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円環の聖女と黒の秘密  作者: 藤瀬京祥
二章 クラカライン屋敷
91/109

88 ニーナの職探し (2)

PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告&いいね、ありがとうございます!!

 白の領地(ブランカ)の中央にあるアベリシアの、さらに中央にある領都ウィルライト。

 ウィルライト城を取り囲む城下町に構えたアズカンドの店に、側仕えの仕事を探して若い女が訪れたのは、白の季節が三番目の月に入ったばかりの頃。

 この頃は収穫を終えた北部から、収穫期真っ盛りの中央に出稼ぎの者たちがやってくる。

 青の領地(アスール)に近い白の領地(ブランカ)の北部は、中央や南部に比べて青の季節が長く寒さが厳しい。

 赤の季節が短いため収穫期に入るのも早いため、自分たちの畑を収穫し終えると出稼ぎに出てくるのである。


 収穫から荒起こしまでを手伝いながら南下し、そのまま南部で青の季節を越すと、雪解けに合わせて畑起こしなどを手伝いながら北上する。

 北部の遅い雪解けまでに帰郷すると、自分の畑を起こし始めるのである。

 深い雪に閉ざされた家の中、家畜の世話などをしながら女子どもに老人だけで留守を守るのは大変だが、この出稼ぎには理由があった。


 南部や中央に比べて土壌の改良が遅れている北部は元々森林が多く、白の領地(ブランカ)の貴重な材木源になっているのだが荒野も多く極端に畑が少ない。

 そして赤の季節が短いため、多くの領民が林業と農業を兼ねているのだが、それでも収入は少なく生活は厳しいため、自分たちの畑の収穫が終わると、広い公営農場を持つ中央や南部に出稼ぎに来るのである。


 特に収穫期には多くの農夫を必要とする広大な公営農場を管理するのは、知事であり貴族である。

 そして領都ウィルライトを抱えるアベリシアにいたってはクラカライン家の直轄領。

 まさか仕事を探す出稼ぎ労働者が、直接貴族の屋敷や城に大勢で押し掛けるわけにはいかない。

 どの農場で何人の農夫を募っているかもわからず、公営農場以外でも大地主などが人手を募っていることもある。

 元々アズカンドたち職業紹介所はそれが専門の仕事だから、いつものように募集している人数や要望などをあらかじめ各方面から聞き取り、効率よく出稼ぎ労働者を振り分けてゆくのである。


 出稼ぎの労働者も、宿賃や食費を節約するためになるべく早く働き先を決めたい。

 そのためこのルールに従っているのだが、村ごとに集団で出稼ぎに出てくるため、店も一度に大人数を相手にすることになり人手が足りなくなる。

 もちろん彼らが集団で移動するのは道中の安全のためである。

 働き先もなるべく同じ農場を希望してくる。

 理由が理由だけに案内所も考慮せざるを得ないが、なかなか上手くはいかないもので、例えば10人ずつで二つの農場に分けるとなると、どう分けるかを労働者は自分たちで決めようとする。

 同じ村に住んでいても、人付き合いはどうしても合う合わないがあるからそれも仕方のないことだが、どうしても時間と手間が掛かってしまうのが困りものだった。


 いっそ季節労働者の紹介をやめるという手もあるが、職業紹介所にとっては稼ぎ時でもある。

 だから収穫期が終わるまでの踏ん張りどころと考えてやり通すしかない。

 そんな慌ただしい中に訪れた若い女は、着ている物はもちろんだが、髪も綺麗に整えられており、なによりも顔立ちがよかった。

 立ち姿も綺麗である。


 ただでさえ出稼ぎ労働者のほとんどは男で、そこに流れ者も混ざるため、この時期は些細なことで町のあちらこちらで喧嘩が勃発する。

 乱闘騒ぎで怪我人が出ることも珍しくなく、町の警備隊はもちろん、白の領地(ブランカ)でもっとも人の多い領都ウィルライトでは騎士までが町の巡回に動員されるほどである。

