81 光の柱 ー ピラール ー (3)
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ノエルの周囲にひっそりと漂う緑の魔力。
その正体は・・・
「そのことでルクスを召喚しているのだが、どうやら逃げ回っているらしい」
「ルクス……ラクロワ卿家の第二公子でございますか」
セイジェルはノエルのために、ラクロワ卿家の第二公子ルクスを召喚しようとしている。
だがそれを聞いて応えるヘルツェンの声や言葉には含みが感じられる。
ラクロワ卿家はアスウェル卿家と並ぶ名門中の名門上級貴族で、当主であるラクロワ卿オーヴァンはセイジェルの信頼出来る宰相でもある。
ルクスはそのオーヴァンの二番目の息子で、ラクロワ兄弟の母親はセイジェルの叔母に当たるエルデリア。
セルジュの母親、アスウェル卿夫人マリエラの姉でもあり、嫁したため現在はラクロワ卿夫人と呼ばれているがクラカライン家直系の一人でもある。
つまりルクスはセイジェルの従兄弟という特別な立場をいいことに、領主の召喚に応じず逃げ回っているのである。
もちろん正面切って 「行きたくない」 とは言えないし、実際にそんなことは言っていない。
だが領主の召喚に応じることなく逃げ続けているのである。
領主の召喚は、書面であったり口頭であったりするが、基本的には近侍や事務官を経由して伝えられる。
ルクスは神官なので所属する神殿の神官長から伝えられるのだが、ウィルライト城に隣接する白の領地最大の規模を誇る大神殿の神官長はアスウェル卿ノイエ。
叔父であるセルジュの父親を相手にどんな言い訳を並べているのかわからないが、ここ数日、数度にわたるセイジェルの呼び出しにルクスは応じることなく逃げ回っていた。
なぜ彼が領主の呼び出しから逃げ回っているのかと言えば……
「あの方も相変わらずでいらっしゃる」
そうヘルツェンが続けると、いつものようにアルフォンソたちも言い出す。
「逃げ回るだけで旦那様に嫌がらせが出来るとでも思っているのでしょうか?」
「旦那様を相手にそんな児戯で?」
「愚かと申しますか、憐れと申しますか」
「色々とお可哀想な御方ですから」
「いかにクラカラインの魔術師と申しましても所詮は落ちこぼれ。
本当にお可哀想な御方です」
「いつもいつもただ逃げ回るだけで芸のない。
たまにはなにかやり返してみればよいものを」
「他に思いつかぬのでしょう。
やり返す度胸も持ち合わせておられぬ」
四人は楽しそうに笑いながら口々に言い合う。
「そもそも旦那様を恨むのが筋違いというもの」
「兄君が中央宮に行くことになった原因がご自分にあると、いつになったら気づくのやら」
「他責思考でいる限り、一生気づきますまい」
「本来ならば第二公子であるご自分がゆくべきところだったというのに」
「あまりに無能すぎて役に立たぬと、心配のあまり兄君が代わりにゆく決断をされたということもご存じないとは」
「エセルス公子も弟君には甘い」
「兄君が甘やかされたのがよろしくなかったのかもしれませんね」
「第二公子もご自身の立場に甘えて好き放題なさっておりますし」
ルクスの兄であるラクロワ卿家第一公子エセルス。
白の領地に不在の彼は、四つの領地いずれにも属さない中央宮に赴任している。
四つの領地の思惑が隣り合わせにあるマルクト国一危険場所であり、それぞれの宮を治める宮官長は領主の信任厚い者が務める。
現在その任に就いているのがエセルスだが、本来ならば上級貴族の中でも名門中の名門ラクロワ卿家の跡取りである彼が務める仕事ではない。
だが彼はその任に就いている。
その原因は弟のルクスにあると、四人の側仕えたちは口々に言い合う。
当然のことながら最終的な決定を下したのは領主であるセイジェルだが、時間を掛けて、エセルスやラクロワ卿夫妻はもちろん、神官である彼を派遣するため所属する大神殿とも話し合いがなされ、決定したことである。
いつものように言いたい放題の四人だが、当然その経緯を知っていて言いたい放題なのである。
「そう言うな、あの二人にも事情があるのだ。
それに、なんだかんだと言ってエルデリアも甘やかしているからな」
幼い寝息を立てて眠るノエルのそばに腰を掛けながら、目を閉じて四人の話を聞いていたセイジェルは、薄く笑みを浮かべながら言う。
