突入
ふつう、村長の邸宅とはただの家ではない。
話し合いの時は公民館がわりに使われるし、緊急時には避難所になる。
今回のように客が来れば迎賓館に。
もめ事が起これば裁判所に。
時に、罪人を収容する拘置所の役割すら果たす。
そのため村長宅は、他の民家の数倍――時に一〇倍近い規模を誇ることも珍しくない。
もちろん、上空からでも一目でそれと分かる。この村の場合、世界爺の木を使った、一般住宅の五倍ほどの豪邸だった。
「シュウ」
プルーチェルは、目標地点上空に到達したことを確認すると、背後に呼びかけた。
臨時の相棒が顔を上げる。
その薄茶色の毛並みは艶があり、見るからにやわらかそうだった。
というより、既に一度触ったが間違いなく極上の手触りだった。
「そろそろバトライアに高度を下げて貰うけど、周りの様子を観察しててくれる?」
「了解」
「じゃ、降りるね」
プルーチェルはバトライアをやさしくなでた。
意志の疎通はそれで充分だ。
直後、愛騎がゆっくりと降下をはじめる。
そして屋根から五メートルほどの高さまでくると、注文通りに静止した。
「――ね、気づいた?」
訊くと、シュウはすぐうなずいた。
「〝連中〟がこっちを見てるね。気づかれたみたいだ」
「どう思う?」
眼下では〝連中〟がこちらを見上げ、わらわらと集いはじめている。
多くは村長宅を囲む塀に阻まれ、それ以上近づけずにいる。
「高度を取ってるうちは間違いなく気づかれてなかったはず。降りはじめたら、途中で近くの奴らが一斉に反応した感じだね。でも、目に入ったからって感じじゃない。後ろ向いてた人まで他と同時に気づいてたし」
「うん」
このファンシーな格好をした不思議な戦士は、見た目と違って頼れる存在だ。
身のこなしからしてプロ特有の洗練を感じる。
落ち着きや分析力にも、明らかに場馴れを感じた。
「〝連中〟が音に敏感だとしても、バトライアの飛行音は無いに近いしなあ。考えられるとしたら――」
シュウは語尾を引っ張り、思考をまとめはじめた。
「気配?」
やがてその結論に至る。
プルーチェルは大いにうなずいた。
「私も同じ考えなんだ。凶暴化した人たちは、封貝の気配を感じ取る能力が上昇してるのかも」
とは言え、範囲はせいぜいが一〇歩分の距離だろう。
そのかわり死角であっても封貝の存在に気づける。
だから、高度を上げて飛んでいたときは察知されなかったのだ。
「じゃあ、プルーチェルは近づくだけで気づかれる?」
「今みたいにバトライアを喚んでたりとか、なにかしら封貝を使ってればね。でも手ぶら状態なら大丈夫だと思う。自分から出てる圧なら、それなりに隠せるから」
「あ――さっき、屋根の上を移動してたのは、その実験も兼ねてた?」
「さすが」
プルーチェルは微笑んだ。
頭の切れる相手との会話は楽で良い。
「そうなの。やっぱりこれからのことを考えると、色々確認しておきたいじゃない?」
「しかし、だとすると村長の家にはどうやって入ろうか?」
「シュウが大丈夫そうなら、このまま飛び降りて煙突か天窓から――って思ってたんだけど」
「俺は大丈夫だと思うよ。この距離から飛び降りて、屋根が抜けないならね。あと、〝連中〟に気づかれたままで大丈夫かって心配はあるね」
「屋根の強度は大丈夫だと思うし、周囲の脅威についてはバトライアにこのまましばらく残ってもらうつもり」
「なるほど、おとりに使うのか」
「うん。微妙に届かない高さを飛んで、引きつけたら帰って貰うつもり」
それならいけそうだと、シュウは賛意を示してくれる。
ならばと、さっそく突入を実行に移した。
乗騎の上から身を翻し、一気に降下する。
着地した屋根は予想通りすばらしく頑丈だった。
