87 ニーナの職探し (1)
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光の柱で白くなったノエルの髪は数日の内に黒く戻った。
数日を掛けて少しずつ色が濃くなり黒に戻ったのだが、ミラーカが戻ってきた翌日にはまだまだ真っ白だったからなにかあったのは一目瞭然である。
当然の如くセイジェルに掴みかからんばかりの勢いで事の真相を質したが、セイジェルはもちろん、五人の側仕えも匂わせ発言を繰り返すばかりでのらりくらり。
セイジェルはともかく、五人はわざとミラーカを煽って楽しんでいるのである。
ミラーカも魔術師である
それも名門アスウェル卿家の血を引くかなり高位の魔術師である。
だから突然ノエルの髪が白くなったことに魔力、あるいは魔術が関わっているだろうことは容易に想像がつくし興味もある。
それをわかっていて五人は煽っているのだが、セイジェルが黙っている以上、どんなにミラーカが噛みついても五人が喋ることはない。
本当のところは五人も知らないということはともかく、セイジェルを含めた六人が教えてくれないからといって、他になにか知っていそうなマディンやノルから聞き出そうとはしない。
実はマディンに魔力があることは屋敷内で知られているが魔術師ではなく、ノルにいたっては魔力すらない。
だからノエルの髪色が変わったことに魔力や魔術が関わっていることを予想しても、一般に知られている程度にしか魔力や魔術についての基礎知識しか持たない二人にはたいして答えられることがない。
しかも使用人の立場である二人は、例えなにかを知っていても側仕えの五人以上に主人の許しなく話すことは出来ない。
匂わせ発言を繰り返して煽るばかりの側仕え五人と、素知らぬ顔で無視を決め込むその主人を見れば、ノエルの髪が白くなったことについてなにか知っていても話してはいけないことぐらいすぐに察しが付く。
まして二人は主人に忠実である。
だからどんなにミラーカが穏便に尋ねても、二人は知っていることの欠片も話すことはないのである。
「いったいなにをしたらこんなことに!」
そんなこんなで結局一人で憤慨していたミラーカだったが、魔術師としての性さがは捨てられず。
少しずつ色を濃くしてゆくノエルの髪色の変化を、とても興味深く観察していたのである。
しかしただ眠り続けていただけのノエルが、髪が元の黒色に戻ったとたんに高熱を出してしまうと日常が戻ってくる。
もちろん医師の手配をするのはマディンで看病をするのはジョアンとアスリンだが、ミラーカも落ち着いてはいられなかった。
それは待ちに待ったノエルの側仕えがようやく一人、決まったからである。
「……しろちゃん……」
ノエルは光の柱で倒れた時にしろちゃんを連れていた。
そのまましろちゃんを抱えて眠り続けていたノエルは、ぼんやりとした視界一杯にシロちゃんの顔を見て呟く。
だからその向こうから聞こえてくる初めての声を、しろちゃんの声と勘違いしてしまう。
「姫様?」
「しろちゃん……しゃべった」
ところが近づいてきた声はしろちゃんの頭上から聞こえてくる。
「お目覚めですか?」
「しろちゃん、ちがう」
「しろちゃん?
ああ、そのぬいぐるみのお名前ですね」
目は覚したけれど熱が下がったわけではなく、起き上がることが出来ないノエルは自分の勘違いに気づいて焦り、怯える。
だがしろちゃんの向こう側から姿を現わした声の主は、そんなノエルの様子にかまうことなく……いや、気づきもせずノエルに近づいてくる。
そして意味を勘違いしたままノエルを見る。
「え? その子はしろちゃんですよね?
