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円環の聖女と黒の秘密  作者: 藤瀬京祥
二章 クラカライン屋敷
96/109

93 アーガンとの再会

PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告&いいね、ありがとうございます!!

「セイジェルさま、かわいい」


 セイジェル・クラカラインは21歳の、豪華な金髪を持った美男子である。

 背も高く、肩幅もありその形容に可愛いが相応しいとは言えない。

 おそらくノエルもセイジェルを可愛いと思って言ったのではない。

 見せつけるようにセイジェルの眼前に突き出したももちゃんを可愛いと褒めて欲しかったのだろう。


 いつもの朝の食事室で、自分の席に着いていたセイジェルは、いつものように専用の椅子にすわらせようとしたヘルツェンの手を振りほどいて近づいてきたノエルを見る。

 ……が、その顔は見えない。

 二人のあいだにももちゃんと呼ばれるドラゴンのぬいぐるみがあるからである。

 だが声を聞けば、顔を見なくてもノエルの機嫌がいいことはわかる。

 すぐに機嫌がいい理由もわかった。


「……今日はアーガンが来る日だったか」

「そういえば一応いつもよりおめかししているようですね」


 改めて捕まえに来たヘルツェンがノエルの背後に立つと、テーブルを挟んで向こう側にすわるミラーカが抗議する。


「一応とはなんですか、一応とは!

 とっても可愛らしいではございませんか」

「そうですねぇ……いつもに比べれば?」

「その減らず口を閉じなさい!」


 器用なヘルツェンは、ミラーカと遣り合いながらも改めてノエルを捕まえると抱え上げ、専用の椅子にすわらせる。

 するとタイミングを合わせてニーナがノエルの手からももちゃんを受け取り、こちらも専用の椅子にすわらせる。


「日々の(かて)を恵み(たま)う光と風に感謝を……」


 そうしていつものように食事が始まるが、ノエルははじめからずっとそわそわとして落ち着かず、スープや水だけでなく色々な物をこぼしてしまったが、幸いいつもエプロンを着けている。