「余裕でいらっしゃいますね」
「旦那様は第一公子と仲がよろしくていらっしゃいますから」
「嫌われているというのに、旦那様も第二公子には甘くていらっしゃる」
「一見厳しくしていらっしゃるように見えますが、確かにラクロワ卿夫人も甘いですね」
「そもそもあの方に姫の導師が務まりましょうか?」
やはり言いたい放題の四人だが、ウルリヒの指摘に他の三人はそれぞれに頷く。
「確かに」
「無理でしょう」
「ただでさえ姫は幼くていらっしゃる」
「子どもが子どもを導くなど無理難題」
「余計にややこしいことになります」
だがルクスとの付き合いは四人よりセイジェルのほうが長い。
そのくらいのことはわかっているし考えてもいる。
「無理とまでは思わないが、相性は悪いだろうな。
正式な導師はいずれ探すつもりだ」
「そういえば旦那様、ヴィルマール様を探しておられたのでは?」
「ヴィルマールはわたし自身が話を聞きたいと思って探しているが、こちらも相変わらずだ」
「結構なお歳でいらっしゃるのに」
「年齢を考えれば、ヴィルマールにこれの導師を頼むのは無理だろう。
だが、よい師を紹介していただくことは出来るかもしれないな」
「なるほど」
「確かに」
「とてもお顔の広い方ですからね」
「では第二公子はどうなさるのですか?」
今度はアルフォンソの指摘に、セイジェルは少し考える仕草を見せる。
どうやらノエルの先のことは考えていたが、ルクスの扱いについては考えていなかったらしい。
「……そうだな。
とりあえずこれの相手をさせて……自分の名前くらいは書けるようにしてもらおうか。
次の新緑節までまだ時間はあるが、これの性格を思えば余裕をもたせたい」
「ああ、誓約書ですか」
「署名は自筆が基本ですからね」
神官であるルクスに家庭教師の真似事をさせようというセイジェルに、四人も納得する。
貴族や豪商の令嬢には、手紙などを側仕えに代筆させることは普通にあるが、誓約書は自筆が基本である。
しかも四人は、セイジェルがノエルになんの誓約書に署名させようとしているのかもわかっているらしい。
そしてその考えに賛成する。
「まぁあの方にはその程度が丁度よろしいでしょう」
「姫様を泣かせてリンデルト卿家令嬢に怒られるのが関の山です」
「その程度でも、旦那様のお役に立てることを光栄に思ってもらいたいですね」
「絶対に感謝などしないでしょうけれど、あの方は」
「ルクスはそういう奴だからな」
最後にセイジェルが言うと、四人は表情と口を揃える。
「そうでしょうね」
こんな扱いをされると知っていて、ルクス・ラクロワもセイジェルから逃げ回っているのかもしれない。
そう思わせるほどひどい扱いである。
「黒曜石の話をすれば少しは興味を持つかもしれないが、ルクスにはエセルス以上に興味を引くものではないだろう」
「あの方はなぜ神官などしているのでしょうか。
いっそ身分など捨てて兄君を追われたらよろしいのです」
「魔術師の風上にも置けません」
「いい歳をして、いつまでも兄上兄上と……」
「ウルリヒ、それはラクロワ卿夫人の口癖です」
「ラクロワ卿家の権威を以てしても中央宮には入れぬとあらば、仕方がないのでは?」
「ずいぶんと言いたい放題だが、そなたたちもこれが黒曜石だからこそおとなしく世話をしているのだろう。
ルクスのことばかり言えぬのではないか?」
「そのくらいの役得がございませんと、ねぇ」
本音を隠さずにふふふ……と笑うウルリヒにセイジェルは続ける。
「では一つ、仕事をやろう」
「なんでございましょう?」
セイジェルの提案に、代表してアルフォンソが応える。
「緑の魔力に、あるいは緑の魔術に植物を長持ちさせることが出来る。
あるいはそういった類いの術があるかどうか調べろ」
「なるほど」
代表してアルフォンソが応えると、他の三人も口々に言い出す。
「緑となると魔術師団がよろしいですね」
「緑の神殿は協力しませんからね」
「信用もおけませんし」
「では内々に諮はかります」
「報告を忘れるな」
状況的に、この部屋に生けられた花が長持ちしているのはノエルの仕業だろう。
だがそれは、白の魔術師が大気を動かして風を起こすことが当然であるように、緑の魔力は当たり前のように植物に影響を与えるのだろうか?