世界爺の巨木で組まれており、成人二人が降ってきた衝撃にも軋みすらしない。
「プルーチェル、こっちの天窓は鍵がかかってる」
「こっちもよ」
天窓は四つ。確認すると、全てが施錠されていた。
煙突も見てみたが、構造的に侵入経路には使えそうになかった。
「どうしよう。バルコニーも確認してみましょうか」
「いや、もう開けた」
えっ? とシュウを見やる。
彼は天窓のひとつの前で屈み込んでいた。
その足下の窓枠が大きく開け放たれている。
少なくとも窓ガラスを割った形跡はなかった。
ぱっと見では解錠したのか、こじ開けたのかすら分からない。
「じゃ、行こうか」
言うが早いか、シュウはさっさと屋内へ飛び込んでいく。
「あ、待って」
プルーチェルは慌てて後に続いた。
どうやら物置になっているらしい屋根裏部屋は、埃っぽいが意外に綺麗で広かった。
「シュウ、気をつけて。ブルーノの姿をここまで確認できてない。屋敷のどこかにいるかも」
「それなんだけど。そもそも事件当時この屋敷には何人がいて、何人が〝連中〟になったの?」
「この家の住人は、村長さんとその息子夫婦でまず三人」
プルーチェルは指を折りながら続けた。
「それから母娘で小間使いをしてる二人。それと庭師だから――合計六人かな」
「村長夫人が出てこなかったけど」
「かなり前に病気で亡くなったみたいな話は聞いてる」
「なるほど。で、彼らのうち無事が確認されてるのは?」
「息子夫婦のふたりだけね。宿屋に避難してる」
「他の四人は?」
「分かっている範囲では、小間使いの母子は凶暴化してしまったみたい。ただ、彼女たちはこの屋敷の中にはおそらくいないでしょう」
そもそもプルーチェルは、小間使いの娘の悲鳴で異変に気づいた。
駆けつけると、娘はブルーノに襲われ負傷していた。
酷く怯え、混乱していた彼女を、プルーチェルは最終的に母親に預けた。
そして治療のために神殿に向かわせた。
「神殿か。そういえば、ここの隣に石造りのそれっぽいのがあったな」
「この村ではシノ・アマムが信仰されてるの」
〈穀物〉〈大地〉〈自然の恵み〉などを司るこの農耕神は、医療神の顔も併せ持つ。
ここに限らず、世界中の農村で広く信仰を集める神だ。
「じゃあ、まさか……」
「そう」
プルーチェルは階下に続く床扉を開きながら言った。
はしごを降りながら続ける。
「目撃情報を整理すると、この時のメイドの傷は噛まれたものだったみたい。それで――タイミングは分からないけど――神殿で治療を受けた後で凶暴化してしまった。たぶん、そばにいた母親に最初に襲いかかって……」
「そこから村中に広がったわけか」
「うん。少なくとも、判明している主要な経路の一つなのは確か」
一方で、他の人々のその後はハッキリしない。
プルーチェルと一緒に脱出した村長の関係者は、シュウにも話したとおり彼の息子夫婦だけだ。
村長自身はと言えば、責任があると最後までここに残った。
庭師もそれに付き添っていた。
「あとは私たち八人の宿泊客だけど。コックの親方はブルーノに喰い殺されてる。その弟子の男の子は揉めてるうちに凶暴化したから、まだ屋敷内をうろついてる可能性が高いと思う」
「少なくとも一人はいるわけか」
うたえるわけでもなく、武器を構えるわけでもない。
シュウは明らかにこういう状況に慣れていた。
でなければ、どこに敵が潜んでいるか分からない中で、こうまで自然体ではいられない。
「男部屋にはもう一人、税務専門の文官も泊まってたけど、彼も負傷してたから私の相棒のモルテ――私の相棒――が神殿に運んでいった。そこで凶暴化したのか、そのまま亡くなったのかは、まだ未確認ね」
「女子部屋のメンツは?」
