84 リンデルト卿フラスグアの取り越し苦労 (2)
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システアの前に、並んですわらされる羽目になった男三人……とは言ってもさすがに窮屈なので、元々アーガンとセルジュは並んですわっており、その向かいにすわっていたフラスグアがシステアに椅子を譲り、三人のあいだに挟まれるように一人掛けに移動する。
そうして男三人がシステアの前にすわらされる羽目になったのである。
さらには、最初は遠慮していたミラーカだったが、システアに言われて彼女も母親の隣にすわらされ、リンデルト卿家の緊急家族会議が開かれることとなった。
一見関係ないように見えるアスウェル卿家の公子セルジュだが、ミラーカの婚約者である。
しかも会議の議題が議題であり、システアの中では最大の容疑者となっているため逃れることは許されなかった。
その心中では、これほどセイジェルを恨んだのは初めてではないかと思えるほど恨めしく思いつつ、どうしたものかと考える。
フラスグアが心配するのも理解出来るしシステアが疑うのもわかる。
どちらも娘可愛さのあまりであることは理解出来るのだが、アーガンが真っ先に容疑から外れていることは納得出来ないし、そもそもこういう話になってしまったことも理不尽である。
だがクラカライン家が秘密事項としている以上、真実を明かすことは出来ない。
そしてセイジェルはこの事態に全く責任を負わない。
これがセルジュにとって一番納得のいかない理不尽だろう。
「……叔母上、最初に申し上げておきますが、わたしの子ではありません」
まずは事実をはっきりと言い切る。
余計なことは言わず、端的に断言する。
もちろんこれでシステアが納得するはずがないことは百も承知である。
だが、まずはこれだけは言っておかなければならないと思ったのである。
「ではどういうことです?」
案の定、システアは美しい顔に冷ややかな怒りを浮かべて返してくる。
夫であるフラスグアは、件の子どもがアーガンの子かセルジュの子か。
あるいは本当に無関係な子どもなのか。
まずはそれをはっきりさせておきたかった……いや、まずはセルジュの子ではないことをはっきりさせておきたかった。
それからアーガンの子かどうか、確かめようと思っていた。
ただ非常にデリケートな問題だったためセルジュに忖度し、まずは息子のアーガンから確かめたのだが、結果としてはっきりする前に妻のシステアに知られてしまい、一番危惧していた状態になってしまったのである。
アーガンはもちろん、息子同然に可愛がってきた甥にも申し訳なく、精悍な顔に情けない顔を浮かべて黙っている。
「どう……」
答えかけたセルジュだったが、自身の頭の中で模範解答を探すべく再び黙り込む。
するとシステアがぴしゃりと回答を催促する。
「セルジュ、いったいどういうことなのです?」
「お母様、少し落ち着いてくださいな」
隣にすわるミラーカも、こうなった経緯こそよくわからないが、システアがなにを疑っているのかはわかっている。
セルジュが答えを濁している理由もわかっている。
そこでセルジュを助けるためにシステアを落ち着けようと苦心していると、うしろに控えていたニーナが申し出る。
「奥様、お嬢様、お茶をお持ちいたしましょうか」
「そ、そうね、お願いするわ」
「かしこまりました」
会釈をしてニーナが退室すると、ミラーカはセルジュを見る。
もちろん彼女も問題になっている子どもの正体はわかっている。
クラカライン家の許しなく話すことが出来ないこともわかっている。
しかしシルラスのことを知らず、会ったこともないはずのフラスグアが知っている理由がわからない。
結果として、クラカライン家に一番近くシルラスの事情も知っているセルジュに、その優秀な頭脳に頼らざるを得なくなってしまう。
「セルジュ、答えられないのですか?」
「……先程お話ししたとおりです」
「ええ、聞きましたとも。
では誰の子ですの?」
「……それを叔母上が知ってどうなさるおつもりですか?」
「セルジュ、質問に質問を返すのは失礼ですよ」
件の子どもはセルジュの子ではない。
それがわかればいいのではないかとセルジュを含めた四人は思うのだが、どうしてもシステアは納得出来ないらしい。
