恋愛ゲームの人物と人生。
暗殺者であるルルクさんを雇うことになった。
食事は作ってくれるし、寝場所はソファーでいいと言うし、送り迎えもしてなんならボディーガードもするって‥、ちょっと労基に文句言われそうだけど、私はまだ自分の首と胴体が繋がっていて欲しいのでクレームがあろうが無視だ、無視。こっちは命が掛かっているのだ!
ルルクさんは宣言通り夕飯を作り始めたので、私は仕事道具を片付けると、部屋を軽く掃除して、洗濯を取り込む。‥そうして、ルルクさんのシャツを畳みつつ、なんていうかやっぱりヤベー事態には変わりないのでは??と、じわじわと不安とか不安とか不安がやってくる。
こうなる前に、ギルドのレトさんに相談すれば‥とか、
落ち着くって、どれくらいで落ち着くんだろう‥とか、
ひとまずルルクさんの服とかどこに置こう‥とか、
グルグルと言い知れない不安にタオルを畳む手が止まり、外を見るともうすっかり暗くなっている。‥考えてみれば、おじ様から逃げて3年。よく無事だったよね、私。
怖い気持ちも不安な気持ちも沢山あったけど、誰にも相談できない中、夢中で紋様師になる為に勉強して、仕事して、今まであまりやった事のない家事をして、私はよく生きてきたな。
と、いい匂いを漂わせる夕飯を作ってくれている暗殺者でもあるルルクさんをぼんやりと見つめた。
怪我の手当てをしていた時、無数にあった切り傷の跡。
抉られたような跡もあったから、ルルクさんも相当大変な人生を生きてきたんだろう。悪役令嬢には命令されるまま私の首を切ってきた人物にも、また人生があるんだよねって思うと、どこか感慨深い。でも首は切らないで欲しいけど。
「おい、もう出来るぞ」
じっと見つめていた私にそう声を掛けてくれたルルクさんにはっとした。
いかん、人生とは‥と悟りを開きかけてた。
洗濯物をソファーに置いて、私はテーブルを台拭きで拭いてから、キッチンへ行くと、美味しそうに焼かれたお肉と付け合わせの野菜と昨日のスープが差し出された。
え、すごくない?
暗殺者、料理もできるの本当だったんだ!
私が目を丸くしながらルルクさんと料理を交互に見ると、ルルクさんは私をじとっと見て、
「料理、できるって言ったろ‥」
「いや、まさかこんなすぐに作れるとか‥」
「切って焼いて、煮るだけだろ」
「その工程で戸惑う人間もいるんですよ。塩パラパラってどないやねんってなるんです」
どこか遠くを見つめて呟く私に、「勘を鍛えろ」って言うけど、料理の勘はどこかへ行ってると思います。私はルルクさんの作ってくれた料理をテーブルに並べると、あまりの美味しそうなビジュアルにお腹がぐうっと鳴る。
「‥そんなに腹が減ってたのか」
「ちょっと、そこは黙っておくのがスマートってものですよ。でも美味しそう〜〜!!嬉しい〜〜!!」
早速手を合わせてから、お肉にナイフ入れると、スッと切れた。
切れた。私がナイフを入れても、切れない肉が。
あ、もしかして暗殺者効果なのか??
チラッとルルクさんを見ると、ルルクさんが私をじっと見てる。
「あの?」
「‥なんでもない。早く食え」
「は、はぁ」
パクッと焼きたてのお肉を食べると、塩加減は絶妙だし、柔らかいし‥、
「美味しい〜〜〜!!!」
うう、自分では絶対できないこの美味しい味!
ニッコニコでお肉をまた切って、パクパク口に入れていると、ルルクさんが小さく息を吐いて自分もお肉を食べ始めた。
‥もしかしてちょっと上手くできたか心配だったのかな?
しかし安心してくれ。私の腕にかかればどんな食材も不味くなるけど、ルルクさんのは普通に美味しい。いや、本当に美味しい。
「ルルクさんが料理できて、本当に良かったです」
「‥そうだな」
「今までご飯の時間が一番苦痛だったんですけど、これからめちゃくちゃ楽しみです!」
美味しいご飯は好きだけど、作るのは苦痛しかない私。
さっきまで散々色々悩んでいたのに、美味しい料理を食べたら「問題が起きたら、その都度対処しよう!」になってしまうので、私も大変現金だ。
「‥何が、」
「え」
「何が好きなんだ?」
「料理ですか?お肉もお魚も好きですし、お野菜も好きです!苦い料理はちょっと苦手かな‥。もう散々失敗して食べたんで」
ルルクさんが私の言葉を聞いて、可哀想なものを見るような瞳で見つめた。ちょ、ちょっと!?正直に話しただけじゃないかーー!!