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円環の聖女と黒の秘密  作者: 藤瀬京祥
二章 クラカライン屋敷
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85 光の柱 ー ピラール ー (5)

PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告&いいね、ありがとうございます!!

「あれとおなじの、もってる。

 しろちゃんもルス、もってる」


 少しはしゃぐようにしろちゃんを見せるノエルは、いつものようにたどたどしくセイジェルに訴える。

 そしてそれは次の瞬間に起こった。

 突然どこからともなく現われた漆黒の闇に襲われ、前後不覚に陥ったのである。

 完全に視覚を閉ざす闇は息苦しいほど深く、濃い。

 あまりに突然のことで一瞬我を失いそうになったセイジェルだが、深くゆっくりと息を吸うこと数回。

 真っ直ぐに立っていることも難しいほどの闇は、呼吸をすることで体の中に取り込んでしまうような不快感と恐怖のようなものを覚える。

 それでもこみ上げてくる焦りのようなものを抑え込んだセイジェルは、まずは陥った前後不覚からの体勢を立て直す。


 セイジェルたち白の魔術師は、例え視覚を塞がれても大気を感じることが出来れば、魔力を操作してある程度自身の周囲を探ることが出来る。

 それこそ真空状態にでもならなければ、水中であっても、水に溶け込むわずかな空気を集めて操ることが出来る。

 だがこの闇の中ではまるで大気を感じることが出来ない。


(どうなっている?)


 苦しさはあるものの、確かに呼吸は出来るのにまるで大気を感じないのである。

 それどころか、少し時間が経って落ち着いてくると、内包するはずの魔力すら感じられなくなっていることに気づく。

 つまりそれはこの状況でセイジェルは魔術が使えないということであり、魔術師にとっては非常によくない状況である。


 そもそもこの闇はどこから発生したのか?


 セイジェルが考えたのは光の宝珠(ルス)が魔力を失った可能性である。

 そのため光を失い、この空間が突然闇に包まれた……と考えれば辻褄が合う。

 実際にこの闇の中、セイジェルの記憶にあるあたりに光の宝珠(ルス)とおぼしき光は見えない。

 なぜ突然こんなことが起こったのかはわからないが、可能性は十二分にある。

 いや、かなり高い可能性である。

 そしてそれは極めてよくない状況でもある。


 もちろんそれでは説明出来ないこともある。

 なぜ光の宝珠(ルス)が魔力を失ってしまったのか? ……ということである。

 それに光の宝珠(ルス)が魔力を失ってもセイジェルの魔力までが消失、あるいは封じられることはないはず。

 その二つが同時に起こったということは、原因はこの闇にあるかもしれない。

 そう考えると、この闇に魔力を無力化する効果が予想される。

 もしそうだとすれば、そもそもこの闇はどこから現われたのか? ……という最初の疑問に戻る。

 いずれにしてもセイジェルにとって極めてよくない状況ということにかわりない。


(結界は無事か?)


 塔の外にはあの五人が控えている。

 だからもし結界が消失し、塔の入り口が現われても不審者の侵入を許すことはないはず。

 あるいは塔の異変に気がつけば、あの五人がいそいそと塔を上ってくるかもしれない。

 それこそ 「旦那様が心配で」 などと適当な言い訳をして、決して入ることの出来ない塔に入れる、最初で最後かも知れない機会を有効活用するに違いない。

 この状況ではそれをわかっていてもセイジェルに止める術はないし、誓約(ゲッシュ)があるため五人がセイジェルに危害を加えることはないが、色々と余計なことを知られるのは面倒だった。


 いずれにしても、今ここであれこれと考えても仕方がない。

 まずは状況を確認するため、改めて深くゆっくりと息を吸う。

 そして足裏に意識を集中すると、靴底を通して確かに床を感じることが出来る。

 だが強く踏み鳴らした床の音は聞こえない。

 おそらく音さえも闇が吸収してしまうのだろう。


「ノワール、無事か?」


 闇に視界を奪われる直前まですぐそこにいたはずだが、まるで気配はなくセイジェルの呼び掛けにも応じない。

 おそらく音が吸収されてしまうため、セイジェルの声はノエルの耳に届かないのだろう。

 逆もまた然り。

 おかげでノエルの様子がまるでわからない。


(さて、どうする?)


 闇に襲われる前、セイジェルは光の宝珠(ルス)を安置する中央を前にしていた。

 向きを変えず、このままの状態で後退すればいずれ背に壁が当たるはず。

 その壁に沿って動けば階段を見つけることが出来るだろう。


 放っておいてもいずれこの闇は晴れるかもしれないが、このまま永久に続くかもしれない。

 この状況では魔術を使ってアルフォンソたちに(こと)()を送ることも出来ず、かといって塔の外壁には窓もない。

 あればそこから下にいるアルフォンソたちに直接呼びかけることも出来たのだが、ないのだから仕方がないだろう。

 答えの出ない可能性をあれこれ考えてもやはり仕方がなく、一度塔を出て明かりを取りに戻ることも考えたが、ノエルを一人置いていってもいいものかと思案する。

 そして思案しているあいだにも、闇は変わらず濃く重くのしかかる……と思っていたが、ふと気づく。


(あそこだけ闇が薄い?)


