恋愛ゲームの暗殺者の提案。
恋愛ゲームの世界の主人公だってのに、恋愛絶対禁止!命大事に!
なのに、私に事あるごとに声を掛けてくるトニーさん、まさかの追いかけてくる行為に私の首がヒヤヒヤを通り越して、スースーする。
「な、なんで、ここに‥」
「え〜?なんかどこに住んでいるのかなって気になって‥」
と、笑いつつもなんていうか目が笑ってない。
怖い。端的に怖い。まさかこんな所まで追いかけてくる人なんていなかったから、すっかり油断していた。ルルクさんの警戒心っていう奴を、もう少し持っていたら‥。
チラッと家を見て、このまま家に戻るべきか、それとも町まで戻ってレトさんの所まで行くか迷う。っていうか、どっちにしろまずいよね??どうしようかと思っていると、トニーさんは私の方へ足を進める。
ぎゃあ!こっちくんな!!色恋ノーセンキューなの!
ジワリと冷や汗が流れて、カバンを持つ手に力がこもる。どうしよう、怖い。怖い‥、
「ユキ」
家の方から低い声がして、そちらを勢いよく振り返った。
そこにはちゃんと服を着て、いかにも怪我なんてしてませんって顔をしたルルクさんが立っていた。
「そんなに買ったのか?だから迎えに行くと言ったのに‥」
「え‥」
そんな事、言ってないけど?
と、思わず言いそうになって、ハッとする。もしかしてこの状況をちょっと察して芝居を打ってくれてる?
「す、すみません。思ったより張り切ってしまって‥、ええっと、そんな訳でトニーさん、また今度」
「え、ユキちゃん‥」
ルルクさんの方へ振り返った途端、できる限り急足でルルクさんの側へ行く。怖い!!追いかけてくるとか本当怖い!!ルルクさんを見上げると、どこか「だから言っただろう」みたいな表情を一瞬したかと思うと、私の肩に食い込むように担がれていた荷物たっぷりのカバンを私から取り上げた。
そうして、トニーさんをチラリと見ると、
「失礼する」
「あ、は、はい‥?」
低い声がトニーさんに存外に「さっさと帰れ」と言っているようで、私の首がヒヤッとした。怖い。そういえば、こっちは私の首をスパスパ切る暗殺者だった‥。気付かれないように、そっと視線だけトニーさんを見ると、驚いたような、ショックを受けたような顔をしながら呆然と立っているトニーさんが見えたけど、まずは家だ!家に戻るんだ!
パタンと、玄関の扉が閉まって、私は大きく息を吐いた。
こ、怖かった‥。本気でちょっとやばい空気だった。
「‥警戒心は動いていたが、察知が遅かったな」
「ルルクさん、私は普通のそこらにいる一般人の女子ですよ???」
ルルクさんはそんな私の言葉を横目に、キッチンへ買った食材を持っていってくれた。優しいのかなんなのか‥わからない。
「ああいう事は、よくあるのか?」
「初めてですよ!!なんでよりによって私??っていうか、嗚呼〜〜〜!明日からどうしよう!!まだ調査は続きそうだっていうのに‥」
「‥‥なら、俺を雇うか?」
「へ?」
雇う?
突然のルルクさんの提案に私は目を丸くした。
誰が、誰を雇うって??
「見た所、お前はここで一人で住んでいる。さっきみたいな輩に抵抗もできない。それなら、落ち着くまで俺を雇うというのはどうだ?」
「え」
暗殺者を主人公が雇うの???
ぶっ飛んだ提案に私は目を依然丸くしたままだ。
いよいよ恋愛ゲームのシナリオは破綻したのかもしれない。いや、もう十分破綻しているけども!!
「え、で、でも、私、お金が‥」
「見ればわかる。この家で寝泊まりできればそれでいい」
「いや、でも‥」
「腕に多少覚えはあるから、ああいった輩は追い払える」
そ、そうでしょうね。
なにせ私の首をポンポンはねてましたしね?!
でも、私は女子!貴方は男性ですよね?そこの所、意識は全くしてない感じ‥あ、そもそも悪役令嬢に雇われてたし、そんなの意識もしてないか??私は目をウロウロさせつつ、どうしたらいいかと悩んでいると、ルルクさんが買ったはいいけど、どう調理しようと思ったお肉を掴んで、
「‥料理も得意だ」
「採用!!!!!」
決して料理にだけ釣られた訳ではないよ?
たださ、私が雇ってしまえば当分の間、悪役令嬢がルルクさんを雇う事はない。つまり、私の首が飛ぶこともその間はないってことだよね?それなら安心安全ではないか?って思った訳。
私はルルクさんを見上げて、
「よろしくお願いします!」
できるだけ、努めて笑顔でそっと手を差し出した。
ルルクさんはちょっと驚いた顔をしつつ、大きな、ゴツゴツとした感触のする手が私の手をゆっくり握る。お、おお、やっぱり手が大きいなぁ。まじまじとその大きな手を見つめ、
「‥手が大きい」
と、呟くと、頭上で小さく吹き出す声が聞こえて、サッと顔を上げるとルルクさんは真顔で「よろしく」とだけ言った。え、今笑ってなかった??