恋愛ゲームの主人公、虫に囲まれる。
ええと、そうだまずは冷静になろう。
ルルクさんと別れて、執事長さんの馬車に乗って‥、その後ものすごい匂いがしたと思ったら、馬車が止まって‥いきなりドアが開いて、さっきのおっさん達が私をあっという間に連れ出したんだ。
執事長さん達は殴られている気配はなくて、眠っている様子だったから多分大丈夫だと思うけど、大丈夫じゃないのは主に私か。
部屋の中をグルッと見回すと、少しカビ臭い部屋で、小さな小窓から夕暮れの空が見えた。‥あれ?もしかして私って寝てた?だって連れ去られたのって確か昼間だったよね?後ろで手を縛られただけの私は、体を起こしてドアの方へそっと歩いて耳を澄ました。
音が鈍く聞こえるも、なんとか会話が聞こえて、ドアに耳をペタッとくっつける。
「おい、人質はどうした?」
「ガーガー寝てた。そこの部屋へ置いてある」
「おいおい、大事な人質なんだから少しは大事に扱えよ」
「わかってるって、おい白い魔石はどうした?」
「そっちはもう盗んである」
‥白い魔石を盗んだ?
ていうか、私やっぱり寝てたのか‥。あのすごい匂いが原因かな?
色々なことが頭に渦巻くけれど‥、これって恋愛フラグじゃないよね?伏線回収でもないよね?だって私はゲームの中では誘拐もされなければ、人質になったこともない。
ということは、完全に事件‥。
そう頭の中に思い浮かんだ途端、ゾワッと背筋に寒気が走る。
どうしよう!まさか恋愛フラグだけを回避すればいいと思っていたのに、事件に巻き込まれるとか完全に想定外なんだけど!!!しかも、これ‥ルルクさんに絶対怒られるやつ〜〜〜!!!
「‥どうしよう」
窓の外を見ると、無情にも夕焼けは山の間へじわじわと沈んでいく。
嗚呼〜〜〜!!ちょっと待って〜〜〜!!不安がどんどん増していくんですけど!!!でも動き回ったら、おっさん達が何をするかわからない‥。まさに四面楚歌!
すると扉の向こうで大きな声で会話するのが聞こえてきた。
「でも本当にあの娘を人質にして、金を出すと思うか?」
「間違いないって!あのディレス家と、オースティン家、ベオ家の息子と親しくしてるらしいし、今は治療してるって話だ。現にディレス家の別荘の馬車が迎えに行ったんだぞ?」
「‥確かにな。で、手紙はもう出したんだよな?」
「ああ、無事な姿で帰して欲しければ金貨1000枚と交換だってな!」
わはは‥と、扉の向こうで笑っているけれど‥。
金貨1000枚は大分取りすぎじゃない?
しかし恋愛ゲームの主人公としては嬉しい価格設定だけど‥って、違う!そんな場合じゃない!そんなお金出す訳がない。だって紋様師として仕事はしているけれど、成果を出してない人間だよ?そんな人をどうして助けるんだ。
それともっと怖いのがルルクさんだ。
粉塵爆発起こして、崖から落ちて、裸足になったら怒るのに‥、誘拐とか!!い、いや、今回ばかりは私のせいじゃない!そう思いたいのに‥、絶対あのギラついた視線に殺されるかもしれない‥。別の意味で首がスースーするし、怖い。
なんとか逃げようと、腕を必死に動かしてみるけれど、
当然固く縛ってあってどうにもならない…。
「無力‥、主人公なのに無力!」
ギリギリと歯を食いしばり、小窓の外を見上げると薄暗くなってきた空が見える。
嗚呼、夜が来る。それだけでどんどん心細くなる。
「‥ルルクさん」
ポツリと呼ぶ名前は私の首を切るかもしれない暗殺者。
でも、名前を呼ぶだけで心細さが消えていく存在。
あーあ、せめて顔を見たかったなぁ。
そう思ったらジワリと目頭が熱くなって、ほろりと涙が一粒溢れる。
と、ふんわりと後ろから何かが光る気配がして、ハッとして後ろを向くけれど、光も同じように後ろを向く。
「ん??」
首を限界まで後ろに回してみると、縛られている私の手が光っている?
淡い‥黄色の光に目を丸くした途端、
「うわぁあああ!!なんだ急に虫が!!」
「な、なんだこれ!!おい!魔石!魔石が食われてるぞ!?」
「やめろ!魔石に近付くな!って、うわっ足を噛まれた!!」
「ぎゃああ!!ちょ、ここから出ないと虫で埋めつくされる!!」
扉の向こうでものすごい叫び声と、ドタバタと激しい足音に身を竦める。
なに‥虫って、何が起こってるの?ドクドクと胸の音が鳴って、足が震える。バリバリと何かがものすごい勢いでドアを食い破ろうとする音に、部屋の角に後ずさる。
何‥、もう怖い!怖すぎる!!
涙目になった私がドンと壁にぶつかり、静かに月の光が窓の中から差してきた瞬間、バキッと音を立ててドアノブが床に落ち、魔物虫がそのドアノブからぞろっと顔を出し、
私は絶叫した。
無理ーーーーー!!!!虫そこまで嫌いじゃないけど無理ーーーー!!!!!!!
虫嫌いな人、ごめんなさい‥。
次も虫です‥。




