79 光の柱 ー ピラール ー (1)
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セイジェルにぬいぐるみを買ってもらって大喜びのノエル。
その表情などに変化がみられるようになるが、他にも・・・
しろちゃん、ももちゃん、あおちゃん、みどりちゃん。
そう名付けた四体のぬいぐるみーズをもらってから、ノエルは機嫌良く過ごすことが多くなった。
とても楽しそうで、あまり見せることのなかった表情が見られるようになった。
それ以上によく話すようになった。
まだまだ言葉はぎこちなく片言で疑問形を表現出来ないが、自分から話し掛けることが格段に多くなったのである。
体調だけは相変わらずだが……。
機嫌良く過ごすことが多くなったとはいえ、突然食欲が増すわけでもなければ体力が増すわけでもなくい。
顔色は悪く、痩せ細った体は相変わらず骨に皮が張り付いたまま。
それでも少しずつ表情は出てきた。
相変わらず何を考えているのかはわからないし、会話も行き違いが多い。
だが本人はとても楽しそうに過ごしている。
もちろんそれはとても喜ばしいことだしミラーカも嬉しかったが、その切っ掛けになったぬいぐるみーズを買い与えたのがセイジェルであることが気に入らない。
おそらくセイジェルにそんなつもりはなかったはずだが、ミラーカには出し抜かれたような気がして腹立たしいのである。
だから考えたのである。
なにか挽回を!
そう張り切った彼女はあることを思いつき、行動に移すことにする。
この日も朝から機嫌良く部屋で過ごしていたノエルだが、昼食代わりにパンと温かいミルクを少しばかり口にすると眠気を覚えたらしい。
ソファにすわり、抱えていたももちゃんを抱き枕代わりにうつらうつらし始めたので、急いで着替えをさせて寝台に休ませると、いつものように息を吸うように眠りに落ちる。
それを待ってミラーカは行動に移す。
とは言ってもすでに準備はほぼ出来ていた。
元々ノエルに部屋に花台はあり、その上に飾りとして空の花瓶も置かれていたのだが、マディンが用意していた元側仕えたちが横領。
他にも色々と横領していた彼女たちは、衣類や小物などはさっさと売り払っていたが、さすがに花瓶や絵などの調度品は大きすぎて、屋敷内での持ち運びはともかく、屋敷の外に持ち出すことは難しかったらしい。
所業が露呈して身柄を取り押さえられた彼女たちの部屋を探すと、それらの品々が出てきたという。
だがその後、改めて絵画を飾り直したり、賑やかし代わりの空の花瓶が飾られることはなかった。
女主人のいない屋敷ではそういった気配りに欠けることはよくあり、クラカライン屋敷も例に漏れなかったのである。
そこでミラーカは、マディンに言って改めて花瓶を用意した。
以前に用意されていた花瓶は賑やかしになる大きくて華のある高価な物だったが、ミラーカが選んだのは小振りで、絵柄も形も可愛らしい物である。
白の領地は白の季節も二番目の月に入り、木々は色づき草は枯れつつある。
だがクラカライン屋敷に大きな温室があったことを思い出した彼女は、マディンに命じて庭師に花を用意させたのである。
すでに花瓶に生けられた状態で別室に用意してあったものを、ノエルが眠るのを待って部屋に運び入れる。
それだけで準備が整う上、ミラーカはタイミングを指示するだけで実際に運び入れるのはクラカライン屋敷の下働きたち。
手持ち無沙汰のミラーカは、花を整える振りをしたり、眠るノエルの様子を見に行ったりと落ち着かない。
あまりにもそわそわと落ち着かないので、見かねたジョアンがお茶を用意した。
調子の悪い日はこのまま翌日まで眠り続けるノエルだが、この日はただ眠かっただけらしい。
おそらく朝からはしゃぎすぎたのだろう。
それで体力切れを起こして眠ってしまっただけなので、数時間後に目を覚したのだが、眠る前にはなかった花を枕元に見つけて驚いていた。
「姫様、お目覚めですか?」
待ちわびていたミラーカがワクワクしながら声を掛けると、ノエルは寝台の上で、ももちゃんを大事そうにかかえてすわりこんでいた。
「……ミラーカさま、はな!」
「ええ、お花ですわ。
綺麗でしょう?」
「はな、きれい……はな……」
言葉を繰り返しているうちになにかに気づいたらしいノエルは、何度か花とミラーカを交互に見ていたが、やがて大きく首を傾げる。
細い首が折れてしまうのではないかと心配になるほど大きく首を傾げるノエルに、ミラーカは戸惑いながら尋ねる。
「どうかなさいましたか?」
「はな……」
「この花はお気に召しませんでしたか?」
本当ならミラーカが自分で温室まで行って花を選びたかったのだが、ノエルを驚かそうと企んだので花選びはマディンと庭師に任せ、ミラーカはいつもどおりノエルと一緒に過ごしていたのである。
だがやはり自分で選びに行けばよかった……と思い後悔するが、ノエルが言いたかったことは全く違うことだった。
「はな、もうない」
「もうない?