だって白いですよ」
まだ若い女である。
ミラーカと同じくらいか少し歳上くらいに見えるが、見た目は15、6歳のミラーカの実年齢は20歳。
だから実際はミラーカより少し歳下の17、8歳くらいだろう。
明るめの髪を使用人らしく束ねたなかなかの美人である。
最初は勘違いに気づき初めて見る人間に怯えていたノエルだったが、女の着ている衣装を見て声にならない悲鳴を漏らす。
そしてようやくのことでノエルの様子に気づいた女を尻目に、強ばる体で必死に毛布から這い出すと、寝台の上に転がっている他のぬいぐるみたちを慌てて掻き集めようとする。
「……も、もちゃん……」
「ももちゃんは桃色の子ですね」
安直すぎるほど安直なノエルのネーミングセンスは、誰にでもわかるといういい特徴を持っている。
だから初対面の女にもすぐわかったのだろう。
たまたま近くに転がっていたみどりちゃんとあおちゃんはすぐに引き寄せられたけれど、やはりたまたま遠くに転がっていたももちゃんにはノエルの手が届かない。
しかもももちゃん以外の三体を抱えているのでうまく動けないノエルに代わり、女はノエルの足下のほうにまで転がっていっていたももちゃんを拾い上げる。
すると次の瞬間、寝具の上を這っていたノエルが声を上げる。
「かえして、ノエルの、ももちゃん。
おねがい、とらないで、ノエルの……かえして……かえして……」
ももちゃんをとられると思ったノエルは、女に怯えながらも必死に訴える。
恐怖で目には一杯の涙が溜まり、熱で弱った体は思うように動かない。
それでも無理に動くと息が苦しくなり、たどたどしい言葉が切れ切れになる。
「大丈夫ですよ。
さぁどうぞ、ももちゃんは姫様のものですからね」
女が差し出すももちゃんを恐る恐る受け取ったノエルは、変わらず怯えた目で女を見る。
表情も恐怖に強ばっており、かすかに唇も震えている。
「おねがい、いたいこと、しないで」
「あの……どうかなさいましたか?」
ノエルがこんなにも怯える理由がわからない女は戸惑い、どうしたらいいのかと考える。
丁度そこに、閉められたカーテンの向こう側で扉の開く音がする。
「み、ミラーカさまっ?」
救世主の登場を期待して上げる女の声に、カーテンの向こう側から期待通りの声が返ってくる。
「どうかして?」
呑気なミラーカの声が返ってくる。
だが女の声が切羽詰まっていたからだろう。
いつもより早足の靴音は高く、伴われてきたアスリンも少し乱暴にカーテンを開く。
そうして現われたミラーカの姿に女はホッと胸をなで下ろす。
逆にミラーカは、状況が理解出来ず不思議そうな顔をする。
それでもとりあえず寝台に近づいて、まずはノエルに声を掛ける。
「目覚められたのですね、姫様。
でもまだ横になって休んでいましょう。
医師もそう仰っていましたからね」
ミラーカの言葉に合わせて女がノエルの世話をしようとするのだが、ノエルは強ばる体を必死に動かし、広い寝台の上を女から離れよう離れようとあとじさる。
もちろん立ち上がることは出来ないし、四体のぬいぐるみを庇いながらである。
「姫様?」
「たたかれるの、いや」
「叩かれたのですか?」
やや険しい目をして尋ねるミラーカだが、すっかり怯えてしまったノエルはまるで聞いておらず、ただ女を怖がって逃げようとするばかり。
女のほうは無罪を主張するように、両手を上げて何度も首を左右に振る。
それを見てミラーカは考え込む。
「わたしには、なにがなんだかわからなくて……」
「そう」
またミラーカは考えるように黙り込んだが、ほどなく 「とりあえず」 と女を見て切り出す。
「ご挨拶をなさい。
その様子ではまだなのでしょう?」
「あ、はい!」
女も最初から挨拶を忘れていたわけではない。
だが話の流れから挨拶をするタイミングを逸してしまったのである。
ミラーカの指摘を受けてようやくそのことを思い出した女は、寝台から少し離れて改まる。
そしてノエルに向けてようやくのことで名乗る。
「初めまして姫様。
わたくしは姫様の側仕えとしてお仕えすることになりましたニーナ・エデエと申します。
これからはなんなりとお申し付けください」
うつむき加減に深呼吸をしたニーナは、上げた顔に今出来る精一杯の笑みを浮かべる。
そしてまだ幼い主人にも聞き取りやすいようにゆっくりめに挨拶をしたのだが、ノエルの、ニーナを見る目から恐怖が消えることはなかった。
「……あの、姫様?」
実は数日前からクラカライン屋敷で働いてきたニーナは、眠り続けていたノエルの世話をしていたのだが、おそらくノエルがニーナを見るのは初めてだろう。
当然話すのも初めてである。
そしてミラーカが部屋にやってくるまでに交わした短い会話に、ノエルを怯えさせるようなものはなかったはず。
少なくともそう思っているニーナは困惑を隠せず、改めてミラーカに助けを求める。
「どうしたらよろしいでしょうか?」
「どうしたら……そうですわねぇ……でも、わたくしの時も最初はこんな感じだったんじゃないかしら?」
