倉庫
シュウ・ミューラは覚えたての白兵封貝を袈裟斬りの軌道で軽く振った。
それだけで、成人男性が抱きついても腕を回しきれないほどに巨大な丸太が簡単に両断されてしまう。
蹴飛ばすと支柱の一本が簡単に吹っ飛び、たちまち視界から消えていった。
何度か同じ作業を繰り返すと、嫌な軋み音が聞こえだした。見上げた瞬間、真上から屋根が落ちてくる。
いけるか。
なんとなく思いついて、カウンター気味に渾身の力で殴りつけた。
流石に思い手応えが伝わったが、痛みはない。思った通り、押し負けるような無様を演じさせられることもなかった。
音を上げたのはむしろ屋根の方で、ビル解体現場の大型鉄球に体当たりでもくらったかのごとく、豪快に砂埃をあげながら崩れ落ちていく。
油のまかれなかった屋根は、表面が炭化するだけで済んだらしい。
壁と違って炎上はしておらず、結果として崩落させるだけで周囲を鎮火させる効果をもたらした。放っておけば引火して燃え出すかもしれないが、今は十分と言える。
「よっし!」
シュウは酒蔵の出入り口にポイントを絞り、障害物をどけていく。
本来、男衆を何十人と集めて半日がかりで行うような作業も、神器の馬鹿力があれば数分の片手間だ。
「おーい、生きてるかい」
蝶番ごと扉をもぎ取る。
地下を覗き込んで声をかけた。
「おう、その声……やっぱりアンタか」
階段の下から、ひょっこりと主人のポムズが顔をのぞかせた。
「あ、ノンノのおやじさん。上は片付けたから、別のもっと安全なところに避難誘導したいんだけど。みんな、動けそう?」
地下室中から歓喜の声があがった。
何人かがポムズを押しのけるようにして、シュウを見上げてくる。
「ほんとか! 逃げられるのか」
「火事は――火はどうなったんだ」
シュウは肉球の両手で、どうどうと制止の動作を繰り返す。
「みんな落ち着いて。とりあえず、全員で村長んちに逃げるよ。順番にそこから出てもらう。だから待った」
われ先にと階段に殺到しかけた人々を、シュウは押しとどめた。
「まずは怪我人からだよ。その次が子ども。野郎は最後だよ。怪我人を背負って運べるマッチョは例外的に優先して上がってきて。順番を守ろうとしない奴は、ワタクシのけもの拳を顔面に埋め込みます」
動けない者はシュウ自らが手を貸し、素早く安全な通りまで搬送した。見逃した〝連中〟がいる可能性を考慮し、腕自慢の男衆を警護につける。それから宣言通り、弱い者から脱出させていった。
状況は建物の一部を意図的に崩落させることで部分鎮火させただけであり、〈煉瓦の一撃亭〉自体の炎上はまだ続いている。
中毒の危険性こそ減ったものの、煙で視界が悪いのも相変わらずだった。
思っていたより脱出に時間がかかったのは仕方がないのかもしれない。
なんとか全員そろったところで点呼を取らせると、避難民は四八人を数えた。
「九〇人近く避難してたはずだ。半分強しか、いねえ……」
ポムズたちの絞り出すような声が印象に残る。
犠牲になった多くは、火災発生時パニックになり、二階へ逃げてしまった者たちだった。
〝連中〟を恐れるあまり上へ向かったのが運命の分かれ目となった形だ。
煙と有毒な気体は高い方へと流れる。
彼らは炎でもなく〝連中〟でもなく、ガスの犠牲になったのだろう。
「はーい、みなさん」
場違いと思われようが、シュウはつとめて明るい声をあげた。
「全員揃ったようなので、これから皆で村長の家まで移動します。あそこは広いし、備蓄もあるし、安全も確認済みです。急ぐ必要はありませーん。助け合ってゆっくり行きましょう」
統制を取るため、シュウはあえて封貝の爪を出したままにしていた。
荒くれをまとめる際、リーダーに武器を持たせるのと同じ理論だ。
秩序を乱す者がいれば、長に鎮圧される。
相手はその手段と力を持っている。
集団にそう認識させるのである。
ブラーインことダークエルフがよく使う手だが、実際なかなかに有効なシーンは多い。
「あれ、爺じゃん。ぶっ飛ばされてたけど、やっぱり生きてたんだね」
メイドに肩を借り、細身剣を杖代わりにしながら歩く執事服を見かけ、シュウは笑顔で歩み寄る。
途端に、老紳士は憔悴ぎみの顔をあからさまに歪めた。
「貴様、先ほどの無礼者……」
「無事で良かったよ。辛そうだけど、手貸そうか? お姫様だっこでも良いよ」
「いらぬわっ」
くわっと目を見開きながらの拒絶だった。
「それより、オードリィお嬢様はどうした」
「ラーメン公女なら、プルーチェルと一緒に薬師の所だよ。ほら、おたくのところのブルーノって人。変異種になって暴れ回ってたでしょ。アレを捕まえたから、薬師に調べてもらうんだよ」
