33 荒野へ (2)
PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告&いいね、ありがとうございます!!
荒野を跋扈する獣を退治するため、騎士団の派遣を約束して村を発った一行。
村長の忠告に従って進路を変え、東の街道を目指して再び荒野に馬を走らせるが・・・・・・
「どうか、あなた方の旅路によき風が吹きますように」
出立するアーガンたちを見送る村人たち。
その旅路の無事を祈って掛けられる村長の言葉に、セルジュが返すのは……
「alu……我らを守りし大いなる風よ、あまねく照らす光よ、その御心に願う。
大空を行く風よ、その御心は常に自由で在り、また我らと共に在る。
偉大なる光よ、その御心は常に温かく、我らを照らすもの。
御心に願い奉るは、この村と村人たちの安寧。
その祝福をもって邪を祓い、風の大地と光の子らに大いなる加護を」
セルジュの足下に展開する魔法陣。
周囲からその両手のあいだに集まる光の粒は球となり、それを彼が掲げると、吹く風に、球体を構成する光が再び粒に戻り、風に乗って村人や家々、そして広い畑へと降り注ぐ。
豊かに実る穂から、まるで金色の粉が舞い上がるような光景に、一足先に馬上に抱え上げられたノエルは 「アーガンさま、きれい」 と表情をほころばせる。
そして頬を撫でるサラリとした風に、ふと思い出す。
「あっあ……あの、ねっ、アーガンさま」
「どうした?」
「あのねっ、あっ……お……んっと」
「大丈夫だ、ゆっくり話せ」
「あのねっ、おとうさんも、ふいてた。
ときどき、ふいてた」
「そうか」
言いたい気持ちが逸って上手く言葉が出てこないノエルだが、なんとか伝えられてホッとする。
のんびりと相槌を打つアーガンはその意味を、この時にもう少し詳しく聞きだしておけばよかったのかもしれない。
けれどあたりに吹く金色の風と相まって、足りないノエルの言葉を勝手に補足してしまう。
おそらく白の魔術師だったクラウスも、暑い日にはその魔力を使い、あの赤の領地の村に風を吹かせて涼んだのだろう、と……。
そしてノエルはこの風にその時のことを、あるいはクラウス父親のことを思い出したのではないか、と。
だがこの風にノエルが父親のことを思い出したのはその通りだが、決定的なあることが欠けていたのである。
決してノエルも隠していたわけではない。
訊かれなかったから話さなかっただけで、話す必要があるかどうかもわからなかった。
むしろ、そんなことなど考えもしなかった。
それにもし、この時にアーガンがもう少し詳しいことをノエルから聞きだしていたとしても、来る事態は防げなかったかもしれない。
なぜならそれは密かに、だが確実に彼らに迫っていたから。
村を発った一行は村長の助言に従い、当初予定していた進路を大きく東に変更し、荒野に馬を走らせる。
風向きなどを考慮して選んだ岩場近くには、幸いにして獣の巣はなく、夕暮れを待たずに野営の準備を始める。
昨夜の野営地よりさらに草木の少ない荒野で、焚き火の燃料にする枯れ木や枯れ葉、枯れ草を探すのは大変だったが、日が暮れるまでにはなんとか集めることが出来た。
もちろん点火役はアーガンである。
くべる物が少なく火は小さいけれど、囲んで摂るこの夜の食事は昨日より少しばかり豪華なものだった。
なにかしらのトラブルではぐれた時に備え、食事はそれぞれで所持。
もちろん水も。
ノエルもアーガンから干し肉とパン、それに水筒を渡されており、いつものように肩から提げている鞄から取り出す。
すると当たり前のようにアーガンが干し肉を取り上げて千切るのだが、この夜は千切った干し肉を、半分に割ったパンに挟み込んでノエルに手渡す。
差し出される半分のパンを小さな両手に受け取ったノエルは、不器用に挟み込まれた干し肉をじっと見ていたが、アーガンを含めた他の者たちも同じように食べるのを見て、小さな口をいっぱいに開いてかぶりつく。
「腹一杯になれば残していいからな」
もちろんノエルが足りないといえば、アーガンはもう半分にも干し肉を挟んで渡してくれるだろう。
「水も飲んでいいが、明日の夕刻まで水筒にある分だけで過ごす」
「すこしずつのむ」
「そうだ」
「隊長、話し掛けたら食べる手が止まりますよ」
隣にすわるノエルの返事を褒めるアーガンだが、イエルに窘められる。
そのイエルも、手持ちの食糧を全て食べきってしまいそうなセスにも注意をしなければならず、なかなかに忙しい。
そんな中、昨夜に続き、日頃口数の少ないファウスが自分から口を開く。
「公子、昼間は勝手をして申し訳ございませんでした」
すぐにはなんの話かわからず、アーガンやイエルは怪訝な顔をしてしまったが、当のセルジュはわかっているらしい。
しかも怒る様子はない。
「なかなか効果的な演出になった。
思った以上の成果があっただろう」
「ありがとうございます」
それだけの会話だったが、アーガンとイエルはすぐに理解。
だがノエルと同じく理解出来なかったセスが 「なに?」 と隣にすわるイエルに尋ねる。
「昼間、公子が村で祝福を大盤振る舞いされただろう。
あの時にファウスが風を起こして、田畑にまで広げて公子を手伝ったんだよ」
「ファウスって魔術師なの?」
「わたしは違う。
少し魔力があるだけだ」
「ふーん。
でもそんなことして、意味あんの?」
「先日、隊長が話されただろう。
赤の領地で昔、領民の反乱で知事一族が殺されたという話を。
ハウゼン卿のおかげで、このあたり一帯は貴族に対する不信が芽生えている。
こういったことも切っ掛けになり得る。
それを公子は、領主様に代わって払拭するために尽力なされたのだ」
「どんな小さな切っ掛けでも、なる時は大事になる。
芽のうちに摘んでしまうに限るが、必ずしも荒事は必要ない。
領主様も、悪戯に領民を傷つけることは望んでおられぬよ」
ファウスの言葉を補足するイエルに、セスはわかっているのかわかっていないのか?