 仕事を取り合って職業紹介所で揉めることも少なくなく、当然のように巡回路に入っている。


 そんな職業紹介所の待合でたむろする男たちは、一人で訪ねてきたその女を見て露骨な視線を送ったり、口笛を吹いて冷やかしたりと彼女の関心を買おうとする者も少なくない。

 本人も不穏な周囲のように気づかないはずがなく、ずいぶんと居心地悪いそうにしていたから、アズカンドは部下に命じて彼女を先に通すことにした。


「ニーナ・エデエと申します。

 よろしくお願いいたします」


 あまり大きくない机を挟んで向かい合ってすわると、女は自分からそう挨拶をした。

 少し緊張しているらしく表情は硬いが、はきはきとしていて感じはいい。

 これならば貴族の屋敷でも働けそうである。


 受付から受け取った資料では年齢は18歳、ハンナベレナの町で働いていたという。

 アベリシアにある町の一つ、ハンナベレナは領都ウィルライトから南に三日から五日ほどの距離にあるが、あまり大きくない町である。

 そこで彼女は数年、商家で老夫婦の側仕えをしていたという。


 その老夫婦が亡くなったあと別の商家で働きだしたが、どうも女主人とうまくいかなかったらしい。

 面談用の机を挟んで向き合ってすわったアズカンドは、改めて彼女の顔を見てその理由がなんとなくわかった。

 新しい女主人は新婚だったというから推して知るべし。

 だがあえて訊くのは下世話な気がしたのでやめておくことにした。


 人が集まる町に職業紹介所はつきものだが、大きな町であればあるほどその数も多い。

 白の領地(ブランカ)最大の町である領都ウィルライトは当然集まる人も多く、おそらく職業紹介所の数も一番多いだろう。

 アズカンドの店もその一つである。

 あまり下世話な話をして町に変な噂を流されたくないからである。


 もちろんだからと言って訊くべきことを確認せず、迂闊な紹介をすれば雇用側からも苦情が来る。

 それこそこの女が、前の女主人の夫を誘惑して……なんてことであれば、とてもアズカンドの店では仕事を紹介出来ない。

 もちろん扱っている仕事の中には娼館もあるけれど、面談や紹介を少しでもスムーズにするため、事前に受付で必要事項を記入してもらっている。

 そこで側仕えの仕事を探しに来たという目的が明確にされている以上、見当違いな仕事を紹介しても断れるのがオチである。

 紹介される側にも選択する権利があるので当然のことだろう。


 ただ紹介する先によっては微に入り細に入り確認する必要もある。

 そういった判断がこの仕事の難しいところである。

 しかも今回は少し特殊な事情があった。

 側仕えの仕事を探しに来る女についてある依頼を受けていたのである。

 もちろんこの女がそうとは限らないのだが、余計な騒動を避けるべく、アズカンドは早速女との面談を始めることにする。


「紹介状をお持ちだそうですね。

 確認させていただいても?」


 これは通常の手続きである。

 だがその紹介状を見ればこの女が依頼の女かどうかがわかる。

 女はやや緊張した面持ちで 「はい」 と答えてから、膝に置いていたハンドバッグから一通の封筒を取り出すと、アズカンドに差し出すように机の上に置く。

 受け取ったアズカンドは紹介状の裏側を見て、封蝋に捺された印璽(シーリングスタンプ)を確認する。

 それはある貴族の家紋であり、アズカンドが受けた依頼にあった貴族の家紋である。


 リンデルト卿家


 少なくとも領都ウィルライトでその名を知らぬ者はいないだろう。

 下級貴族ではあるが、その成り立ちが白の領地(ブランカ)始まって以来ではないかと言われるくらい特殊で、それこそクラカライン家の次くらいに有名ではないかと思われるくらい知られた家である。

