80 光の柱 ー ピラール ー (2)
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眠るノエルの部屋を、側仕えたちを伴って訪れるセイジェル。
その目的は・・・
「なかなか興味深い構図だな」
セイジェルがノエルの部屋に来ることは滅多にない。
しかもここ最近はノエルの体調も機嫌もよく、少なくとも一日一回、朝食の席で顔を合わせていたこともあって、ミラーカの言う 「見舞い」 の必要もないためすっかり足が遠のいていたのである。
そのためぬいぐるみを買い与えてからノエルの部屋に来るのは初めてだったのだが、どうやらその配置を指示したのはセイジェルではなく、アルフォンソたちのほんのちょっとした悪戯だったらしい。
夕食を終え、一度部屋に戻って着替えを終えたセイジェルは、五人の側仕えから興味深い話を聞いてノエルの部屋を訪れたのだが、部屋の主人であるノエルはすっかり寝入っている。
世話係のミラーカも食後に一度ノエルの様子を見に来たらしいが、特に変わった様子もないからと自分の部屋に引き取ったあと。
まだ代わりの側仕えが見つかっていないノエルの部屋には、寝台の真ん中で、八体のぬいぐるみーズと一緒に眠るノエルしかおらず静かなものである。
そこに響くセイジェルの低い声。
それにウルリヒが楽しげに答える。
「お気に召していただけましたか?」
セイジェルの側仕えは五人いる。
だがノエルの部屋まで付いてきたのはアルフォンソ、ウルリヒ、ヘルツェン、クレージュの四人だけ。
彼らがどんな基準で決めているのかは不明だが、ヴィッターは留守番らしい。
セイジェルの部屋で仕事をしているのか、あるいは自室に戻って先に休んでしまったのか。
わからないがヴィッターだけがおらず、残りの四人が顔を揃え、主人の話し相手を務めている。
「四方に緑、赤、白、青を配し、中央に黒……確かに面白い」
大きすぎるほど大きな寝台の四隅に鎮座する四体の巨大ぬいぐるみーズ。
それは五歳程度のノエルとほぼ同じ程度背丈をしているので、本当に大きく、成人男性でも担いで持ち運ぶほどで巨大である。
その巨大ぬいぐるみーズ四体に囲まれるように、中央で休むノエルを黒と表現しているのだろう。
今日はしろちゃんを抱いて眠るノエルの周りには、残りの小さいぬいぐるみーズが好き勝手に寝転がっている。
居室から運んできた時はちゃんと寝台の上に並べられているのだが、眠ろうとしたノエルが毛布を引っ張るために転がってしまうのである。
その結果として、遊び疲れてそのままごろ寝をしてしまったような状態になるのである。
だがセイジェルが見ているのはノエルと巨大なドラゴンたち。
繰り返される言葉を聞いて、今度はアルフォンソが答える。
「それはよろしゅうございました。
わたくしたちも考えた甲斐があったというものでございます」
「リンデルト卿家令嬢の側仕えたちの話では、姫はこれを見て大変驚いていたそうです」
「大きさもですが、こうやって並べるとなかなかのインパクトがございます」
「なるほど、なかなか面白い買い物だったようだ」
続くヘルツェン、クレージュの言葉に満足げに返したセイジェルは、一度言葉を切り、少しばかり口調を改めて言葉を継ぐ。
「特に中央宮を黒で表現するのは面白い。
わたしにもその発想はなかった」
以前にもセイジェルは、自身の側仕えたちと黒曜石について話したことがある。
元々セイジェルは 【黒曜石】 という言葉を希少種と解釈していたが、それはセイジェルに教えた祖父である先々代領主ヴィルール・クラカラインがそう話していたからである。
そのヴィルールに 【黒曜石】 という言葉を教えたのは、三兄弟の中で唯一の魔術師だった弟のヴィルマール・クラカラインと推測されるが、かなりの高齢であるにもかかわらず未だ所在が掴めていない。
神官でありながらその身分をいいことに好き勝手に移動をしているためで、おかげでセイジェルもまだ詳しい話を聞けないままである。
だから 【黒曜石】 が黒の聖女を指す言葉ではないかというのは、あくまでもセイジェルの推測である。
白の聖女には水晶、赤の聖女には紅玉、青の聖女には藍玉、そして緑の聖女には翠玉。
白の領地、赤の領地、青の領地、緑の領地、この四つの領地が接する唯一の場所、そこに建つ中央宮にて日々祈りを捧げている、通称 【円環の四聖女】 に宝石の呼び名があるように、【円環の聖女】 にも呼び名があったのではないか?