「ひとりは私ね。もうひとり、今言ったモルテって封貝使いの娘は、オードリィ公女の命令で異変の事を報せに公爵様のところへ飛んでる」
「ああ、そういえば公女もそんなこと言ってたな」
「あとは、オードリィ様付きの侍女二人よ。彼女たちと執事さんは優先順位が高い重要人物だから、最初に逃がしたのよね」
これは護衛の契約にも明記されている。
最優先は当然、オードリィ・ラームウェンだ。
最悪、彼女さえ守り切れば他は全滅でも構わない。
ただし、可能なら執事と侍女は他に優先して守る。
「彼女たちには宿屋の一室で待機してもらってる。あなたの時みたいに、暴走した村民達に襲われても困るから、一番良い鍵付きの部屋でね」
「ならまだ中にいそうなのはブルーノ氏、コック見習い、村長、庭師で……ええと、四人か」
「帰巣本能みたいなのが働いて、小間使いの親子が帰ってきたりしてなければね」
その時、隣を歩いていたシュウが突然立ち止まった。
同時に腕を突き出し、プルーチェルの前進を制止する。
「音がした。いるよ」
彼が小声で言った。
封貝使いは多くの場合、五感の性能もあがる。
だが、プルーチェルは彼の言う音に気づかなかった。
「本当に? どの辺?」
同様に声量を落として問う。
「下だね。一階の奥」
「二階は?」
「音はしない。匂いは――ちょっと血の臭いが強烈すぎて分からないね」
血の臭いの発生源は明白だった。
二階には客間が集中しており、通路の両脇にドアが並んでいる。
そのうち右側、二つ先の部屋だけ戸口がぽっかり空いている。
ひしゃげた扉がその近くに転がっていた。
惨劇のはじまり。
ブルーノら四名が使っていた、男性の大部屋だ。
「方針を確認しておきたい」
立ち止まったままシュウが言った。
同じことを考えていたため、プルーチェルはうなずく。
「まず、プルーチェル的に最優先したいのはなに?」
予想していた質問だったので、答えるのは簡単だった。
「生き残ってる人がいるなら、その救助ね。だから、私としては全部屋を一つずつ確認していきたいと思ってる。その次に大事なのが調査かな。この異変の原因やそれに繋がる何かが見つからないか探したい」
「一緒に回る? わかれて探す?」
「一緒の方が色々良いと思う。シュウの考えは?」
「時間との戦いがシビアじゃないなら、一緒に回る方が諸々のリスクを減らせるかもね」
「じゃあ、あとは凶暴化した誰かとの遭遇時の対応だけど――」
「薬師の話じゃ、元に戻せる望みは絶望的みたいだね」
つまり、殺してしまうのが一番手っ取り早い。
シュウが確認したがっているのは、まさにそこなのだ。
「ブルーノもコックの弟子も、基本的にはオードリィ様の部下で、言葉を選ばなければラームウェン公爵家の所有物よ。同じく雇われの護衛でしかない私に、彼らを勝手に処断する権利はない」
「建前はそれで良いとして、本音は?」
「本音でも、殺してしまうのは最後の手段だと思ってる。元に戻せる見込みもゼロと決まったわけじゃないし」
「――短い付き合いだけど、プルーチェルは基本的にやさしいよね」
シュウは口元を少しゆるませて続けた。
「美人だし、凄いモテそう」
「えっ、ちょっ……いきなりなに?」
意図せず、早口になった。
「いや、良い人だし。見た目も良いから当然そうだろうな、と」
対するシュウは、憎らしいほど平静だ。
本当に、思ったことをなにも考えずに口にしただけらしい。
「もう、変なこと言わないで。なんの話してたか――忘れるじゃない」
「〝連中〟と遭遇したらどうするかだよ。プルーチェルはなるべく傷つけたくないし、どうしようもなくなるまで殺したくないんだよね?」
「え……うん。そう。そうよ」
