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円環の聖女と黒の秘密  作者: 藤瀬京祥
二章 クラカライン屋敷
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83 リンデルト卿フラスグアの取り越し苦労 (1)

PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告&いいね、ありがとうございます!!

 獣狩り


 文字通り狩りをするつもりでシルラスの荒野を訪れた騎士団だったが、予想外に魔物が出現した。

 その事実を確認したフラスグアは、即時に獣狩りを魔物討伐に変更。

 その両方を並行することを城に報告するとともに、魔物討伐に必要な装備を要請。

 同時に予定さ入れていた行動期間の延長も申請した。

 当初の予定より食糧や水の補給量を増やす必要があったからである。


 獣狩りはもとより、出現した魔物小物ばかりだったが、初めての実践となる若い騎士を多く連れて行ったため、フラスグアはもちろん、騎士団の主力を担う中堅の騎士たちも退屈はしなかった。

 内地の魔物出現も近年では非常に珍しいことである。

 フラスグアや中堅騎士たちにも非常に貴重な経験となった。


 おまけにあれほど口を酸っぱくして言ったにもかかわらず、人目を忍んで村人の接待を受ける騎士もあった。

 城を出立する前にも、それぞれの村に到着してからも、何度も何度も繰り返して言ったのにもかかわらず、である。


 もちろんフラスグアも、それぞれの中隊を任された隊長も違反者が出ることはわかっていた。

 むしろ出るだろうと思って監視態勢を敷いていたから捕まらないはずがない。

 士気を落とさないため現場では厳重注意で済ましたものの、本拠地であるウィルライトに帰城後、団長から処分が下されることになった。


 そんなシルラスで、フラスグアはある男に出会った。

 シルラスにある村の一つで村長を務める男で、年齢はフラスグアと同じくらい。

 騎士団が来ることを知っていた彼はフラスグアたちの到着を歓迎し、あることを話してくれた。

 そしてそのためにフラスグアは悩むことになったのである。


 騎士団の本拠地である白の領地(ブランカ)の領都ウィルライト。

 帰城したフラスグアは団長に帰投を報告し、規律違反や怪我人などを、武器などの損耗と合わせて報告。

 ただただなにも考えずに剣だけを振るっていたい彼はこういうことが非常に苦手だが、今回は副官を置いていってしまっため、いつものように押しつけることが出来ず。

 自分でしなければならなくなったのである。

 各中隊長から出される報告書を元に、さらに団長に提出する報告書を仕上げる。

 副官にも手伝わせてようやくのことで仕上げると、やっとのことで屋敷に戻ることが出来た。


 リンデルト卿フラスグア


 白の領地(ブランカ)の名門貴族アスウェル卿家の令嬢システアと結婚するため、生まれ育った赤の領地(ロホ)に親兄弟を残し、たった一人で白の領地(ブランカ)に帰属して一男一女をもうけた。

 義兄に当たるアスウェル卿ノイエの尽力で、赤の領地(ロホ)でもそうだったように、帰属後も騎士として領主に仕えている。

 偏見の目を向けられることはどうにもならないが、仲間にも恵まれ、今は教練師団をまとめる特別顧問として、口の悪い剣豪たちと若い騎士たちを鍛える日々を送っている。

 そんな彼を襲った突然の悩みとは……。


(誰の子だ?)


 フラスグアたちがシルラスに派遣される前、領主に獣狩りの上奏をした者たちがいた。

 フラスグアが会った村長の話によると、どうもその特徴が息子のアーガンと甥のセルジュに当てはまる。

 他にも騎士が同行していたようだが、問題なのは彼らが子連れだったことである。

 村長の話ではアーガンによく懐いていたということだが、そもそも子連れというのが奇妙である。

 領主の許可なく騎士を動かせるはずがないのだが、ただ子どもを領都に連れて行くためだけに騎士が動くはずがない。

 文官のセルジュが同行していたのもおかしな話である。

 そんなおかしな情報ばかりを寄せ集め、普段使わない頭を捻って捻ってフラスグアが()り出したのが……


(やはりアーガンの子か?)