もしそれが黒曜石ならば、黒の聖女が 【円環の聖女】 となる。
そう考えるセイジェルに、アルフォンソたちは 「面白い構図」 を見せたのである。
ただ後日になってセイジェルはこの考えを訂正している。
中央宮の成り立ちは周知だが、【円環の聖女】 の正体については未だ不明のまま。
だがセイジェルは 【円環の聖女】 に黒曜石という呼称があったから、中央宮でその代わりを務める 【円環の四聖女】 にも呼称が付けられたのではないか……と。
つまり逆ではないかと考えたのである。
この話にアルフォンソたち五人も 「なるほど」 と納得していたけれど、もちろん確証はない。
他に疑問も残る。
「様々な色を混ぜると最終的には黒になると申しますが、加護が混ざるならば領地境に反発は起らないはず」
五人の誰が言ったかはわからない。
それこそ言った本人も覚えていないかもしれないが、加護が混ざることで中和されるのなら領地境に反発は起らず、そこに瘴気も魔物も湧くことはない。
だが現実に瘴気も魔物も湧いているのである。
確かに辻褄が合わない。
この話をした時はヴィッターもいて六人で話していたが、今はセイジェルも含めて五人である。
六人目としてこの部屋の主人であるノエルもいるが、すっかり寝入っていて目を覚す気配はない。
だが万が一にも話を聞かれても問題はないのだろう。
それに、最初はセイジェルの部屋でしていたこの話を、わざわざノエルの部屋に場所を移したのには理由があった。
「ですがそうなりますと姫は魔術師ということになりますが、黒の魔力というのはどういったものになりましょう?」
これも五人の誰が言ったかわからない。
やはり言った本人も覚えていないかもしれないが、同じ日に誰かが言った言葉である。
黒の魔力とはどういったものなのか?
そのことを話すため、場所をわざわざノエルの部屋に移したのである。
「全ての加護が交わる場所、中央宮……さしずめ黒の城とでも言ったところか」
「旦那様も面白いことをおっしゃる」
思案しながら話すセイジェルはわりと真面目なのだが、相槌を打つヘルツェンは楽しそうに笑っている。
だが実際はさして面白いと思っていないのだろう。
そこに 「つまり……」 と言葉を継ぐクレージュ。
「だから姫は緑の魔力を操れる……ということでしょうか?」
先日の温室でのことを言っているのだろう。
もちろんその日のうちにセイジェルには報告してある。
だがあの日から十日も経った今夜、わざわざノエルの部屋に場所を移して話し出したのはさらなる報告があったからである。
本題を切り出されたセイジェルはノエルが眠る寝台にゆっくりと腰を掛け、その枕元に飾られた花を見る。
「これがその花か」
「そのようでございますね」
ウルリヒの相槌を聞きながらセイジェルはそっと花に触れてみる。
長い指先で触れた花びらにも、葉にも、茎にも、特に違和感はない。
少なくともセイジェルにはそう感じられた。
だがアルフォンソは言う。
「リンデルト卿家令嬢の側仕えの話では、この花が生けられたのは十日ほど前。
今の季節、温室から出せばすぐに枯れてしまうことがほとんどですが、この状態です」
「今はまだそれほど温度差はありませんが長くは保ちません。
それが生けられた日と変わらないというのです」
アルフォンソとウルリヒの話を聞き終えたセイジェルは 「なるほど」 と相槌を打つ。
「今朝生けたと言われても疑わないな」
アルフォンソとウルリヒはミラーカの側仕えから話を聞いたあと自分の目で確かめているが、まだだったヘルツェンとクレージュも、少し離れたところから花瓶の花を見て 「確かに」 とか 「そうでございますね」 と同意する。
だがアルフォンソとウルリヒには意見をする。
「ですが温室で感じたあの気配はありませんね」
「この部屋にもあるかと思ったのですが……」
するとアルフォンソとウルリヒも返す。
「話を聞いたあと、わたしたちも温室に行ってみましたがなにも感じませんでした」