 さらにこの日は、朝起きてからずっと落ち着かないノエルの様子にニーナが気を利かせ、朝食用にエプロンを用意。

 食事を終えて部屋に戻ってから、アーガンをお迎えするための本番用のエプロンに付け替える。


「アーガンさま、くる、くる」

「ええ、いらっしゃますわ」


 自分の部屋に戻ってエプロンを着け直すあいだも、髪や服を手直ししてもらうあいだもノエルは落ち着かない。

 ずっとそわそわして何度も同じ言葉を繰り返す。

 話し掛けられるニーナもまた、ノエルの機嫌がうつったように楽しげに同じ返事を何度も繰り返す。


「ももちゃん、うれしい」

「まぁ嬉しいのは姫様でしょう」

「ノエル、うれしい」

「ええ、とても嬉しそうですわ」


 今日は少し肌寒いからとケープを纏って支度が出来ると、いよいよアーガンを出迎えるため玄関に向かうのだが、寝室を出ると居室には不穏な空気が満ち満ちていた。

 なぜかヘルツェンとアルフォンソがいて、ミラーカが不快感を顕わにしていたのである。

 二人が来ることも知らず、来ていることにも気づいていなかったニーナやノエルも少し驚いていたが、まるで空気なんて読まないのがこの五人の魔術師たち。

 ニーナを伴って寝室を出て来たノエルを見ると、戸口近くに立って待っていた二人はわざとらしく待ちくたびれた振りをする。


「たいしておめかしもしないのにずいぶんお時間の掛かりますことで」

「時間を掛けたわりに代わり映えがありませんね」

「お黙りなさい!」


 優雅さを忘れてすくっと立ち上がりながら声を荒らげるミラーカをよそに、二人は早足に居室を横切ると、寝室から出て来たばかりのノエルをアルフォンソが抱え上げる。


「アルフォンソさま」

「リンデルト公子にお引き渡しするまでの役目です。

 おとなしくしていてください」

「リンデルトこうし、アーガンさま。

 ノエル、おとなしくする」

「よろしい」


 アルフォンソに抱えられた瞬間こそビクリと全身を強ばらせたノエルだが、すぐにいつもの様子に戻りアルフォンソと短い会話を交わす。

 だがそのやりとりを聞いてミラーカが声を張り上げる。


「口の利き方に気をつけなさい!」


 もちろんアルフォンソに対しての注意だが、まるで耳を貸さないのがアルフォンソである。

 ジョアンの 「お嬢様、そろそろ坊ちゃまがいらっしゃるお時間かと」 と促されて、ミラーカだけでなく、ノエルを筆頭にちょっとした大所帯で屋敷の玄関へと向かう。

 その中にアスリンがいないのは、お茶の支度のため厨房に向かったからである。


「まだ……」

「まだ見えませんね」

「ももちゃん、こない」


 おとなしくアルフォンソに抱えられながら、クラカライン家の屋敷を囲む広大な森を眺めるノエルは、腕に抱えた今日のお伴、桃色ドラゴンのももちゃんに話し掛ける。

 お下げにしていることが多いノエルだが、この日は髪を下ろして大きなリボンを結んでいる。

 もちろんニーナが結んでくれたリボンは綺麗な形をしているのだが、ももちゃんの首に結ばれたお揃いのリボンはひどく不格好である。

 これは結び方を教えてもらったノエルが練習して自分で結んだものなのだが、不器用なのか、あるいは練習が足りないのか、部屋で待っている7体も皆、不格好な結び目になっている。