ノエルと初めて会った時のことを思い出しながら話すミラーカは、ふとあることに気づく。
ほぼ同じタイミングでノエルも気づいたらしい。
今にもこぼれそうなほど涙を溜めた目でニーナを見て、小さく呟く。
「……エデエ……イエル、さま……」
ともすれば聞き逃しそうなほど小さなノエルの呟きを耳にし、ミラーカはこのタイミングを逃すまいと意気込む。
だが勢いをつけすぎてもノエルを怯えさせてしまう。
そう気づいたミラーカは慌てて勢いを押さえる。
「ええそうですわ、ニーナは騎士イエル・エデエの妹なのですよ」
「イエルさま……」
「ええ、ええ、騎士イエルの妹ですわ」
ミラーカはアーガンの姉ということで、ノエルから 「怖くない人」 と認識されたのである。
だからニーナもイエルの妹だといえば、きっとノエルもすぐに 「怖くない人」 と認識するはず。
そう考えたミラーカはことさら肯定を強調する。
なんとしてもここで 「ニーナは怖くない人」 と押し切らなければならないと思ったのである。
「えっと、姫様は兄をご存じなのですか?」
だがミラーカの思惑を知らなければイエルとノエルの関係も知らないニーナは困惑を深め、ノエルとミラーカ、どちらにともなく尋ねる。
するとノエルがなにか言おうとするのに気がつき、ミラーカは言い掛けた言葉を飲む。
「……イエルさま、こわくない。
ノエルにごはん、くれた。
おみずも、くれた」
セイジェルからぬいぐるみをもらって以来ずいぶんお喋りが進んだはずだったのに、ひどくゆっくりなノエルの言葉は以前のようにたどたどしい。
ここ数日の高熱のためか、表情にも強ばりが出ている。
しかもニーナがイエルの妹と知っても、ノエルの警戒は解けなかったのである。
思惑が外れたミラーカは、それこそ自分たちが部屋に来る前にニーナがなにかやらかしたのではないかと疑いそうになるが、部屋の中にそれらしい形跡はないしノエルにもぶたれたりした様子はない。
でもノエルはニーナを見てひどく怯えているのである。
これはいったいどうしたことか?
ノエルが必死に四体のぬいぐるみを守ろうとしていることに気づいて、ニーナがぬいぐるみに悪戯でもしたのかと訊いてみればそんなことは全くしていないという。
むしろノエルの手が届かなかったももちゃんを代わりにとってあげている。
もしそれをノエルが誤解したとしても、すでにももちゃんを返しているのだから問題はないはず。
けれどノエルはニーナを見てひどく怯えている。
「いたいの、いや」
「大丈夫でございますわ、姫様。
ニーナは騎士イエルの妹ですもの、とても優しいのですよ。
姫様を叩いたりしませんわ」
「こわい」
いったいノエルがなにを恐れているのか、わからないミラーカやアスリンはもちろんだがニーナ自身も困惑を隠せない。
しかもこのままノエルがニーナに怯え続ければ、ニーナは解雇になってしまうかもしれない。
折角見つかった仕事なのにと残念に思うだけでなく、このまま解雇になるようなことがあれば兄のイエルにも迷惑が掛かるかもしれないと心配になってくる。
ここはクラカライン屋敷(領主の屋敷)であり、イエルは領主に仕える騎士だからである。
ニーナ自身はリンデルト卿夫妻からいつでも戻ってきていいと言われており、本当に切羽詰まった事態になれば頼らざるを得ないが、紹介状まで書いてもらっているのである。
恩に報いることが出来ないばかりか、迷惑ばかりかけてしまう。
それこそこんなにも早く仕事が見つかったのは、リンデルト卿家の紹介状のおかげかもしれないと思えば顔向けも出来ない。
だからといって解雇になった場合、クラカライン家が紹介状を書いてくれるか甚だ疑問である。
もちろん書いてもらえなかったとしても文句など言える立場ではない。
紹介状なしに新たに仕事を探す難しさを考えれば、恥を忍んでリンデルト卿家に戻るのが一番だが……そんな色々を考えるが、とりあえずは、まだ兄のイエルに仕事が見つかったことを報告していなかったことだけはよかったかもしれない。
正確には報告する間がなかったのである。
なぜならあの日、ニーナは行き先を教えられずこの屋敷に連れて来られたからである。
【ハルバルト卿家令嬢ラナーテの呟き】
「ああつまらない、今年の収穫祭もクラカラインからのお呼ばれされないなんて。
それなのにきっと、あの裏切り者のミラーカは、セルジュの婚約者としていけしゃあしゃあと招待されるんだから腹が立つ。
それもこれもウェスコンティのじじぃたちが余計なことを言うから!
少しでもわたしをセイジェル様から遠ざけようって魂胆が丸見えよ!
でも甘いわ。
あいつらとちがって、わたしのおばあ様からクラカラインの血を引いているのだから。
しかもセイジェル様とは従兄弟同士。
イリスやマリンなんかに負けてたまるものですか。
ただ顔がよくて魔術師だったからってだけの理由で大叔母がクラカラインに嫁いだだけの分際で、親族を名乗るのもおこがましいのよ。
所詮は政略じゃない。
一滴だってクラカラインの血を引いていないくせに!
セイジェル様の妻になるのは絶対にわたしよ」