「わざわざ不快な思いをしに行ったというのに、無駄足を踏まされましたよ」
少しいじけるような素振りすら見せる二人だが、言われたヘルツェンとクレージュは 「わざとらしい」 と白けた様子を見せる。
「その話もしたはずです、わたしたちが見ているあいだに消えてしまったと」
「完全にではなく、うっすらと気配は残っていましたが……」
それもこの十日のうちに完全に消失。
まるで何事もなかったかのように以前の温室に戻っているという。
温室を含めた広大な庭を管理するためクラカライン家には何人かの庭師や下男がいるが、その全員が魔術師ではなく、魔力についても知らない。
知っていたとしてもせいぜい一般に知られている程度の知識と思われるが、そもそも今回問題にされているのは緑の魔力である。
庭師に魔術師がいたとしても白の魔術師であるため、ミラーカのようになにも感じない可能性が高い。
だから今回の件についてなにも説明されていないが、あとで見に行ったというアルフォンソとウルリヒも……あるいは今はいない留守番のヴィッターも含めた三人で行ったのかもしれないが、わざわざ野次馬をしに行っただけではない。
いや、野次馬をしに行ったのだが、野次馬のためだけに足を運んだわけではない。
その後の様子を確認するためである。
そして今後、なにかしら温室の植物に変化があるかもしれないことを考え、庭師に変わったことがあれば報告するように言い付けにいったのである。
庭師たちにとって同じ使用人とはいえ、アルフォンソたちが主人の側仕えをしているのはただの暇潰し。
つまり仮の姿で、本来は領主お抱えの魔術師であることは屋敷の使用人なら誰でも知っていることである。
五人は薬物も扱うため普段から温室に足を運んでいるが、やはり庭師ほど温室の状態に詳しくない。
そこで毎日様子を見ている庭師なら些細な変化にも気づくだろうと考えたのである。
言いつけを聞いて庭師たちは、温室で魔術師たちがなにかしらの実験をしたのではないか……と疑ったかもしれないが、五人がそんなことを気にするはずもない。
その不安や疑惑をマディン、あるいは彼の片腕であるノルに相談するのがせいぜいだからである。
もちろん悪さを企んでいれば、マディンからセイジェルの耳に入り五人はセイジェルから叱られることになるが、今回の件で叱られることはないだろう。
ちなみにヘルツェンとクレージュには 「うつけ」 呼ばわりされたミラーカだが、白の魔術師としてはかなり上位に位置する魔術師である。
それは母親が名門アスウェル卿家出身の上級魔術師だからではなく、婚約者がアスウェル卿家の公子だからでもない。
彼女自身がかなり強力な魔力を持つ魔術師だからである。
そんな彼女ですら温室の異変に気づかなかったのは、やはり経験の差だろう。
そしてここにも差がある。
わざわざ温室まで足を運んだのに、すっかり痕跡が消えてしまっていたことに文句を言うアルフォンソとウルリヒだが、言われたヘルツェンとクレージュも言い返す。
「わたくしたちだって、てっきり姫の部屋にあの不快感が残っていると思っていたのに……」
「まー……ったくなにも残っていないではありませんか。
なんてつまらない」
これに対してアルフォンソとウルリヒは、ミラーカの側仕えから話を聞いて様子を見に来た時からなにもなかったと返す。
そしてそのこともすでに話しているはずだとも言い返す。
すると今度はそれに対してヘルツェンとクレージュがわざとらしいことを言い出す。
「少しは楽しみにしていたのです」
「わずかな痕跡でも残っていればと思いましたのに」
「わたしたちが最初に見た時からなにもないと言っているのに」
「あなたたちのほうこそわざとらしいと言いますか、しつこいと言いますか」
相変わらず仲がいいのか悪いのかわからない側仕えたちのくだらないやり取りを、聞くともなしに聞いていたセイジェルが、ノエルが眠る寝台に腰を下ろしたままひっそりと声を漏らす。
「ほう」
「旦那様?」
「なにか?」