……ああ、白の季節ですものね。
確かに緑の季節や赤の季節ほど種類はありませんわね」
しかしノエルは首を横に振る。
「しろ、しろ。
はな、ないよ」
ノエルももどかしいのかもしれない。
たどたどしい言葉で首を振りながら必死に訴える。
「……あ……ああ、そういう意味ですか。
確か、以前にお話ししましたわね」
赤の領地に比べて白の領地は早く草木が枯れてしまうから、穀物の収穫期も早い。
だから領主であるセイジェルも執政官のセルジュもこの時期は忙しい。
少し前にそんな話をしたことを思い出したミラーカは、ようやくのことでノエルが言いたかったことを理解する。
「実はこのクラカライン屋敷には温室があって、そこに沢山の花がまだ咲いているのです。
どうしても種類は限られてしまいますけれど、リンデルト卿家屋敷に比べれば全然多いですわね」
「おんしつ」
「ええ、温室です。
行ってみたいですか?」
「いく」
「では明日の朝、閣下に訊いてみましょう。
お許しが出たら、食事のあと散歩代わりに行ってみましょう」
屋敷の中なら、セイジェルの書斎や図書室などいくつかの場所を除いて好きに過ごしていいと言われているが、温室に入る許可は得ていない。
おそらくノエルが行きたいと言えばセイジェルはすぐ許可するだろうが、ここはクラカライン屋敷である。
当主の許可が万事に於いて必要となる。
少しくらい勝手をしてもノエルは怒られないが、ミラーカは怒られるのである。
なにかしら処分を受けるわけではなく小言を言われる程度だが、ミラーカはその嫌味を聞くのが嫌なのである。
「ももちゃん、はな、きれい」
今すぐ行きたいと駄々をこねられるかと少し心配したミラーカだが、ノエルは 「わかった、あした、いく」 とすぐに納得してくれた。
そして花瓶の花を眺めながら、抱えたももちゃんに話し掛けている。
行けると信じて疑わないノエルの期待に応えるべく、翌朝、食事室で顔を合わせたセイジェルにミラーカが 「閣下、お願いがございますの」 と話を切り出すと、セイジェルはあっけないほど簡単に許可を出す。
「好きにしなさい。
マディン」
「かしこまりました。
庭師に言い付けておきます」
食事室の入り口近くに控えていたマディンが、セイジェルに軽く頭を下げながら答える。
おそらく庭師に温室を案内をさせるのではなく、道具などを片付けておけということだろう。
普段、温室には使用人しか行かないので、多少は散らかっているのかもしれない。
他にもアルフォンソたちが調薬に使う植物も温室で育てているものがあるため、あらかじめ近づけないようにしておく必要があるのかもしれない。
「あのね、あのね、ノエル、はな、みる。
あのね、みどりちゃんとみる」
「そうか」
すでに朝食の席にみどりちゃんを連れてきていたノエルは、食事の手を止めて隣にすわるみどりちゃんを見る。
もちろんぬいぐるみであるみどりちゃんはなにも答えないけれど、それでもノエルはひどく楽しげで、満足げである。
だがセイジェルはその様子を見ることなく答える。
そんなセイジェルにミラーカは文句を言いたかったが、隣にすわるセルジュに 「諦めろ」 と言われて言葉を飲み込んだ。
食事のあとはいつものように、公務のため公邸へ向かうセイジェルとセルジュ。
その身支度をするためそれぞれの部屋に二人が引き取ると、ミラーカは早速ノエルを連れて温室に向かったのだが、食事室で話している時はなにも言わなかった二人組が付いてくる。
今日のセイジェルのお伴をしていた側仕えのヘルツェンとクレージュである。
いつもならセイジェルと一緒に部屋に戻り着替えなどを手伝うのだが、この日は、ノエルたちが食事室から直接温室を見に行くと知り、そのまま付いて来たのである。
セイジェルの側仕えは他にも三人いるから問題はない。
二人がノエルに付いていくと断わりを入れると、セイジェルはいつものように素っ気なく 「わかった」 とだけ。
食事室からはマディンが部屋までセイジェルのお伴をし、セイジェルの許しを得たヘルツェンとクレージュはノエルとミラーカについて温室にやってきたのである。
「なか、みえる」