 フラスグアの本心として孫は大歓迎である。

 それこそアーガンの子ならば、男児であっても女児であっても大歓迎である。

 とても大歓迎である。

 愛妻家として有名なフラスグアだが子煩悩で、二人の子どももとても可愛がってきた。

 当然孫だって可愛がること間違いない。

 もちろん結婚を飛ばしていきなり子どもを連れて来られれば戸惑うが……いや、実際に話を聞いて戸惑っている。

 戸惑いながら屋敷に戻ってみると、待っていた妻のシステアはいつものように美しかった。

 そしていつものように夫を不死身扱いする。


「お帰りなさい、フラスグア!

 訊くまでもないと思うけれど、一応妻として訊いておくわ。

 怪我などはなくて?」

「あなたは相変わらずお美しいな」

「そんなことはなくてよ。

 あなたがなかなか帰ってこないから、心配で心配で白髪が増えてしまったわ」

「あなたの髪は生まれつき白では?」

「あら、そうだったかしら?」


 そんなことを言ってシステアはコロコロと笑う。


「でも本当に、すぐ帰ってくるとおっしゃっていたのにずいぶんと遅かったこと。

 わたくしがどれほど退屈だったか、おわかりになって?」

「それは申し訳なかった」


 騎士団の任務内容はなんでも明かせるものではない。

 特に今回は内地に魔物が出現するという、近年ではなかったことである。

 悪戯に不安を煽らないよう、騎士たちには箝口令が敷かれている。

 そしてそれは貴族であっても守らなければならない。

 だから話題を反らすべく少し周囲を伺ってみたが、子どもの姿はもちろん見えず、いる様子もない。

 代わりに見慣れない側仕えの姿があった。

 ついでに一緒に暮らしているはずの娘の姿も見えない。


「システア、ミラーカはどうした?」

「それがお城に行ってしまったの」

「城へ?」

「そうなの」


 答えながらシステアは少し困ったような顔をする。


「少し前にアーガンとセルジュからお話があって。

 わたくしには詳しい話どころか、ただお城で領主様(ランデスヘル)が呼んでいるからとしか教えてくださらなかったのよ。

 おかげで話し相手もいなくて、わたくし、どれだけ退屈だったと思います?」

「それは申し訳なかった」


 フラスグアが悪いわけではないのだが、ここは謝っておくのが夫婦円満の秘訣である。

 しかも愛妻家の彼にとって、妻の機嫌を取るために頭を下げることなどなんでもない。

 それこそ自分はもっと早く帰りたかったのだが……などと言い掛けたが、システアの切り替えは早かった。


「ニーナ、あなたも旦那様の側仕えを手伝って頂戴」


 フラスグアが見つけた見慣れない側仕えに声を掛ける。


「ああ、でも湯運びなんて重い物は運ばなくていいから。

 着替えの用意などをお願いね」

「かしこまりました」


 応えたのはなかなかに美しい娘である。

 もちろん妻一筋のフラスグアにとって世界で一番美しいのは妻のシステアであり、二番目に美しいのは娘のミラーカである。

 そしてその次くらいに美しい女性は世に沢山いて、その中に入るニーナという側仕えはシステアに返事をするとすぐ奥へと入ってゆく。

 続いてフラスグアたちも、いつまでも玄関にいては……と使用人頭に促されて奥へと入る。


 遠征中は、なかなか風呂に入れないことはもちろん、着替えもままならない。

 特に今の白の領地(ブランカ)は乾季に入っており、雨は期待出来ない。