「分かった。まあ、俺もできるならそれで済ませたいし。問題はないよ。メイドの娘さんとか、凶暴化してたとしても殺すなんて嫌すぎる」
「うん。ありがと、シュウ」
方針が決まり、本格的に捜索を開始した。
セオリーどおり、手前から順に各部屋を確認していく。
最初の二部屋はそれぞれ公女、執事が使っていた個室だった。
ただ逃げ場を失ったにしても、村長らがわざわざこの部屋に隠れる必然性は薄い。
見ると案の定、どちらも中はカラだった。
その次。
三番目に向かうのは、件の男部屋だ。
「うっわ――」
ここではさしものシュウも一瞬、戸口で脚を止めた。
まさに血の海という表現が相応しい惨状であった。
床はもちろん、壁にも血飛沫が派手にぶちまけられている。
殺害されたコックの死体もそのままだった。
申し訳程度にかけられたシーツは、鮮血を吸い込みドス黒く変色している。
はやくもハエが集っていた。
「詳しく調べてみたいところだけど――」
「まずは生存者の確認が先ね。行きましょ」
プルーチェルはさりげなさを装って、シュウの肩に手を置いた。
彼はネコ科のマスクの下に、ふわふわとした綿毛のような白く豊かな獣毛を蓄えている。
さながら獅子のたてがみだ。
それは体毛つき獣皮マフラーのように首全体を囲い、そこから肩、胸板の大部分を覆っている。
そのうち絶対に触らせてもらおうと狙っていたところだ。
そして今、指先に感じるもふもふで決意を新たにする。
次は、なんとしても顔をうずめてみたい。
作戦をねりつつ、捜索を続けた。
「――これで二階は全部かな」
最後になった用具倉庫のドアをしめ、シュウが振り返った。
結局、生存者は見つからなかったが、ほとんど期待していなかったのも事実だ。
失望や徒労感はそれほどない。
「あなたは一階に気配を感じたのよね?」
「うん。まだ感じる。動作音からして、ほぼ間違いなく凶暴化した誰かだと思うよ」
ブルーノでないことを祈るべきか、彼の発見を期待すべきなのか。
自分でもはっきりしないまま、階段を降りた。
そこからはハンドサインでやりとりする。
シュウに誘われて奥へ奥へと進んでいく。
やがて彼は食堂の前で脚を止めた。
廊下に面したその入口に扉はない。
壁に背をつけ、そっと中を覗き込んだ。
瞬間、プルーチェルは眉間に深くしわを刻んでいた。
こちらに背を向け、男性が床にしゃがみ込んでいるのが見える。
その手もとには、かつて人間だった肉塊が血溜まりの中に沈んでいた。
室内に、くちゃくちゃと水っぽい咀嚼音が小さく響く。
シュウの耳がとらえていたのはこれだったのだろう。
現実から目を背けたくなる。
だが理解は拒めない。
死体を喰っているのだ。
ここまで堕ちた存在を、果たしてまだ人間と呼べるのか――
考えを振り払うように、プルーチェルは突入準備の合図を送った。
シュウがうなずく。
指で三を示し、カウントダウンを開始した。
二……一……
次の瞬間、二人で同時に踏み込んだ。
一瞬で間合いを詰める。
相手が弾かれたように振り返ったときにはもう、プルーチェルは蹴りを放ち終えていた。
強烈な一撃が胸板に突き刺さる。
男は矢のように吹っ飛び、そのまま向かいの壁に激突した。
ズゥンという爆発にも似た重低音が響く。
部屋全体が揺れた。
それから一拍おいて、地面に崩れ落ちた。
そこへ、獣じみた俊敏さでシュウの影が覆い被さっていった。
まばたきする間に、彼は右膝で相手の首を踏みつけるように固定し、同時に背中側に回した左腕の関節を固めていた。
完璧な拘束。
完全なるプロの仕事だった。
思わず口笛を吹きたくなる。
「この人は?」
シュウがこちらを見て訊いた。
その下では、組み敷かれた男が猛然と暴れている。