耳聡く聞きつけた四人の側仕えを代表するように、ウルリヒとヘルツェンが声を上げる。
だがセイジェルはその問い掛けには答えず、無言のまま四人の側仕えの顔を順に見る。
そして四人目のクレージュを見ると、その目はそのまま別の場所を見る。
寝室の天井を見たり、壁を見たり。
はたまたカーテンで遮られた向こう側を透かし見るように、ゆっくりと部屋中を巡る。
焦らされた四人が面白くなさそうな顔をする中、ようやくのことで答える。
「……そうか、そなたたちにもこれはわからぬか」
「これ?」
「これとはなんでございましょう?」
今度はアルフォンソとクレージュが尋ねる。
「とても希薄……いや、薄い霞のようなものが部屋中に散見しているような……」
「旦那様?」
「おっしゃる意味がよくわかりません」
「出来ましたらもう少し具体的にお話しくださいませ」
「具体的に……それが出来るならそうしているところだが……」
セイジェルは側仕えたちの要望に苦笑を浮かべる。
とても言葉にして表現することが難しい、そういうことらしい。
「それはつまり……」
「旦那様にはあの不快な感覚がおわかりになると?」
「今もこの部屋に緑の魔力があるということでございましょうか?」
「わたくしどもには全くわかりませんが……」
珍しく戸惑ったような表情を見合わせる四人の側仕えたち。
そんな彼らを見てセイジェルは整った顔に薄く笑みを浮かべる。
「そうか、やはりわからぬのだな」
セイジェルが呟くように言った次の瞬間、その意味を理解した四人の側仕えたちの表情が変わる。
「……わかるのですか?」
「まさか……」
「本当に今もここに?」
「全くわからない」
口々に短く呟いた四人は顔を見合わせる。
そしてまた口々に言い合う。
「さすがクラカラインの魔術師です」
「なぜ?」
「確かにわたしたちとは魔力差がありますが……」
「ああ、旦那様を切り刻んで究明したい」
「クレージュ、切り刻まれたいのか?」
ついうっかり本音を漏らしたクレージュは、返されたセイジェルの言葉にも 「それはそれで本望でございます」 などと笑いながら答える。
当然アルフォンソたちから 「抜け駆けは許しません」 などといったことを言われるのだが、始まりかけたいつもの三文芝居を無言のセイジェルが手を上げて制する。
「……ただ、これが緑なのか黒なのか」
「緑の魔術師と対峙したご経験は?」
「魔術師団に緑の魔術師がいる。
だが黒がわからないからな」
他の三つの領地ではないことだが、白の領地の魔術師団は白の魔術師以外にも所属することが許されており、数は白の魔術師に比べて圧倒的に少ないものの緑の魔術師もいる。
その緑の魔術師の協力を得て、経験として緑の魔力に触れたことのあるセイジェルは、今、自身の周囲を漂っている残滓のような魔力が緑であることはわかる。
では黒の魔力とは?
緑の魔力と黒の魔力は同じものなのか、あるいは黒の魔力といったものはなく、ノエルはただの緑の魔術師なのか。
そこがわからないと話すセイジェルに四人も 「なるほど」 とか 「確かに」 と頷く。
「そもそも姫は魔術……いえ、魔力についての基礎知識をお持ちではないはず」
「その状態で検証をするのも少し危険ではございますね」
「難しいでしょう」
「ですが緑の魔力を操っておられる」
このまま放置するのは危険ではないかと指摘されるが、セイジェルもなにも考えていないわけではない。
だが領主である彼にも思い通りにならないことがある。
「そのことでルクスを召喚しているのだが、どうやら逃げ回っているらしい」
【ラクロワ卿家公子ルクスの呟き】
「もちろん領主の召喚はわかっております。
わかっておりますが、わたくしも忙しいのです。
先日は、その……いえ、決してそのようなことは……わたくしも城へ上がるつもりだったのですが、どうしても外せぬ急用が入りまして、それで……。
わかっております。
もちろんわかっております。
ですが今日も都合がございまして、三日後にでも……」