「オードリィ様とお呼びせぬか、うつけ者め!」
「はいはい」
適当にあしらって、シュウは飛び上がった。
民家の屋根に着地し、高所からの視野を確保する。
避難民たちが、散乱した木材に火をつけ松明代わりにしているため道中は十分に明るい。
進路上の安全確保に注力しつつ、周囲へ目を光らせた。
負傷者や病人がいるため行進速度はかなり遅かったが、それでも半刻(約一時間)ほどで目指す村長の邸宅が見えてくる。
念を入れて全部屋の安全を確認し、村長の部屋は使わないよう言い含めるまでが、シュウに任されていた仕事だった。
「そうか。いや、アンタ。なんて言うか……その、色々悪かったな」
ノンノの無事と、今から連れてくるむねを伝えると、ポムズは途端にばつの悪そうな顔になった。
「ん、悪かったって?」
「いや、ほらよ。つまり、昼間のことだ」
「あー、それか。良いよ良いよ。特に気にしてない」
「店はあんなことになっちまったけどよ。オレはノンノさえ無事でいてくれりゃ、あとは何だって良いんだ。だから、アンタには感謝してもしたりねえ」
「こっちもこっちで、ノンノちゃんには借りがあったからね」
「借り……っていうと、どういうことだ?」
「はは。まあ、その辺はごたごたが片付いてからにしよう。おやっさんは、皆に何か食べ物でも作ってあげてよ。厨房には色々あるみたいだからさ」
「おっ、そうか。おお、その通りだな」
なにか琴線にふれたらしく、ポムズが破顔する。
大きな音をたてて手を叩き、ごきげんに続けた。
「そりゃあ良い。そうだ、メシの支度の途中だったんだ。皆、腹空かせてるだろう。こんなときでも、人間腹は減るもんだ」
「だね。じゃ、オレはちょっと行ってくるよ」
「お、そうか」
表情を引き締め、改めて神妙な声音にもどる。
「ノンノをよろしく頼む。帰ってきたら、アンタも食ってくれ。腕ふるって待ってるぜ」
「了解。楽しみにしとくよ」
薬師宅に辿り着くと、すぐに弟子が出迎えてくれた。
「ちょうど良かったですよ。ワカエ師が、一段落ついたって言ってました」
「お、そうなの?」
昼間にも通された奥の応接室には、公女オードリィ・ラームウェンのほか、プルーチェルにノンノと、知った顔が勢揃いしてきた。
弟子にお茶をもらって一口飲んだところで、唯一欠けていた薬師ワカエが姿をあらわす。
「おお、アンタも来てたのか。間の良い男だね」
シュウの顔を見ると、彼女はやわらかく目を細めた。
「ざっとだが、アンタたちから預かった物を調べてみた。知りたければついといで」
言うと、ワカエ師は返事も待たずに歩き出す。
あわてて後を席を立ち、ノンノに弟子と待っているよう言った。
聞き分けのよい彼女は、すぐにうなずいてくれる。
それから慌ててワカエ師を追いかけた。
彼女は狭いながらも様々な道具や設備を詰め込んだ、研究室とでも呼ぶべきスペースで待っていた。
どこか、地下で見た村長の秘密ラボを想起させる部屋だった。
まず目を引くのは中央に鎮座する巨大な作業台で、そこには全裸のブルーノが眠った状態で固定されいた。
部屋の隅には、予備の長台もあり、そちらには村長の遺体が寝かされている。
「――じゃ、アンタたちも忙しいだろうし、結論から言うよ」
専用のエプロンをしながら、ワカエ師が切り出した。
車輪つきの金属製ワゴンに並べられた、ギヤマン瓶をつまみあげて続ける。
「このオレンジ色の液体ね。これは、凶暴化した連中の血液だよ」
言うと、薬師は瓶をまず公女に渡した。
オードリィはそれをじっくり観察すると、隣のプルーチェルに回す。
その次がシュウの番だった。
「うっわ、ほんとにオレンジ色してるよ」
その気がなくても、思わず顔をしかめてしまう。
どこか蛍光を帯びたようにも見えるオレンジは、生理的嫌悪感を強くかきたてる代物だった。
「戦ってる途中もなんか変だな程度には思ってたけど――周り火の海だったし、それが反射してオレンジっぽく見えてるもんだとばかり」
「私も」
同調してくるプルーチェルも、腰が引けたような様子だった。
「そのオレンジ色の血が何かって言うとね、人工の〈死血〉なんだよ」
「なに、死血だと……!」
さしものオードリィも、これは予想外だったらしい。
目を丸くしている。
「でも、死血は白いんじゃ……」
戸惑うプルーチェルの言葉に、ワカエ師はうなずいた。
「そう。死血と言えば、アンデッドでお馴染みの真っ白な血を言う。不死の魔物にも種類があるが、死んだ生物が動き出すってのは知っての通り、この死血が原因だ。
血液が陰相化し、咒的な力を持って死体を動かすエネルギー源となっている。死体が腐敗しないのも、高い再生能力を持つことがあるのも、この死血の忌まわしい力が関与しているというのが通説だよ」