 最初は気のせいかと思ったが、見つけた一点を凝視していると、確かにそこだけ闇がどんどん薄くなってゆく。

 本当に最初は錯覚かと思えるほど小さな小さな点で、しかもほとんど闇と変わらない濃さだったが、見ているうちに少しずつ大きくなり、色が薄くなってゆくのである。

 さらに気がつくと他にも色の薄い闇がある。

 しかもそれは一つではなく、二つ、三つ、四つ……と見ているあいだにも少しずつ増えてゆき、その部分の色がどんどん薄くなってゆく。


 さらに凝視しているとそれらが動いていることがわかる。

 本当に少しずつだが、色を薄く、形を大きくしながら動いている。

 やはり最初は気のせいかと思って見ていたが、やがてそれらがある方向に向かって動いていることがわかった。

 それらが向かう先、セイジェルの記憶が正しければそこにはノエルがいるはず。

 そのことに気がついたセイジェルの脳裏に、闇に襲われる直前に聞いたノエルの言葉が蘇る。


「あれとおなじの、もってる。

 しろちゃんもルス、もってる」


 そう言ってセイジェルに玩具(ぬいぐるみ)を見せてきたノエル。

 光の宝珠(ルス)は核となる物に、長い時間を掛けて魔力を込めて創られた魔術具の一種と伝えられており、その核は水晶(クアルソ)と考えられてきた。

 だがひょっとしたら琥珀(アンバー)だったのかもしれない。

 そしてしろちゃんの首には目と同じ本物の琥珀(アンバー)で出来た(たま)がついている。

 そこまでを考えたセイジェルは一つの仮説を立てる。


(まさか新たな光の宝珠(ルス)を創ろうとしている?

 それも闇から光を抽出して……)


 そんなことが出来るのか?


 出来たとしてもそれは光の宝珠(ルス)ではない。

 新たに創り出された別の宝珠(オーブ)で全くの別物だが、ノエルは似た物を創り出そうとしているのではないか? ……と考えたのである。


 やめさせるべきか?


 それともこのまま続けさせるべきか?


 セイジェルの中にある魔術師としての好奇心が頭をもたげ、中断させることを躊躇する。

 そのあいだにも闇の中から染み出すように溢れる光は少しずつ増え、流れる(しずく)のように一カ所に集まってゆく。


 止めるべきだと思うのだが、中途半端に止めても大丈夫だろうか?

 そんなことを考えているうちに一カ所に集まった光の滴が、最初は不安定に揺れていたのが真円となる。


「しろちゃん、できた」


 音さえも吸収してしまうほど深い闇の中、ノエルの少し舌足らずな声が聞こえた……と思ったら次の瞬間に闇が消え、元の世界が戻ってくる。

 闇に飲まれるように光を失っていた光の宝珠(ルス)も部屋の中央で、まるで何事もなかったように光を湛えながら鎮座している。

 ただ一つ、ノエルが床に倒れていることを除けば、全てが闇に襲われる前と変わらない。


 玩具(しろちゃん)を大事そうに抱えたまま冷たく固い床に横たわるノエルは、息をしているのかもわからないほど微動だにしない。

 だがセイジェルが最初にしたのは、部屋の中央に鎮座する光の宝珠(ルス)を確かめること。

 すぐそばまで近づき、両手をかざして魔力や波動に変化がないことを確認する。

 ノエルを抱え起こしたのはそれからである。


 冷たい床に横たわっていたとはいえ、それほど長い時間ではないはず。

 だが骨と皮ばかりに痩せた小さな体は冷たかった。

 光の宝珠(ルス)の光では弱すぎて顔色はわからないが、口元に手をかざしてみると息はある。

 そのまま抱き上げて塔の階段を降りると、外では先程と変わらない様子で五人の側仕えが待っていた。


「なにかございましたか?」


 塔の入り口から出てくるセイジェルを見てアルフォンソが声を掛けてくる。

 なるべく平静を装っていたつもりだったが、様子が違っていたのだろうか?

 それともノエルの様子を見て気遣っているのだろうか?

 わからないけれど……いや、彼らがノエルを気遣うことはないだろう。

 ということは、平静を装っているつもりだったセイジェルが平静を装いきれていなかったのかもしれない。


「変わったことは?」

「特にはございませんでした」


 なんでもない風を装ってセイジェルが尋ねると今度はウルリヒが答える。

 はたして本当だろうか?