 決して大きくはないが、ウィルライト近郊に屋敷も構えている。

 だが貴族では珍しく質素倹約でも知られており、使用人の数は多くない。

 しかもよほど労働環境がいいのか、使用人の入れ替わりが極めて少なく求人を出すことは滅多にない。

 それでもアズカンドがリンデルト卿家の家紋を知っているのは、やはり職業柄だろう。

 特に貴族の家紋は、紹介状の封蝋に捺された印璽(シーリングスタンプ)を見ればすぐわかる程度には網羅していた。


(リンデルト卿家の紹介状……この娘で間違いないな)


 アズカンドは紹介状を手に、上目遣いに女をチラリと見る。

 だがすぐに視線を手許に落とすと紹介状を脇に置き、紐で閉じた紙の束をゆっくりとめくる。

 この一枚一枚に、現在アズカンドの店で扱っている求人が書き記されている。


「探しているのは側仕えの仕事でしたね」

「はい。

 ですが、もしなければ他でもかまいません。

 食堂の給仕とか」


 確かに今の時期、繁忙期の宿は人手を欲しがっているしアズカンドの店も何件か求人を受け付けている。

 だがリンデルト卿家の紹介状を持って側仕えの仕事を探しに来たということは依頼にあった人物なのに、もし求人がなければ他の仕事でもいいと言われてアズカンドは違和感を覚える。

 てっきり出来レースで本人も知っていると思っていたのだが、違うのだろうか?

 どうも奇妙な話である。


 いや、元々奇妙な依頼ではあった。

 依頼の仕方や、ニーナ・エデエ自身がなにも知らないことから考えて、おそらく依頼主はこの依頼をアズカンドの店以外の紹介所にも持ち込んでいるはず。

 ニーナがどこの紹介所に行くかわからないからである。


 そして依頼主が、人物を指名しながらも知っているはずの名前を伝えなかったのは、おそらく偽物を仕立てられないようにするため。

 この依頼は成功報酬の手数料が普通の依頼より割高だったから、偽物を仕立て上げようと悪巧みする同業者がいてもおかしくはないと考えたのだろう。

 実際、十分にその可能性はある。


 だがそもそもこのやり方自体が不自然であり、ずいぶんと奇妙なものであった。

 だからアズカンドは出来レースだと思ったのだが、ニーナの様子は明らかに違っていた。

 まるでなにも知らない様子である。

 これはいったいどういうことだろう?

 そんな疑問を考えながらもアズカンドは話を続ける。


「わかりました。

 確か一件だけ……ああ、これだ」


 アズカンドもこの商売を始めて長い。

 あらかじめ仕込んであった依頼書を、さも今見つけた振りをしてみせる。

 そして話を続ける。


「その……先方のご依頼で勤め先のお屋敷はまだ明かせないのですが、とあるお屋敷で側仕えを探しています」

「本当ですかっ?」


 アズカンドの話にニーナは期待と安堵の声をあげる。

 だがすぐに落ち着きを取り戻す。


「あの、それで、条件などは伺えますか?」

「ええ。

 えーっと……お世話をするのは子どもです」


 依頼書には子どもの年齢や性別は書かれていなかった。

 だが貴族の屋敷では珍しいことではない。

 あまりにも手に負えない暴れん坊で、側仕えをとっかえひっかえしているため悪評が立つのを防ぐために隠していたり、そもそも隠し子の世話だったりすることもある。

 貴族はもちろん中流階級以上のお屋敷ならその程度は珍しくない話だったから、アズカンドも依頼を受けた時にあえてそこまで詳しく聞かないことにしている。

 もちろん依頼主の話を聞く時には年齢や性別など、世話をする相手のことを少しでも詳しく教えて欲しいと伝えているが、長くこの商売をしていると臨機応変に対応すべきところがあることはわかっている。