 だがそれでもノエルの目には可愛く映っているらしい。

 いつものようにたどたどしい言葉で、朝からずっと 「かわいい」 を連呼している。


 一同が玄関前に出てどれもども経っていないが、ノエルにはずいぶん長い時間に感じられたのだろう。

 何度も何度も 「まだこない」 を繰り返していたが、不意になにかに気づいたらしくはっとする。


「アーガンさま、くるよ、きたよ。

 ね、ももちゃん、ひのにおい、する。

 ひのにおい、する」


 それまでずっとおとなしくしていたノエルがそわそわし出すのを見て、抱えたももちゃんに話し掛けているのを聞いて、アルフォンソが面白そうな顔をする。


「火の匂いでございますか」

「どんな匂いでしょう」


 当然ヘルツェンが同調する。


「……ひのにおい」


 二人の問い掛けに少しだけ考えるノエルだが、他に説明する言葉が浮かばなかったらしい。

 ぼんやりとした表情で同じ言葉を繰り返す。

 それを受けて二人も考える。


「これは感覚的なものでしょうか?」

「そういえば姫は、旦那様もいい匂いがするとおっしゃいますね」

「そういえばそうでしたね。

 ひょっとして姫の嗅覚は動物並みとか?」

「なるほど」


 旦那様ことセイジェルがいない場所なのに三文芝居を打ち始める二人に、それを止めるべくミラーカの 「お黙りなさい!」 という声が響く。

 最近はここまでがお決まりのコースとなっている。


 やがて森の奥から馬の蹄の音が近づいてくると、ますますノエルは 「ひのにおい」 とか 「アーガンさま、きた」 と繰り返してそわそわ。

 やがて木々のあいだから騎乗したアーガンの姿が見えると、ノエルはアルフォンソの腕を飛び出しかねないほどそわそわし出す。

 それをアルフォンソが、暗器から通常の剣までを多彩に取り扱う腕力で抑える。


「姫、おとなしくしていなさいと申し上げましたよね、わたし」

「でもアーガンさま、きた」

「走っている馬に近づこうとするなんて、お馬鹿さんですね」


 どうしてアルフォンソがノエルを下ろしてくれないのか。

 その理由を口にするヘルツェンにノエルもハッとする。


「うま、うしろ、だめ」


 かつてイエルがノエルに教えてくれたことである。

 迂闊に後ろから近づくと、驚いた馬に蹴られて危ないという注意である。


「走っている馬にも近づいてはいけません」

「その痩せ細った体では骨までバラバラにされますよ」

「も、もちゃん、こわい」


 わざとノエルを怖がらせる二人をいつものように怒鳴りつけようとしたミラーカだが、ぐっと堪えたのは二人の言っていることが間違っていないからである。

 その我慢が続くうちにアーガンが現われたのは幸いである。

 逆にアーガンの姿を見たとたんに我慢しきれなくなったノエルは泣き出す。


「アーガンさま!」


 普段着ている薄汚れた継ぎ接ぎだらけの修錬着ではなく、白地に金で飾られた礼服に髪も整えたアーガンは、一行とは少し離れたところで馬から下りる。

 うしろから馬を走らせてきていたイエルも、アーガンにならって馬の足を止めて下馬する。

 やはり礼服を着たイエルは、風に乱れた自分の髪をさりげなく手櫛で直すと、大きく見開いたノエルと目が合い、柔らかく笑みを浮かべる。


「イエルさま、きた!

 ももちゃん、イエルさま、きた!」


 アーガンを待ちわびていたノエルだったが、イエルまで来るとは思っておらず驚きを隠せない。

 涙を一杯に溜めた目を大きく見開き、抱きしめるももちゃんに同じ言葉を繰り返す。

 そして手綱を手に馬を引いて近づいてくるアーガンに、片腕にモモちゃんを抱いたノエルは、もう一方の腕を一杯に伸ばす。


 気を利かせたイエルがアーガンの手綱を預かろうとしたが、タイミングを見計らっていた馬丁が下男とともに現われて二頭の馬を預かって行く。

 そうして両手の空いたアーガンに、まるで物のように大泣きしているノエルを引き渡すアルフォンソ。


 もちろんその乱暴さや、わざとらしい迷惑顔を見て忍耐の限界に達したミラーカが声を張り上げて怒るが、当然アルフォンソが耳を貸すことはない。

 それこそどんな罵声を受けても、一緒にいるヘルツェン共々どこ吹く風である。


「リンデルト公子、あとはお任せいたします」

「我々の役目はここまででございますので」


 またまたわざとらしいくらい慇懃に頭を下げた二人は、あっさりと踵を返す。

 それこそ 「なにをしに来たのか?」 という他の面々の視線を受けながらも、全く意に介さない。


「さて、先日入手した緑の魔術書に目を通してみましょうか」

「残念ですね、アルフォンソ。

 あれでしたらウルリヒが読み始めていますよ」

「どうしてですかっ?

 今回はわたしが最初でしょう!」

「そういう抗議はウルリヒに直接どうぞ」

「よろしい。

 そういうことでしたら力尽くで奪うまでです」

「どちらが勝つか楽しみです」

「もちろんわたしです!」


 そんな会話をしながら、最後は足取り荒いアルフォンソにヘルツェンが続く形で屋敷に入って行く。

 残ったミラーカは清々したとばかりに息を吐き、アーガンは耳にした言葉にふと思う。


(緑の魔術書?

 なぜ白の魔術師が緑の魔術書に?

 相変わらず何を考えておられるのかわからぬ方々だ)