初めて見る硝子張りの温室はノエルの目に奇妙に映ったらしい。
驚いたように声を上げる。
その細い背をミラーカに押されるように中に入ると、やはり驚く。
「くさ、いっぱい。
いっぱいある」
「草ではなく植物ですわ」
中には花の咲かない植物もあるのだが、ノエルがあまりにも率直に 「草」 と言ってしまったのでミラーカは呆気にとられる。
もちろん草もあるのだが、いわゆる雑草ではなく薬草である。
それをノエルに説明するのは躊躇われたため、ミラーカは 「植物」 と訂正する。
だが聞いていないノエルは、抱えたみどりちゃんを一番近くにある植物に近づけて、目線の高さを合わせて一緒に見る。
そして話し掛ける。
「みどりちゃん、くさ、いっぱい」
「姫様、お花も咲いておりますよ。
あちらにいっぱい、綺麗ですよ」
放っておけばいつまでも同じ植物を見ているノエルを、ミラーカが声を掛けて奥へと誘導する。
その様子を少し離れて見ていたヘルツェンとクレージュは、最初はつまらなそうな顔をしていたが、しばらくしてなにかに気がついて眉をひそめる。
そして互いに顔を見合わせて視線を交わす。
だがなにも言わず、再び視線をノエルとミラーカに戻す。
またしばらくのあいだ、楽しそうに温室の植物を見て回っているノエルたちの背中を見ていたが、やがてクレージュが先に口を開く。
「……ひどく不快な気配です」
なにかを、あるいは誰かを探すように、周囲に視線を巡らせながら呟く。
するとヘルツェンも返す。
「確かに。
この気配には覚えがあります」
「ええ。
以前、緑の魔術師と対峙した時」
「ああ、あの時の……確かに、あの時の感じに似ていますね」
「つまりこの感じは……今この時、この場で緑の魔力が動いている」
「もっと言えば、この場に緑の魔術師がいる」
「緑の魔力を扱えるのは緑の魔術師だけです。
ですが……」
ひっそりと言葉を交わした二人は、無言のまま視線をノエルの背中に向ける。
全く気づいていないノエルは、同じく全く気づいていないミラーカに促されるまま花を見て楽しんでいる。
なにを言っているかまではわからないが、しきりに抱えたみどりちゃんに話し掛けているのがわかる。
「……ですが、なぜ緑なのでしょう?」
「わたしは、同じ白の魔術師でありながら、全く気づいていないあのうつけのほうが気になります」
クレージュの指摘に、ヘルツェンは 「ああ」 と呟いて薄く笑みを浮かべる。
そしてひっそりと呟く。
「実戦経験の差では?
以前は神殿にいたと聞きますから魔物討伐には行ったことがあるとしても、おそらく対人戦は未経験」
「なるほど、緑の魔力とも未接触というわけですか。
……いえ、それでも愚鈍すぎませんか?
確かに極めて希薄な気配ではありますが、この居心地の悪さは……」
「ほら、神官だったくせに青灰狼の記録についてもうろ覚えだった程度です。
所詮リンデルト卿家は脳筋なのでは?」
「システア夫人はとても有能な神官でいらっしゃったようですが……恐るべし赤の血」
「赤の血……」
話の流れで出てきた 「赤の血」 だろうが、それを聞いたクレージュの耳に留まる。
「どうかしましたか?」
「確か、姫も赤の血を引いておられるはず」
「そういえばクラウス様の奥方は赤の領地の方でしたね」
だがここでノエルまで脳筋扱いにならないのは、脳筋とは掛け離れた容貌のせいだろう。
筋肉はおろか、脂肪すらついていないのだから。
「奥方の身元には少々思うところがおありのご様子」
「身元の調査を考えておられるようですが、運悪くリンデルト卿がご不在で保留になっているはずです」
「ああ、そういえば」
「いずれにせよ、これは旦那様にご報告案件ですね」
「姫を切り刻んで究明してみたいところではありますが……」
「首を飛ばされますよ」
「やっぱり?」
「間違いなく」
【ラクロワ卿家公子ルクスの呟き②】
「セイジェ……いえ、その、領主の召喚ですか?
今日はまだ用事が残っておりますので……そうですね、三日後に参ります。
なにぶんわたくしも多忙でございますので……今日はちょっと都合が……いえ、まだ用事が……その、ですから今日は都合が………………わかりました。
これからお伺いいたします」