あるいはそういった術があるのか?
ノエルは無意識にその術を使っているのだろうか?
それとも黒が持つ影響力なのか?
ノエルには治癒の能力があり、今は自覚なくそれを発揮していると思われる。
切られた花が長く保つことと一見似ているようだが、セイジェルたちには黒はもちろんだが、緑も未知の領域である。
だが魔術師としては、なんの訓練もせず術式の理解もなく魔術が操れるとは思わない。
おそらくそれは色に関係なく共通の認識のはずだが、以前にセイジェルがぼやいていたようにノエルの起こす現象はあまりにも出鱈目である。
それはノエルだからなのか?
あるいは黒とはそういったものなのか?
尽きない興味に探究心は高まるが、残念ながら多忙な領主の務めがあるセイジェルには究明する時間はない。
だから同じ魔術師として探究心を持つ側仕えに調べさせる。
もちろんそれはお抱え魔導師の務めでもあるが、本当ならそれさえも自分でやりたいはずだが、セイジェルに領主としての責務を放棄することは出来なかった。
なぜなら彼は領主としての責務を負うべく育てられたから。
クラカライン家の当主として
最強の銘を持つ魔術師として生まれながらも、ままならない境遇はさぞかしもどかしいだろう。
だが彼は生まれもった運命に逆らわず、白の領地と白の民の安寧のため、領主として責務を負って生きる道を歩み続ける。
「結果論ではあるが、エルデリアの願いを聞き入れたのがこんなところで役に立つとはな」
状況の確認は出来たので、部屋に戻るセイジェルと四人の側仕え。
留守を預かっていたヴィッターもおり、揃った五人の側仕えを前に悠然と椅子に掛けるセイジェルは話を続ける。
セイジェルの父ユリウス・クラカラインの、すぐ下の妹であるラクロワ卿夫人エルデリア。
もとは白の領地の魔術師団も白の魔術師だけで構成されていたが、青の魔力を持つエルデリアの要望を受けて他色の魔術師の受け入れを決めたのは、セイジェルが領主になって間もない頃のこと。
ほんの数年前のことである。
だからまだまだ人数も少なく探究も進んでいないが、魔術師団長や貴族院の猛反対を受けながらも強行したことが、こんな形で役に立つとはセイジェルも予想していなかったらしい。
自画自賛するような独り言に、側仕えたちは 「おやおや」 と顔を見合わせる。
「あの時はラクロワ卿夫人の発言に耳を疑いました」
「耳を貸す旦那様にも驚いたものです」
「頭がどうかなさったのかと思いました」
「他の領地では、旦那様のようなご決断はなかなか出来ますまい」
「これも若さでございましょうか」
「旦那様だからこその決断力でしょう」
「人使いは荒くていらっしゃいますが」
口々にそんなことを言っていた彼らは、このあともノエルの部屋を訪れるたびに、消えてしまったかもしれない緑の魔力の気配を探したり、生けられた花がいつ枯れるかなど観察していたらしい。
彼らがそんなことをしていることは当然のようにミラーカも知っていたが、同じ魔術師である。
彼女自身も話を聞き、どのくらい花が保つかの観察はもちろんだが、まだ消えずに残っているかもしれない緑の魔力を探したりもしていたらしい。
「赤ならばすぐにわかるのですが……」
そんなことを言っていたミラーカは、セイジェルがノエルの部屋を訪れた数日後に里帰りをすることになった。
まだ花も枯れておらず観察が途切れることは残念に思った彼女だが、父のリンデルト卿フラスグア帰投の報告が入ったのである。
挨拶をするため、実家のリンデルト卿邸に数日戻ることになったのである。
セイジェルの剣術の師でもあるフラスグアは剣豪としても名高く頑健で、今回は広域討伐のため時間が掛かったが、魔物が相手でも命に関わるような怪我を負うことはない。
それは娘のミラーカが一番二番によくわかっているが、やはり無事な姿を見て安心したかったのだろう。