「アーガンさま、アーガンさま、きた……きた……やっときた」


 ボロボロと大粒の涙を流し、しゃくり上げながらもたどたどしく再会を喜ぶノエルの声に、我に返ったアーガンは申し訳なさで一杯になる。

 情けない顔をする弟の大きな背中を、姉のミラーカが大きくない手で気合いを入れる。


「アーガン、しっかりなさい」

「姉上……申し訳ございません」

「アーガンしゃま……」

「はい、アーガン・リンデルト、お召しによりまかり越してございます」

「ま、まか……まか……」


 鼻をすすり、しゃくり上げながらアーガンの言葉を真似ようとするけれど上手くいかないノエル。

 見かねたニーナがノエルの涙や鼻水を拭こうとして近づくと、初めてニーナがいることに気づいたアーガンは驚きのあまり表情を強ばらせる。


「ニーナ殿……なぜ……」


 おそらアーガンは 「なぜここに?」 と尋ねたかったのだろう。

 だが最後まで言うのももどかしく少しうしろに控えているイエルを振り返ると、彼も同じように表情を強ばらせている。

 自分と同じくイエルも知らなかったと察すると、ミラーカかニーナに 「これはいったいどういうことなのか?」 と尋ねそうになる。

 けれど兄のイエルと視線を合わせたニーナが、苦笑いを浮かべるに留めるのを見てアーガンも言葉を飲む。

 ニーナが今、ノエルの側仕えとして仕事中であることに気づいたからである。


「さぁ綺麗になりましたよ」


 おとなしくニーナにされるがままだったノエルは小さく頷くだけ。

 放っておけばこのままここで一日を過ごしそうだったので、ニーナはさらに話し掛ける。


「姫様、公子をお部屋にご案内いたしましょう。

 みんなを紹介なさるのでしょう?」


 アーガンが来たら一番にしようとしていたことを思い出したノエルは、急に表情をパッと明るくすると、アーガンを見て言う。


「あのね、あのね、ノエル、おへやある。

 セイジェルさま、ノエルのおへや、くれた。

 おっきなおへや、ある。

 あとね、あとね、おふとん、ふかふか。

 あったかい。

 それとね、おふろもあったかい」


 アーガンに聞いて欲しいことが一杯あって、でも気ばかりが焦って上手く言葉が出てこないノエルは、もどかしそうにしながらも懸命に話す。

 その嬉しそうな表情を見て少し安心したアーガンは、ノエルの話が一区切り着くのを待って言葉を返す。


「閣下は姫様に優しいのですね」

「かっか……セイジェルさま、いいにおい、する」


(そういえば、前にもそのようなことをおっしゃっていたような……)


 ノエルと会話が噛み合わないことにはアーガンも慣れている。

 だがノエル自身は噛み合っていると思っているのか。

 あるいはそもそも噛み合わせるつもりがないのか。

 わからないけれど、本人がとても楽しそうにしているのでそれが一番だと考えるアーガンは、ひっそりと内心でそんなことを思いつつ、笑みを浮かべながら 「それはよかったですね」 と答える。

 するとノエルは満足したように、何度も大きく頷く。

 そんな二人の様子に、内心に嫉妬心を抱えながらも微笑ましげに見守るミラーカと、純粋に仲よさげな二人の様子を見守るニーナとイエルの兄妹。


「あのね、あのね、しろちゃんもいるの。

 あとね、あとね、えっと、あ、あおちゃんもいる」


 アーガンと会えた嬉しさで一杯のノエルは、放っておけばこのままずっとここで話し続けるだろう。

 そしてアーガンはそれを遮ることなくいつまでもずっと聞いているに違いない。

 二人の様子からそう思ったニーナが改めて部屋に行こうと促すと、一行の先頭に立って案内する。

 それにノエルを抱えたままのアーガンとミラーカが続き、アーガンの従者として同行してきたイエル、ジョアンと続く。


 一行がノエルの部屋に着くと、支度のために席を外していたアスリンがすぐにお茶を運んでくる。

 空っ風の吹く中、広い城内を騎士団宿舎から馬でやってきた客人に、まずは熱いお茶で一服。

 渇いた喉を潤してもらってからのどかに会話を再開……というのがありふれたおもてなしの手順だが、ノエルがそんなことを知っているはずがない。

 アーガンと並んでソファにすわると、早速ずっと抱えていたももちゃんを両手に持ってアーガンに突き出す。


「ももちゃん、かわいい」


 朝、セイジェルがそうであったように、突き出されたぬいぐるみでアーガンからノエルの顔は見えないけれど、その声を聞けばノエルの楽しげな様子がわかる。

 顔のすぐ前までももちゃんに迫られたアーガンは、偶然にもその双眸を間近で覗きこんで気づく。


(これは本物の紅玉(ルビー)か?)