「あなたの子でもミラーカの子でもないのに、どうしてミラーカが世話をしているのです」
どうにもそこが納得いかないらしいのだが、そもそもミラーカがクラカライン家に呼ばれた理由をシステアは知らなかったはず。
なぜ知っているのかと男三人がミラーカを見れば、その顔に書いてあった。
ごめんなさい
おそらく久しぶりにあった母との楽しいお喋りに夢中になるあまり、ついうっかり喋ってしまったのだろう。
だが子どもの素性は話していないらしく、中途半端に知ってしまったシステアが詳しい話を聞くべくこの部屋に押し掛けた……ということらしい。
そして男三人の話を盗み聞きし、勝手に話を面倒臭い形につなげてしまったのだろう。
本当に面倒な話である。
「……少し前、わたしとアーガンが所用で出掛けていたことはご存じですね?」
「ええ、フラスグアと入れ替わりに戻ってきたけれど、その時に子どもを連れてきたと、さっき話していたのではなくて?」
「そうです。
わたしはともかく、同行したのはアーガンをはじめとする騎士数騎。
この意味がおわかりでしょうか?」
「意味?」
怪訝な顔をするシステアに、セルジュを援護すべく夫のフラスグアが言う。
「わたしたち騎士が忠誠を誓うのは閣下のみ。
そしてアーガンたちが連れていた子どもはクラカライン屋敷で世話をされている」
そういうわけだ……とフラスグアが納得したところで、ニーナが他の側仕えたちと一緒にワゴンでお茶を運んでくる。
実はまだこの段階ではフラスグアも勘違いをしているのだが、あとを受けるセルジュの話はシステアに向けてのものである。
「ミラーカに世話を任せたのは、道中、アーガンに懐いていたからです」
まさかそのままアーガンに世話をさせるわけにもいかず、苦肉の策としてミラーカを頼ったのだがこれが大成功。
とはいえそこまでは話せずにいると、どこをどう勘違いしたのか、システアが首を傾げながら言い出す。
「……つまりなんですの?
その子どもというのは、セルジュではなくてアーガンの子どもなの?」
フラスグアは 「そうであればよかったのだが……」 と苦笑いを浮かべ、セルジュは自分の無実をシステアが納得してくれたということで余計なことは言わず。
アーガンだけが呆気にとられる。
しかもここでミラーカが面白がって余計なことを言い出した。
「まぁお相手はどんな方かしら」
「姉上、お待ちを……」
なにを言い出すのかと焦るアーガンだが、焦れば焦るほど言葉が続かない。
ミラーカが冗談交じりにからかっているのはわかっているが、ミラーカの隣にすわっているシステアが 「相手の方はどこにいらっしゃるの?」 と真に受けているから焦るのも無理はないだろう。
さらには家族会議の外枠から声が聞こえてくる。
「公子様には恋人がいらっしゃるのですか?
しかも子どもも?」
ニーナである。
特に大きな声ではない。
いや、むしろ小声である。
同じ側仕えにこっそりと耳打ちしたのだが、たまたまミラーカやシステアの合間に声が挟まったため皆に聞こえてしまったのである。
「ニーナ殿、誤解だ!」
思わず腰を浮かして声を上げるアーガンに、ニーナだけでなく家族たちも驚いた顔をする。
「……その、とにかく、違うんだ」
すぐ気まずそうに続けるアーガンに、立場を弁えたニーナはにっこりと笑いながら応える。
「大丈夫です、兄には話しませんので」
「違う、そうじゃないんだ。
その……つまり、とにかくそうじゃないんだ」
なんならイエルは知っている。
半月ほど一緒に旅までしたのだから件の子どものことはよく知っている。
子どものことを口外出来ないことも知っている。
だからといってニーナに 「イエルに訊いてくれ」 とも言えないのである。
そんなことをすればイエルまで困らせてしまうことになる。
だが、イエルが件の子どもの父親と疑われることはないに違いない。
なぜかその点はアーガンと違っていた。
「そういえば見慣れぬ使用人だな。
システア、あなたの側仕えのようだが?」
あえて話を逸らそうとしたわけではないのだろう。
だからこのタイミングでフラスグアがニーナのことを気にしたのは偶然である。
システアも、まだニーナのことをフラスグアに話していなかったことに気づく。
「ああ、そうでしたわ。