リンデルト卿家から連絡を受けた側仕えから父の帰投を聞いて、ノエルのことを気にしながらもセイジェルに休みを申し出たのである。
しかも今回は、久しぶりに揃うリンデルト卿夫妻に挨拶をしたいからとセルジュも一緒に行くという。
つまりそのあいだは屋敷にセイジェルとノエルの二人だけになるが、セイジェルはマディンと相談をしてから許可を出した。
一日二日程度なら使用人の仕事を調整して、マディンの片腕である女性使用人のノル・カブライアにノエルの世話をさせることになったのである。
マディンには女性使用人を一人、仕事を調整出来ないかと相談したのだが、自身の片腕であるノルを推挙したのはマディンである。
普段彼女がしている仕事とは大きく違うためノルにとってはいい迷惑かもしれないが、使用人である彼女に拒否権はない。
ミラーカはノエルもリンデルト卿家の屋敷に連れて行こうとしたが、それはセイジェルが許可しなかった。
眠っているあいだにこっそりと連れ出し、リンデルト卿家の屋敷ではミラーカとジョアン、アスリンとだけ接するようにすれば大丈夫などと具体的な案も出したのだが、セイジェルの返事はたった一言。
「却下」
それだけだった。
その朝もいつものように朝食を摂ると、ミラーカはノエルのことを気にしながらもセルジュと一緒にクラカライン屋敷をあとにする。
「ミラーカさま、かえってくる」
「明日の夕方には戻る予定だ」
「あしたかえってくる、よかった」
何度も何度もミラーカは言い聞かせていたのだが、やはり心配だったのだろう。
屋敷の玄関まで見送りに出たノエルは、一緒に見送るセイジェルを見上げて尋ねる。
そして答えに安堵すると、この日のお伴であるしろちゃんに話し掛ける。
「よかったね、しろちゃん。
ミラーカさま、あしたかえってくる」
嬉しそうに抱きしめるとそのまま頬ずりをする。
その様子を見ていたセイジェルは、大きな手をノエルの小さな頭に乗せて話し掛ける。
「少し、わたしに付き合ってもらおうか」
「……わからない」
いつものようにぼんやりとした顔でセイジェルを見上げるノエル。
この 「わからない」 は、おそらくセイジェルの言葉が全てわからないという意味だろう。
セイジェルは少し考えながら繰り返す。
「少し……わたしの散歩に付き合いなさい」
「さんぽ……わかった、ノエル、さんぽいく」
ぱっと表情を明るくしたノエルだったが、すぐなにかに気づいて考え込む。
そしてまたセイジェルを見上げて尋ねる。
「しろちゃんもいく」
「かまわない」
そう応えたセイジェルは、この朝のお伴だったクレージュとヴィッターを見て指示を出す。
「念のため三人も」
「かしこまりました」
すぐに意味を理解した二人は頭を下げると、言葉を交わすことなくヴィッターが踵を返す。
残ったクレージュは、ノエルを連れて玄関を出るセイジェルに付き従う。
そうして彼らが向かったのは、クラカライン屋敷を囲む広大な庭の一画に建つ塔の元である。
玄関から向かうと遠回りだったのか?
あるいはノエルの足に合わせてゆっくり歩いたために時間が掛かってしまったのか?
塔のそばには、セイジェルたちと一緒に来たクレージュを除いた四人の側仕えがすでに待っていた。
そして近づいてくる主人の姿を認めると、揃って頭を下げて迎える。
「仕事を中断させて悪いが、そなたたちにも少し付き合ってもらう」
「承知しております」
四人を代表してアルフォンソが恭しく答えた。
【アスウェル卿家公子セルジュの苦悩⑩】
「わかってはいるのだが……どうも最近、その、ミラーカがセイジェルにばかり頼み事をするのが……。
もちろんわかっている、
実際に頼み事はあれのことばかりだ。
だからセイジェルに頼むのは当然だ。
当然のことなのだが、その……婚約者が他の男に頼み事をするというのはどうも、納得がゆかぬというか、面白くないというか……。
せめてわたしのいないところで……いや、それもちょっと……あぁ……どうすれば……」