみ上げてきて、ルルクさんを起こすまいと静かに口元を抑えるけれど、涙がボロボロ出てくる。
好きになってごめんなさい。
きっと好きになったら一番いけないのに、私が好きになったから、もしかしたらルルクさんを巻き込んでいるのかもしれない。
これ以上、一緒にいたら危ないのに離れたくないって思って、いつまでも言い出せない自分でごめんなさい。
感情の蓋を一生懸命閉じていたのに、もう会えないかと思っていただけにガバッと開いてしまった。でも、寝ている今だけ許して欲しい。好きなのに言ってしまったら、伝わってしまったら、もしルルクさんに何かあったら‥。そう考えるだけで怖いのに、離れたくないなんて本当に身勝手だ。
ちゃんと言わないと、もう一人で生きていけるから大丈夫だよって。
‥それなのにそう思えば思うほど、涙が止まらない。
「‥ふ、」
声が出ないように、ギュッと瞳を瞑って涙をなんとか止めようとすると、
ボフッと何かが勢いよく私の目の前に飛び込んでくる感覚がして、そっと目を開けるとルルクさんが私を真剣な顔で見つめている。
まずい!泣いてるのバレた!
しかもなんていうか、ものすごい私をじっと見てるけれど‥、もしかして怒られるのか??
「おい、どこか痛むのか?」
「‥え」
「手当てはしたが、他に痛む所は?苦しい所は?」
「え、あの、」
思わず涙目のまま、ルルクさんを見上げて、
「‥お、怒ってません?」
おずおずと尋ねると、ルルクさんは目を見開いたかと思うと、片手で顔を覆って、
「こんな事態を、どう怒るんだよ‥」
と、しみじみと呟いた。
で、ですよね?今回ばかりはどうしようもないですよね?私は涙をゴシゴシと拭いて、感情にしっかり蓋をしてからルルクさんを見上げる。
「‥心配かけてごめんなさい」
「そこは、まぁ‥。無事で良かった‥。本当に心臓が止まるかと思った」
「ふふ、ルルクさんでも心臓が止まるんですか?」
「‥‥俺はどんな強心臓の持ち主だよ」
ジロッとルルクさんが私を睨む。
ああ、いいなぁ、このいつもの会話。
この優しい時間がいつまでも続けばいいのに‥、そう思うとまた涙が出てきそうになるけれど、グッと堪えた。ちゃんと言わないと、今ならきっと言える。ルルクさんをじっと見つめて、
「‥‥私、このままルルクさんと一緒にいたら迷惑ばかりかけてしまいます。だから、ルルクさんを雇っていたけれど、そろそろ雇用を解消しようと思うんです」
ルルクさんが私の言葉を聞いて、目を見開いた。
ごめんね‥、私の我儘でルルクさんを縛ってしまったけれど、戦士を引退したルルクさんを自由にしないと。きっと彼をまた巻き込んでしまう。
私の言葉を聞いて、ルルクさんが私をジロッと睨む。
「‥なんで、そんな事になるんだ」
「だって、ルルクさんをこれ以上巻き込んだら‥」
「そんなの、どうでもいい」
「良くないです。ルルクさんは自由に生きるべきです」
「‥‥じゃあ、誰が蝶を描いてくれるんだ」
ルルクさんが、今まで聞いたことのないくらい、弱々しい声で私を捕らえる。
じっと私を見つめるバルトブルーと緑の瞳がオレンジ色の間接照明の明かりで不思議な色になっていて、それを頭のどこかで「綺麗だな」って思いつつ、揺らめく瞳から目が離せない。
「‥それ、は」
「‥俺は、お前の蝶がいい」
そんな言い方、卑怯じゃないか。
ずっと一緒にいて笑いあって、蝶をお互いに描きたいのに‥。感情の蓋がガタガタと鳴って、我慢していた涙がぼろっと溢れてしまう。
‥ルルクさんが私の涙をそっと指で拭って、
「‥それでも、ダメか?」
ポツリと消えてしまいそうな一言に大きく胸の中が揺れた。
‥いいんだろうか。
甘えてしまって。その手を取ってしまって。
好きとは言えない、伝えない、悟らせないことなんて私にこの先出来るんだろうか。
それでも私はこの手を取って、蝶を描き続けたい。そばにいて、あの瞳を見つめたい。ボロボロ泣きながら、ルルクさんに手をそっと差し出すと、ルルクさんがそっと私の手を握ってくれた。
「契約、本当に継続していいんですか?」
「‥お前の料理が焦げる間はな」
「それって、ずっと‥って事になりますよ?」
小さく笑うと、ルルクさんも笑って私の手をギュッと握って‥、手の甲の蝶がキラリと光ったように見えた。