 当然遠征先の村々で井戸水を過分にもらうわけにもいかず、領都から運ばれてくる補給物資の水は飲み水にあてるのが精一杯。

 そのため風呂に入る余裕はなく、せいぜい冷たい水で体を拭くくらい。

 フラスグアは久々の湯にゆっくりと浸かって疲れを癒し、上がって身支度を調えたところで息子のアーガンと娘のミラーカ、それに甥のセルジュが到着していた。

 三人揃って城から同じ馬車で帰ってきたらしい。


「親父殿」


 最初に声を掛けてきたのは息子のアーガン。

 三人の中では一番歳下だが、一番背が高く体格がいい。

 いつもは騎士団で支給される安いオンボロ服だが、今日は迎えに行った側仕えが持っていったらしいそれなりの衣装を着ていたが、久々だったため着心地悪そうにしている。


「お父様、お帰りなさい」


 次に声を掛けてきたのはアーガンの姉のミラーカ。

 システアによく似た美少女である。

 そして甥のセルジュが続く。


「叔父上、ご無事でなによりにございます」


 三人の中では一番歳上のセルジュは、従姉妹であるミラーカの婚約者でもある。

 だからフラスグアは(くだん)の子どもがセルジュの子であった場合、血の雨が降る恐怖を覚えたのである。


 もちろんミラーカの父として、フラスグアもセルジュを許すことは出来ない。

 それこそクラカライン家の魔術師を相手に、どう戦えばたたきのめせるかを考えなければならない。

 挨拶をしてくる三人に応えながら頭の中でそんなことを考えていると、先程の側仕えが他の側仕えとやってくる。


 ここはリンデルト卿家の屋敷なのでミラーカとアーガンは自分の部屋があるが、セルジュは客人である。

 同行してきた側仕えを客間に案内したり、一泊程度のわずかな荷物運びを手伝ったりするためである。

 だが荷物は男性側仕えが運んでくれたため、手が余った彼女がどうしたものかと立ち尽くしたところにアーガンが声を掛ける。


「ニーナ殿、その後はいかがだろうか?

 なにか困っていることはないか?」

「こ、公子様、そんな、大丈夫です。

 皆様、よい方ばかりで」


 まさかアーガンに声を掛けられるとは思わなかったニーナという側仕えは、少し慌てたように両手を振って応える。


「わたしのほうこそ、兄がご迷惑を掛けていないか心配で……」

「イエルなら心配ない。

 そなたが元気にしているかどうか気にしていた」


 今日もアーガンが屋敷に戻ると聞き、ニーナの様子をしきりに気にしていたという。

 もちろん様子を見てきて欲しいとは言えず、だが言いたくて仕方がない様子だったという。


「兄さんったら……恥ずかしい」


 そんな二人の会話を聞いてフラスグアは考える。


(兄さん?

 イエルというのは確か、アーガンの隊にいる男ではなかったか?)


「叔父上、どうかなさいましたか?」


 アーガンと側仕えの話している様子を見て考え込むフラスグアに、セルジュが声を掛ける。

 その腕にはしっかりとミラーカがしがみついている。

 嬉しそうな娘の顔を見たフラスグアは、早めにはっきりさせておいたほうがいいと思い腹を括ることにした。


「……セルジュ、少しいいか?

 アーガンも」

「はい」


 昼食までまだ時間がある。

 いつもならこの時間を家族団らんに使うのだが、男同士で話をしたいというフラスグアに、ミラーカもシステアも不満そうではあったが、しばらくミラーカも屋敷を不在にしていたこともあり、女同士でお茶をすることにしたらしい。