ニーナ、旦那様にご挨拶を」
「ニーナ・エデエと申します」
まずは主人に挨拶を……と促されてニーナが挨拶をすると、システアは、アーガンに頼まれたことを夫に話して聞かせる。
イエルの名前を聞いてすぐにニーナが騎士の妹であり、その兄がアーガンの部下であることにも気づいたフラスグアは、システアの話を聞いて大きく頷く。
「あなたの好きにすればいい。
もちろん紹介状には、わたしの名でよければ書かせてもらおう。
他になにか出来ることがあれば協力は惜しまないよ」
「さすがフラスグアですわ」
「アーガンのためもあるが、イエルとはわたしも顔見知りだからな。
奴のためにもなるなら、このくらいはお安い御用だ」
そう言ってニーナを見ると、改めて大きく頷く。
それを見てニーナも深々と頭を下げる。
「ありがとうございます」
「仕事先も紹介出来ればよかったのだが……」
さすがにこればかりは運とタイミングがある。
側仕えは誰でもなれる職業ではないが、いつでも募集があるわけではない。
むしろ他の職より募集は少ないだろう。
側仕え以外でも住み込みの仕事であれば……とニーナは考えていたが、残念ながらこれから青の季節に向けて、収穫を終えた流れ者たちが仕事にあぶれるため住み込みの仕事は争奪戦になる。
ただ住む場所については、職が見つかるまでは見習いとしてリンデルト卿邸で暮らしていいとリンデルト卿夫妻が揃って約束してくれたので安心である。
それこそ温かくなる緑の季節まで、見習いとしてシステアの側仕えを続けてもいいとさえ言ってくれたのである。
「大丈夫、ニーナならすぐに見つかりましてよ」
ふふふ……と笑うのはミラーカである。
彼女の企みをセルジュは知っていたが、実はアーガンにも話していない。
クラカライン家が決めたことなので干渉しないという立場を取っているのだろう。
だがあまりにもミラーカが楽しそうに笑うものだから、弟のアーガンは嫌な予感を覚える。
「姉上、なにかよろしからぬことをお考えでは?」
「失礼なことを言うものではなくてよ!」
なるべく姉の気に障らないように控えめに尋ねたのだが、ミラーカは母譲りの剣幕でぴしゃり……と言ったところでジョアンが一家を呼びに来る。
「皆様、ご昼食の用意が整いました」
うっかり発言で冷汗を掻いたアーガンは助かったと胸をなで下ろすが、ふとあることを思い出す。
それは以前から気に掛かっていたことである。
真っ先に立ち上がったフラスグアはシステアに手を差し出し、その手を取ったシステアがゆっくりと立ち上がる。
「もうそんな時間でしたのね」
遅れて立ち上がったセルジュがミラーカに手を差し出し、その手を取ったミラーカも腰を上げる。
だが両親に遅れて二人があとに続こうとしたところをアーガンが呼び止める。
「姉上、少しよろしいでしょうか?」
するとミラーカは神妙な顔をした弟を見て、それからセルジュに視線を移して小さく頷く。
セルジュも小さく頷き返すと、姉弟を残して一足先に一人で部屋を退室する。
「どうかして?」
「その……姉上はエリーダという女性をご存じありませんか?」
「エリーダ?」
口の中で呟くように言ったミラーカは腕組みをして思案する。
聞き覚えがあるような気はするのだが、思い出せないのである。
「何者でしょう?」
「騎士団に所属しているロートナー医師の助手をしている若い女性です」
「ああ……」
眠るノエルの髪を見世物にしようと無断で切り取った女のことを思い出したミラーカは、うっかり声を漏らしてしまう。
あまりにもひどい髪を、少しでも整えようとしたジョアンの鋏ですら怯えたノエルである。
あれがもし、ノエルが起きている時だったらどれだけ可哀相なことをしたか。
だからといって眠っていればいいものでもない。
いま思い出しても腹立たしい限りである。
だがそれをうっかり声にもらしてしまったのは失敗である。
アーガンはそんな姉の反応を見て得心がいったらしい。
小さく息を吐く。
「やはりクラカライン屋敷で……」
「……その、親しくしていたのですか?」
なぜ姉がそんなことを訊くのかわからなかったアーガンだが、素直に答える。
「いえ、俺は話したこともありません。
ただ、騎士団に若い女性は珍しいので人気はあったようですが……それより姫のご様子は?