「それを人工的に再現したものがコレ、と言うことか?」
「そうです、公女様」
生徒から正答を聞いた教師のように、ワカエ師が認める。
「詳しいことはもっと調べる必要がありますが、大雑把な性質の理解はそれほどむずかしくない。つまりこれは、血液を媒体とした呪詛と言えるでしょう」
執事が橙血と呼んでいたこの人工死血は、生物の体内に入り込むとまず一種の毒素として機能する。
それが、ワカエ師の説明だった。
体内にある正常な血液を生み出す組織を破壊、侵食してしまうのだ。
そして、自分がそれに成り代わる。
「凶暴化は、このときの副作用とも言える。正常な血液を生み出す組織が破壊される過程で、一種のショック反応や拒絶反応が起こるのさ。
これが強すぎると死んじまうわけだね。まあ、大体はほどほどで済むようだが、それでも凶暴化っていう不都合は出ちまうってことだ」
「では、この――」
と、公女は作業台に寝かされているブルーノを一瞥した。
「我々が変異種や特殊個体と呼んでいる、強力なやつはどうなのだ?」
「こいつらは逆でしょうな。体内で人工死血を生み出す咒的組織が増殖し、オレンジ色の血が造られはじめる。普通はこんな呪われた異物なんざ、馴染みゃしない。
――が、たまにいるんでしょうな。呪いと相性の良い、奇特な体質のやつが」
「つまり、人工死血と体質との相性が良いと、特殊個体になるということか?」
「仮説の段階ですがね。まあ、そう考えておいて大きく外すことはないでしょう」
場が重たい沈黙に包まれた。
思いのほか、おぞましい話に誰もが言葉を失う。
シュウと個人が真っ先に連想したのは、ミウラ・シュウの知識にある骨髄移植だ。
造血幹細胞移植の表現でも知られるあれは、骨髄を他人の身体から持ってきて、交換的に移植する技術だ。
造血幹細胞とは、名前の通り造血――つまり血を造る機能を持った細胞である。
それを他人の物と入れ替えるから、当然、拒絶反応も出る。
下手をすればこの段階で死ぬとも聞く。
成功した場合も、他人の血を造る細胞が自分の身体で働きだすから、患者は提供者との同じ血液型に変わる。
ようするに、ワカエ師が言っているのはこの呪い版だ。
「あの、噛まれると感染するのはなぜですか?」
プルーチェルが小さく挙手しながら訊いた。
「そりゃ、何も不思議なことじゃない。唾液はもともと血から造られてる。成分もほぼ変わらないと言われてるからね。だから、血であれ唾液であれ、血管に直接入ったり粘膜的に触れたりすると、そこから体中に広がっちまうのさ」
「凶暴化までに時間がかかるのも、時間差があるのも、その辺が原因か?」
「まあ、そういうことでしょうね」
公女の問いに、薬師はまたうなずいた。
「体内に入り込んだ死血の量や経路。あとは本人の抵抗力のようなものが複雑に関与して、違いとして出る」
「ブルーノが大人しく寝てるのは、どうやったんです?」
シュウは、死血のサンプルを薬師に返しながら訊いた。
「血液を固める効果を持つ薬剤を、ありったけ投与してみたのさ。ご覧の通り一定の効果は認められたが、どのくらい効いたかいつまで効くかは何とも言えんね」
「そうなると、万が一を考えてシュウかプルーチェルに監視しておいてもらう必要があるか――」
と、公女は思案するとき特有の、顎をなでるような仕草を見せた。
「じゃあ、しばらくの間、シュウにお任せして良い?」
小さく首を横に傾げながらプルーチェルが言った。
「私、ノンノちゃんをお父さんのところに送り届けてくるから。それと、ワカエ師が色々と薬や物資を都合してくださったの。避難してる人の中には怪我してる人も病気の人もいるみたいだから」
「ああ、そういうことならバトライアの方が都合良さそうだね。色々運べるし」
「うん。お願いできる?」
「了解。ちゃんと回てるよ」
「避難所に行くなら、私も同行しよう」
公女が言った。
「この村の今後について、少し話しておかねばならんだろうしな」
一度、応接間にもどってノンノと合流した。
父親が無事で、今から会いに行けることを伝えると大いに喜んでくれる。
「あ、そうだ」
三人をのせたバトライアが飛び去っていくのを見送ったあと、シュウは懐を探りながら言った。
「ワカエ師、これなんだか分かります?」
墓場で拾った、水晶のような球体を見せた。
「これは値打ち物だね。アタシは鑑定士じゃないから確かなことは言えないが、恐らくは魔石だ。おそらく倉庫じゃないかい」
「倉庫?」
「中に色々な物を収納できるってやつだよ。どうしたんだい、こんなお宝」
次回、最終話です
ちょっと更新遅れるかも…スミマセン




