恋愛ゲームのシナリオはログアウトしました。
「ユキ、貴方はいつかあの由緒正しいマリーベル学園に入学するのですよ?」
鈴を転がすようなお母様の声に、つられるように馬車の中から外を見ると立派な門構えの奥に煉瓦で出来た重厚な建物が見えた。
マリーベル学園。
その単語を聞いた瞬間、まだ6歳の私の脳内に一気にここは『乙女花に舞う!』という恋愛ゲームの世界で、私はそれをプレイしていた1人の女性‥という記憶が思い出し、その晩知恵熱を出して倒れた。ありがとう小説を書いてくれた先輩達、これが世に言う覚醒ですね。付け加えておくと、かなり脳内混乱します。
熱を出して、三日三晩脳内整理されたお陰で、私は主人公の女性「ユキ・ティラルク」だとわかった。蜂蜜色の長いサラサラの髪、くりっと丸い蜂蜜色の瞳。うん、私が作ったアバターそのものだ!しかも結構可愛いぞ!偉いぞ死んだ私。課金しておくもんだね。
このままストーリー通りにいくと、私はマリーベル学園に入学して、王子、騎士、魔術師、文官、学校の先生のどれかとめくるめく甘酸っぱい恋愛をする事になる。
うわーーー!!楽しみしかないのでは?と思っていた時期が私にもありました。
しかし、翌年両親が病気で儚くなった。
あれ???恋愛ゲームではお父様もお母様も生きてなかった??
悲しみつつも、本来のストーリーどこいった?と思っていると、優柔不断であまりにも不安しかない父の弟であるおじさんが家督を継いだ。
そっからはもう泣いている暇もなかった。
おじ様、常に遊んでいる。
領地視察もお仕事も執事長や、騎士達手分けしてやってくれている。
いいのか??結構な地位の人間なんだぞ???私が見るに見兼ねて執事長に「私でもできる仕事を下さい」と言ったら、執事長が「おいたわしや!!!」と泣いた。ごめん、泣かせるつもりはなかったんや。
あまりにも目に余るので、今日も今日とて遊びに行こうとするおじ様を呼び止め、
「今日はおじ様、お仕事は?」
「僕はどうもお仕事ができないようで、執事達が管理してくれてるよー」
…おじさん、それやべーですよ?
笑顔で堂々と言っちゃあやべーですよ?
そう思っていたが、もっとやべー事態が私の学園入学直前に起きた。
「僕が主体で進めていた事業が大失敗しちゃった」
突然の告白にリビングに集められた主要な人物が静まり返った。
事業???遊んでばかりのおじ様が事業????
私は口をポカンと開け、執事長をチラリと横目で見ると、すっかりシワの増えた執事長が静かにおじ様を見つめた。
「損失は?」
「えーと、ざっと財産半分近くかなぁ。でも、でもね!ユキ、君が後妻になってくれれば、全額払ってくれるってハイデン伯爵が‥」
「「「ハイデン伯爵!!!???」」」
その場にいた皆が思わず声を上げた。
そりゃそうだろ、だって同じ伯爵だってのに犯罪スレスレ、賭け賭博、人身売買と黒い噂の絶えない男だ。しかもその子供もすごいって噂で、執事長や他の友人からも「絶対近付かないように!」って言われているのに‥。
恋愛ゲームのシナリオどこいった?!
これ闇ルートじゃないの??
執事長が今にもブチ切れそうな顔でおじ様を睨み、
「わたくしが、どんな甘言があったとしても乗る事がないようにと再三申し上げましたよね?」
「そ、それは‥。でもユキは僕を助けてくれるよね?家が潰れてしまったら、大変だもんね」
自分のツケは自分で払ってくれ。
私は遠い目をして、学園で格好いい王子と恋愛したかったなぁなんて思った。だってハイデン伯爵って、かなりふくよか‥いや油ギッシュな男性だし。
「‥後妻って」
「ユキ!ありがとう!引き受けてくれるんだね!連絡をくれればすぐにでも迎えに来てくれるって!もう先触れを出しておこうか?」
あからさまにホッとした顔のおじ様を見上げた。
この男、ぶちのめしたい。
執事長始め、私の後ろにいる今まで屋敷を守ってくれていた人達の温度差がどんどん広がっていくのを感じていると、執事長が静かに前に進み出る。
「お嬢様、支度にこの爺めがお手伝いしても?」
「‥ええ、お願い」
どんなにこの家を守ってきたのが執事長達でも家督を継いだのはおじ様。
命令は絶対なのだ‥。私は最早恋愛ゲームと別れを告げ、借金のかたに売られる運命…。まじかよ!!!嫌しかねぇよおおおお!!!!心の中で蛇蝎の如く涙を流しつつ、静かに自分の部屋へ執事長とメイドと入ると、私はすぐに頭を下げた。
「執事長、迷惑ばかり掛けてごめんなさいね‥」
執事長を見上げると、その目が業火に燃えている。
え?どうした?目がやばいよ???
「お嬢様、すぐにお逃げ下さい。あのような男の為に人生を棒に振る事はありません」
「っへ?」
「もしかしたらこのような事態が起こるやもしれないと予想して準備しておいたのです」
「予想されてたんだ‥」
思わず呟いた私に、執事長が指を鳴らすとメイド達が一斉にやってきて市井の服に着替えさせてくれた。
「転移術のチケットです。騎士に送らせます。以前、別荘のメイドが住んでいた住居にお住み下さい。本来ならメイドも送りたい所存ですが、万が一バレては元も子もありません」
「待って?皆は?そんな事したら‥」
「すでに再就職先は決定しております!」
「執事長‥!!!」
それはもう無言で固い握手をした。
今まで本当にお疲れ様でした!次の就職先で幸せになってくれ!
部屋に掛けてある新品のマリーベル学園の制服をチラリと見て、恋愛ゲームのシナリオどこ行った??そう思いつつ私はその晩、別荘地という名のど田舎へ逃亡したのだった。
新作のネタが降りてきてしまった。
それならもう書くしかない!!書くしかないので、書き続けます!!
楽しんで頂けたら嬉しいです!!