 彼らは、クラカラインの魔術師には劣るものの、そこらの魔術師など足下にも及ばないほど強大な魔力を持つ魔術師である。

 結界が解ければ気づかないはずがないが、本当に解けなかったのか。

 あるいは解けたが気づかなかった振りをしているだけなのか。


 わからない


 とりあえず今はノエルを抱えて屋敷に戻ることにした。

 そして明日の夕方、ミラーカが戻ってくるまでノエルの世話係を任命されたノルにノエルを任せると、いつものようにマディンや側仕えたちに見送られて公邸へと向かう。

 いつもよりずいぶん遅い時間から執務に取りかかったが、終えて屋敷に戻ったのはいつもの時間である。


 セルジュはわざわざ休暇を取ってミラーカと一緒にリンデルト卿邸へ、フラスグアの帰還挨拶に向かい、戻ってくるのは明日の昼。

 不在だった1日分の執務を片付けて、クラカライン屋敷に戻ってくるのは公務を終えてからだから夜である。

 そのためこの夜はセイジェル一人で夕食を摂ることになったが、ノエルがクラカライン屋敷に来るまではよくあることだった。

 だからセイジェルはもちろん、屋敷の者たちも特に気にすることはなかった。

 最近はミラーカのおかげで食卓が賑やかだったから、少し淋しさはあったかもしれない。

 だが珍しいことではなかった。


 一人の夕食を終えたセイジェルは、入浴などを済ませて就寝の準備を始める。

 そこにいつものようにマディンがやってくる。

 その日屋敷であったことを報告をするための通過儀礼で、なにもなければ 「本日は特に何もございませんでした」 で終わるのだが、この日は少しマディンの様子が違っていた。


「なにがあった?」


 五人の側仕えに囲まれて就寝準備をしていたセイジェルは、寝室に入ってきたマディンを見て先に声を掛ける。

 するといつものように姿勢を正していたマディンだが、視線を床に落として伏し目がちに返す。


「お休み前に申し訳ございません。

 ノルが、姫様のお部屋にお越しいただきたいと申しております」

「わかった。

 他には?」

「特に変わったことはございませんでした」

「そうか。

 今日は下がっていい」

「失礼いたします」


 淡々としたやり取りを終えると、一礼をしてマディンは下がってゆく。

 セイジェルは途中だった着替えを終えるとノエルの部屋に向かったのだが、なにか気づいていたのか、五人の側仕えもぞろぞとついてくる。

 もちろんセイジェルにお伺いを立てて 「好きにしろ」 という承諾を得てからである。

 ノエルの部屋で一人待っていたノル・カブライアも、セイジェルのうしろから付いてくる五人を見ても特に表情を変えることはなかったが、そもそもその表情はとても浮かないもので、落ち着きがなかった。


「このような時間にお呼びしてしまい申し訳ございません」


 クラカライン屋敷の使用人では使用人頭のマディンの次くらいに位置するノルだが、日頃、セイジェルと言葉を交わすことはほとんどない。

 でも珍しく主人と直接言葉を交わすことになったから落ち着かないというわけではない。

 広い室内、寝室と居室を隔てるカーテンのところに立っていたノルは、部屋に入ってきた一行を見て先に口を開いた。


「目を覚したのか?」

「いえ」

「あれから一度も?」

「はい」


 セイジェルの問い掛けに淡々と返すノルは、セイジェルたちの歩みに合わせて奥の寝室に続くカーテンを開く。

 そして話す。


「全くお目覚めにならないので、就寝前にもう一度ご様子を伺いに参りました。

 そうしましたら姫様の御髪(おぐし)が……」

「これは……」


 四隅を巨大なぬいぐるみに陣取られた広い寝台。

 そこに眠るこの部屋の主人はとても小さな子どもだが、今ではすっかり見慣れたはずの黒髪ではなかったのである。


「真っ白でございますね」


 セイジェルの横から覗きこんだアルフォンソが言うと、他の四人も続く。


「これはまた面白い現象です」

「やはり昼間、なにかあったのですね」

「お話しくださらないとはつれないことでございます」

「クラカラインの秘事とはいえ、これを見るととても気になります」


 興味が止まらない五人だが、魔術師ではないノルにはなんのことかさっぱりわからない。

 ただ落ち着かない様子で主人の言葉を待っている。


「……そなたはもう休んでいい。

 明日も、あれが戻ってくる夕方まで頼む」

「かしこまりましてございます。

 失礼いたします」


 セイジェルが言うあれというのはもちろんミラーカのことである。

 そのミラーカが明日の夕方まで戻らないことはノルも承知している。

 それでも改めて主人から言葉を賜ったノルは恭しく頭を下げると、なるべく平静を装って退室する。

 聞いてしまった五人の側仕えの話が不穏だったため、 おそらく内心では早く退室しなければと思っていたに違いないが、あくまでも平静を装って退室する。

 そして彼女が退室したあと、その不穏な会話が再開される。

【アスウェル卿家公子セルジュの呟き】


「まさかあれのおかげでわたしの不義を疑われることになるとは……セイジェルめ、覚えていろ。


 だが思わぬところから知られることになったが、叔父上があれのことをご存じならば話は早い。

 エビラ・マイエルの素性についての調査を依頼しやすい。

 念のため近況についても調べていただこう。


 あの男……ユマーズとかいったか?

 あの村にはもう戻らぬと思うが、念には念を入れておくべきだろう」

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