 だから一通り説明と聞き取りを終えると、それ以上は訊かないことにしている。


 だがおそらくニーナは、続けて子どもの性別や年齢などを教えてもらえると思っていたのだろう。

 アズカンドが給金などの条件を話し始めると少し驚いた顔をしたが、すぐになにかを理解したのか、提示される条件に耳を傾ける。

 だがまたすぐにニーナが驚いた顔をしたのは、依頼主から提示されていた条件が破格だったからである。

 アズカンドが偽物を仕立てて悪巧みをする同業者がいてもおかしくはないと思ったのは、この破格の好条件が理由でもあった。


「あの、本当にその条件でよろしいのでしょうか?」

「先方が提示している条件です。

 ただ……この商売をしているとよくある話ですが……」


 少しばかりアズカンドが言い淀むと、ニーナもすぐに、やはり察したように小さく頷く。

 そして口を開く。


「なにかよくない裏があるかもしれないのですね?」

「まぁ可能性の問題ですが」


 そう考えれば勤め先の屋敷を明かさないのもわかる。

 ただ貴族は屋敷を明かさない場合が多いとアズカンドが補足すると、ニーナは 「そうですか」 とだけ答えたがなにか考え込んでいる様子だった。


「もしご興味があるのでしたら紹介しましょう」

「あの、訊いてもいいでしょうか?」

「なんですか?」

「どちらのお屋敷かわからないというのは、どうやって伺ったらいいんですか?」


 当然のことながら、屋敷の場所がわからなければ赴くことも出来ない。

 新しく使用人になる立場から迎えをお願いするなんて出来るはずもない……とニーナは考えたが、アズカンドは依頼書に目を落として答える。


「だいたいは話が決まればお屋敷を明かすものですが……どうやらこの件は、先方から迎えがあるようです」

「え?」

「あなたのことを先方にお話ししてからになるので、数日かかると思いますが……ああ、ここに書いてある。

 迎えはここに来るそうです。

 まずはここであなたと会って、紹介状などの確認をさせてもらいたいとありますね。

 それで問題なければお屋敷へ迎え入れる……ということみたいです」

「あの……さっきから質問ばかりで申し訳ないのですが、そういうことは普通なんですか?」

「普通……いえ、あまり多くはないです」


 この依頼は普通ではなくひどく特殊だと言い掛けたアズカンドだが、曖昧な表現で誤魔化しておく。

 アズカンドが出来レースだと思った謎の依頼は、当事者であるニーナには話す必要がないと思ったからである。


「具体的な質問は先方と会った時に出来ますが、どうしますか?」


 もちろんその時にニーナのほうから断ることも出来ると付け加えると、ニーナも決心がついたらしい。


 しかし依頼人と連絡が付き次第、改めて面談の予定を伝える必要があるためアズカンドはニーナの連絡先を尋ねたのだが、なぜか彼女は困ったように言い淀む。

 今もハンナベルナの町に住んでいるということはないだろうから、きっと城下町のどこかの宿に泊まっているはず。

 その宿を教えてくれたら予定を報せに人を遣ると話したのだが、ニーナは自分のほうから足を運ぶと言い出したのである。

 それこそ依頼人からの返事はいつ来るかわからない。

 そう話しても彼女は連絡先を答えなかったので、アズカンドもすぐに諦めることにした。


 そもそも元が奇妙な依頼である。

 ならばニーナのほうにもなにかあるのではないかと考えたのである。

 しかも彼女が持っているのは極めて珍しいリンデルト卿家の紹介状である。

 深追いしないほうが賢明と考えたアズカンドはニーナに紹介状を返し、この依頼を押さえるための仮契約に署名をもらうことにした。

【職業紹介所主人アズカンドの呟き】


「依頼は城から、か……いや、珍しいことはないが……いや、珍しいことだ。

 城からこんな形の依頼が届くなんて、初めてではないか?

 少なくともわたしが店を開いてからは初めてのことだ。

 見た感じは……確かになかなかの美人ではあったが、それ以外は普通の娘ではないか。

 側仕えとしても若いし経験も浅い。

 しかもまるで人探しのようだが、いったいどういうことだ?」

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