 ももちゃんの目は決して小さな石ではない。

 それが玩具に使われていることに驚きを隠せなかったアーガンだが、次に紹介されたしろちゃんもまた、その双眸に本物の琥珀(アンバー)が使われており、みどりちゃんの双眸には翠玉(エメラルド)が。

 そしてあおちゃんの双眸には蒼玉(サファイア)が使われており、アーガンを驚かせる。


「あのね、あのね、セイジェルさまくれた、ノエルのおともだち。

 みんな、おともだち。

 かわいい」

「これを閣下が……」


 それは色々な意味でアーガンを驚かせたが、ノエルはただただ嬉しそうに大きく頷く。

 さらにはソファから降りるとアーガンの手を引いて寝室へと連れて行き、寝台の四隅を陣取るおっきい子たちを紹介する。


「これらも閣下が……」


 おっきい子も小さい子も同じ色は同じ名前というノエルの、よくわからないネーミングセンスは気にならないアーガンだが、玩具の目に本物の宝石を使っていること。

 そしてこれらを全てセイジェルがノエルに買い与えたということには驚きを隠せず、言葉が続かない。

 さらには一番近くにいたおっきいしろちゃんの双眸を覗きこみ、やはり本物の琥珀(アンバー)が使われていることを確かめますます言葉を失う。


 だが気づかないノエルは一人で寝台をぐるりと周り、おっきい子たちに帰宅の挨拶を済ませてアーガンのところに戻ってきたが、急にハッとする。

 なにかを思い出したらしく急いで居室へと戻るノエルをアーガンも大股に追いかける。


「わすれてた」


 またアーガンと並んでソファにすわったノエルはそう言うと、友だちをアーガンに紹介したくてしたくてたまらず、うっかり忘れていた、留守番をしていたしろちゃんたちと改めて帰宅の挨拶をする。

 一体一体両腕で抱きしめて、頬ずりをしながら名前を呼んで 「かわいい」 を言い続けるだけなのだが、楽しそうにしているノエルを見てアーガンが止めるわけがない。

 ミラーカに勧められるまま、礼服を汚さないように気をつけながら茶を飲んでいたのだが、ふと視線を感じてみれば、挨拶を終えたノエルが不思議そうな顔をしてアーガンを見上げている。


「どうかされましたか?」


 声を掛けながらカップをテーブルに置いて改めてノエルを見ると、のっそりと動いたノエルはアーガンの膝に手を置いて身を乗り出してくる。

 片手にももちゃんを抱えているため少し不安定だったが、そこはアーガンも心得ている。

 もし体勢を崩してソファから滑り落ちるようなことがあればすぐに助けられるように注意しながら、何をするのかと様子を見ていると、子どもらしいもっちりした頬をアーガンの頬に押しつけて来るではないか。


「姫様っ?」


 なにをしているのかと驚くアーガンをよそに、ぬいぐるみたちと同じようにスリスリしようとしたノエルは不意に変な顔をする。

 なにか思うところがあったのか、ピタリと動きを止めると、ゆっくりとアーガンから離れる。


 怒りや嫉妬など、おおよそ負の感情を必死に堪えて、テーブルを挟んで向かいにすわっているミラーカや、従者として立っているつもりだったが、ノエルに懇願されてやむなくソファにすわらされ、困惑するアーガンとミラーカのあいだでうろたえるイエル。

 この時、たまたまジョアンとアスリンが席を外していたため、ただ一人、ニーナだけがノエルの様子を微笑ましげに見守る中、アーガンは恐る恐る尋ねる。


「あの……姫様?」

「……じょりってした」


 そう言ったノエルは、アーガンの頬にくっつけた自分の頬に手を当ててみる。


「ノエル、いや。

 アーガンさま、ちくってした。

 ノエル、いたいの、いや」

【騎士イエル・エデエの呟き】


「どうしてニーナが領主様ランデスヘルのお屋敷にっ?

 いったいどうして……?

 ひょっとしてリンデルト卿のお計らいで?

 だが隊長はなにもご存じない様子だが……」

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