 側仕えを交えて支度の話を始める二人を避けるように、離れた談話室で男三人、テーブルを挟んで向かうあうことにした。


「……その、だな……」


 早めにはっきりさせたほうがいいと腹を括ったものの、元々こういったことが苦手なフラスグア。

 どこから話せばいいのかと切り出しあぐねる。

 するとその様子を見ていたセルジュとアーガンは顔を合わせ、セルジュが切り出す。


「叔父上、シルラスのことでしょうか?」

「まぁその、そうなる、か」

「今回は元々獣狩りということで記録係も少数しか同行しておらず、魔物の出現や討伐状況についての詳細な記録はないと聞いています」


 これは事実である。

 獣狩りにわざわざ記録は要らないが、騎士の働きについては報告の必要があるので同行した記録係はごく数人。

 しかも騎士の誰それが落馬したとか、剣を折ったとか、獣に引っ掻かれたとか、そんな記録を付けるだけなので、同行した記録係も下っ端の文官ばかり。

 記録の付け方にも慣れていないため事態と状況の変化に間に合わず、魔物の詳細記録を取れなかったのである。

 首席執政官の一人として、また上奏した身としてセルジュもその報告は聞いていたが、フラスグアが二人に訊きたいことはそんなことではない。


「他にもなにか問題が?」


 今度はアーガンが尋ねる。

 珍しい父の様子が気になったのかもしれない。


「その、だな……ある村で村長に会った」

「ああ、息災でいらしたか?」

「あの村長か」


 二人の反応を見て、やはり村長が話していたのはこの二人のことだったらしい。

 だが肝心の子どものことは口にしない。

 だからフラスグアから切り出すしかない。


「ああ、元気でいらした。

 それだな、その、村長が話していたのだが、お前たち、子どもを連れていたそうだな」


 次の瞬間、二人の表情が変わる。

 アーガンの表情は強ばり、セルジュの表情は警戒の色を帯びる。

 口を開いたのはセルジュである。


「子どもですか」

「あ、ああ。

 村長の話ではアーガンにとても懐いていたそうだが……その、率直に訊くが、お前の子か?」


 一瞬ほどの間を置き、二人は気の抜けた声をあげる。


「は?」

「え?」


 二人にとってフラスグアの話は予想外だったらしい。

 アーガンはともかく、セルジュまでが間の抜けた顔をしたのも一瞬、すぐに気を取り直して問い返す。


「アーガンの子ども、ですか?

 あの村長がそう言っていたのですか?」

「いや、言わなかったが……」

「言わなかったのですね?」


 なぜか甥に責めるような口調で問われ、フラスグアは困惑を深める。


「ああ」

「叔父上……どうしてそうなるのですか」

「いや、ではセルジュ、お前の子か?」

「ですから、村長がそう言っていたのですか?」

「いや、言わなかったが……」

「言わなかったのですね?」


 またしても甥に責めるような口調で問われ、フラスグアはますます困惑する。


「ああ、だが……では、どういうことだ?」

「どうもこうも、あの子どもは……」

「セルジュ」


 話の流れでうっかり口を滑らせそうになるセルジュに、いつもはうっかりをするアーガンが立場を代えて止める。

 すぐ我に返ったセルジュも気まずそうに口を結び、叔父のフラスグアを見る。

 あいだに気まずい空気が流れる中、フラスグアが口を開く。


「……どういうことだ?」

「親父殿、それは……」

「叔父上」


 言い掛けながらも視線で助けを求めるアーガンに応え、セルジュが言い掛けた矢先、いきなり扉が勢いよく開かれる。

 そして引き留めようとするミラーカや侍女たちを振り切るようにシステアが飛び込んでくる。


「まさかセルジュ、どこぞの女に産ませた子を閣下に匿ってもらって、よりによってミラーカに世話をさせているのではないでしょうね!」


 まさか盗み聞きされているとは思っていなかったフラスグアとアーガンは驚きに言葉を失う。

 同じように驚いていたセルジュだったが、一番に我に返ると、呆れたように息を吐きつつ呟く。


「なぜそうなるのです?

 ……恨むぞ、セイジェル」

【騎士マリル・ハウェスの嘆き】


「俺が読みたいのはこんなんじゃねぇ!

 誰が剣を折ったとか、誰が落馬したとか……落馬ってアホすぎるだろうが!

 獣に引っ掻かれたとか、どんだけ鈍くさいんだよ!

 騎士辞めろ!!

 俺はなぁこぉ~んなアホな報告を読みたいんじゃねぇ!

 こう……どんな魔物が出たとか、どいつが一撃で斬り捨てたとか!

 魔術師出し抜いたとかさぁ!

 そういうのが読みたいんだよ、そういうのがっ!

 なんなんだよ、これはっ?

 もっと面白い報告を書けや、頭でっかちども!!」

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