だが、頼れる相棒はそれを完全にいなしていた。
ごく簡単にやっているように見えるが、代わってみた者は多くがその難しさに仰天するだろう。
「その子、ブルーノと同室だったコックの弟子よ。確か、ピィトって呼ばれてたと思う」
「行方が分かってなかった四人のひとりか」
プルーチェルとは、あまり接点のなかった人物だ。
改めて見れば、そばかす混じりの相貌にはまだあどけなさが多分に残っている。
成人していたとしても、間違いなくまだ一〇代だろう。
それでも公爵家お抱えのコックが、公女のための仕事に選んで帯同させたのだ。
将来を嘱望される若者だったに違いない。
「で、そっちの……犠牲者の方は?」
言われて、プルーチェルもそちらへ視線を投げた。
内臓を食い散らかされた、無惨な死体が仰向けに横たわっている。
顔はなんとか無事で、個人の判別もついた。
「服装からしても、村長さんの庭師で間違いないと思う」
庭師とは言うが、彼らの多くは何でもやる雑用係だ。
「じゃあ、もう無事な可能性があるのは――」
「村長さんだけね」
その時、シュウの手もとからビキンという嫌な破砕音がした。
見ると、ピィトの左腕があり得ない方向に曲がっている。
関節を極められていることなどお構いなしに暴れ回ったせいで、脱臼か――あるいは骨折したのだ。
もはや痛みすら感じないのだろう。
それどころか腕の拘束がゆるんだせいで、少年は一層激しく手足をばたつかせはじめた。
よだれを撒き散らし、獣のような咆哮をあげる様は、もはや完全に狂人のそれだ。
「ちょ……これ、メチャクチャだ!」
シュウも流石に面食らったらしい。
助けを求めるようにプルーチェルに視線を向けてくる。
「絞め落とせない?」
「そういう〝普通〟は期待できない気がする。この身体、すごく冷たいんだよ。血流あるのかな? 呼吸すら怪しい気がする」
「えっと、つまりアンデッド化してるってこと?」
「そこまでは分からないけど、近い感じはする。それに気絶するなら、最初のキミの蹴りで普通は意識飛んでるよ」
「そうよね。じゃあ――」
言いかけたところで、シュウの「あっ」という叫びにさえぎられた。
一瞬遅れて、ピィトが突然静かになる。シュウの手からするりと抜け出た左腕が、軽い音を立てて床に落ちた。
それきり、完全に動作を停止した。
「え、これ、俺が……やらかし、ちゃった?」
シュウがおっかなびっくりピィトの上から退く。
自由を得ても、少年は伏したまま微動だにしない。
理由は一目で分かった。
左腕に続き、今度は首が奇妙な角度にねじれている。
痛みも恐怖も感じない。
だから、身体が壊れることにも気づけない。
結果、強引に無理な動作を続け、自分で自分の首の骨を折ってしまったのだ。
「シュウ、あなたのせいじゃない。これは――その、事故だと思う」
「だとしても、彼はまだ子どもだ。子どもを、死なせた」
シュウはピィトの亡骸から視線を外さない。外せないのだろう。
「ごめんなさい。私があなたのしてくれた方を担当すべきだった」
プルーチェルが言うと、シュウはハッとしたように顔を上げた。
慌てた様子でまくしたてる。
「いや、違う。この役目は俺がやるべきだった。俺で良かったんだ」
「心配してくれてるなら良いのよ? 私、あなたが思ってくれてるほど綺麗じゃないから。野盗討伐の依頼は何度も受けてて、時には彼らを殺めた経験もあったりするし」
「でも、罪のない子どもを殺したことはない」
まっすぐな視線に、射すくめられる。
「それは……」
「だから、俺で良かったんだよ」
彼のその口ぶりは、自分ならその意味でも既に手は汚れている――
そう言っているようにも聞こえた。