その、エリーダは姫になにかしたのでしょう?」
それでエリーダは、おそらく投獄か処刑されたのだろうと尋ねるアーガンだが、ミラーカは、アーガンがあの女性のことを訊いたのはもっと違う理由だと思っていたから意外そうな顔をする。
「姉上?
どうかされましたか?」
「あ、いえ、そうではなくて……姫様でしたらお元気ですわ。
ですが……」
「わかっています、なにがあったかは伺いません。
わたしはただ、姫がご無事ならそれでいいのです」
「そう。
姫様は閣下からぬいぐるみをいただいて、それはそれは大事になさっているわ。
初めてのお友だちだと喜ばれて、いつも一緒に過ごされているの」
それが口惜しくてたまらないミラーカの口ぶりを見て、アーガンは安堵したように笑む。
「あの閣下が姫様にぬいぐるみを、ですか。
珍しいこともあるものです」
「あなたもそう思うわよねぇ。
でもね、最初に考えたのはわたくしですのよ。
でもまさか、人形を怖がられるなんて……」
手柄を横取りされたミラーカは憤懣やるかたない様子だが、そんな姉の様子にアーガンは改めて安堵する。
ノエルがちゃんと、クラカライン屋敷で大事にされていることがわかったからである。
セルジュには最初から期待していないが、ミラーカが付いていれば領主もノエルを無下に扱うことはないだろうと思っていた。
だが予想していた以上にミラーカの影響を受けているらしい。
それならばきっと、あの側仕えたちも滅多なことは出来ないだろう。
そう思って安心したけれど、約束は約束である。
果たさなければならない
だからアーガンは翌日、城に戻る前に見送ってくれる両親に頼み事をすることにしたのである。
「親父殿、母上、一つお願いがございます」
「どうした、改まって」
「あら、なぁに?」
それぞれに応える両親にアーガンは続ける。
「もし、黒髪の少女がわたしを訪ねて屋敷に来たら、保護していただけないだろうか」
するとフラスグアとシステアは顔を見合わせる。
応えたのはシステアである。
「どなた?
お友だちかしら?」
「それは、その……申し上げられないのですが……その、必ず来るというわけでもないのです。
でもひょっとしたら、訪ねてくるかもしれません」
煮え切らない返事をするアーガンだが、フラスグアは自分の顎をしゃくりながら返す。
「黒髪とは珍しいな。
見ればすぐにわかるだろう」
「そうですわね」
「ふむ、なんだ?
その子が来たら屋敷に通しておけばいいんだな」
「フラスグアったら……アーガンのお客様なのですから、お茶をお出ししなくては」
「おお、そうだったな。
腹を空かしているようならば食事の用意も必要だな」
「そうですわね。
着ているものが汚れていればミラーカの衣装を貸して差し上げましょう。
わたくしの衣装でもかまいませんが、やはり若い子には似合いませんものね。
そうそう、湯にも入っていただきましょう」
「そうだな、青の季節は寒いだろうし、赤の季節は暑くて汗を掻いているに違いないからな」
「ゆっくり入っていただきましょう」
「ふむ。
そのあいだにそなたに連絡してやればいいのだな?」
息子の様子を見てなにかを察したらしい両親は、詳しいことは訊かなかった。
けれど息子の頼みは引き受ける。
そんな両親にアーガンは深く頭を下げる。
「親父殿、母上、ありがとうございます。
ニーナ殿のことも、どうか、お願いいたします」
【ラクロワ卿家公子ルクスの呟き】
「えっ……と、その……わかりました。
わかりましたので、もう結構です。
はい、時間を見つけてお伺いいたします。
ですから、その、必ず領主の執務室へ伺いますので……はい、そのうちに……いっいえ、伺います。
はい、必ず伺いますから大丈夫です。
その……たぶん三日後あたりに……」