それこそ 「ふーん」 とよくわからない反応を見せる。
「じゃあ獣狩りの派遣は嘘?」
「領主には必ず派遣していただく」
すでに食事を終え、休む前にノエルが掻きむしりそうなところだけでも……と、服を着たままノエルの手足に保湿の薬を塗ってやりながらアーガンが答えると、一呼吸ほど遅れてセルジュも言う。
「町に着いたら、先に報告だけ送っておく」
部隊の編制などに時間が掛かることを考えれば、先に伝えておいたほうがいいと考えたのだろう。
だが言葉を伝える魔術は、開けた空間では使用が難しい。
だから町に着いて宿をとってから……とセルジュは言うのだが、もちろんこれは嘘ではない。
ただ絶対に出来ないわけではなく、実際、騎士団の派兵に同行する魔術師は、場合によっては立てたつっかえ棒にローブやマントを掛けて簡素な幕屋のようなものを作り、その狭い空間にあぐらを掻いて行なうこともある。
それをセルジュがここでしないのは、報告の内容を、少なくともセスに聞かせたくはないから。
派兵の他に、今朝のノエルのことも報告しておこうと思ったからである。
セスには今回の件の依頼主については話していない。
すでにイエルとファウスは気づいているが、それでもセルジュはもちろん、アーガンも明言はしていないから、おおっぴらにするということは情報の公開をを意味してしまうため、出来ないのである。
「明日は街道に出るまでずっと馬だ。
しっかり休んでおけ」
「アーガンさま、ひざ」
塗り終えた薬を鞄にしまってやったアーガンは、ノエルの肩から毛布を掛けてやる。
するとノエルが昨夜のようにアーガンの膝を枕にしようとしてきたから、アーガンも腕を上げて膝を空けてやる。
だが両手をアーガンの膝に置いたところでノエルはピタリと動きを止める。
そして顔を上げると、アーガンの右手側、なにもない中空を見つめてその表情を強ばらせる。
「どうした?」
「……マーズ」
ぎこちなく動く小さな唇からかすれ声が漏れる。
次の瞬間、全員が一斉に動く。
イエルとセスは剣を手に立ち上がり、ファウスはどこに持っていたのか、槍を手にセルジュの盾になるべくその前に立ちはだかる。
けれど一瞬遅れてセルジュが声を上げる。
「こっちじゃない!」
アーガンの大剣も手元にあった。
けれどそれを抜くことはもちろん、鞘に手を伸ばすこともせず、とっさに右腕でノエルを抱える。
刹那、手首近くから肘にかけて激痛が走る。
「ぐ……っ」
「隊長!」
「アーガン!」
「隊長?」
「誰だっ?」
それぞれが声を上げる中、それまで全く見えていなかった男が姿を現わす。
まずは血糊をつけた刃と、それを握る血しぶきを浴びた腕が。
そこからうっすらと人の影らしきものが見えたと思ったらすぐに消え、またうっすらと、でも一度目よりも濃く影が現われる。
けれど再び消えた……と思ったら、今度は影ではなくはっきりとした姿を現わす。
魔術を使って姿を隠していた男は、未だフードを深く被って顔を隠しているが、その手にはアーガンの右腕を裂いた短剣を握っている。
「隠形か……」
「貴様!」
忌々しげに呟くセルジュの声をかき消したセスは、ためらいなくフードの男に斬り掛かる。
しかしフードの男は、即座に懐からなにかを取り出してセスに投げつける。
拳ほどもある固いなにかを顔面に食らったセスが怯むと、その背後からセスを押しのけるようにイエルが飛び出しフードの男に斬り掛かる。
セスとは違い圧倒的な速さの斬り込みだが、男は遅れることなくその刀身を短剣で受け止める。
だが片手剣と短剣では短剣のほうが不利である。
男は斬り結んだ状態での力勝負を避け、器用に手首を返すように、横に張り出した特徴的な鍔を上手く使ってイエルの剣を弾き返すと、即座に後退して距離をとる。
その背後では、斬られた右腕をだらりと下げたアーガンが立ち上がり、左腕でノエルを抱えて少しでも男と距離をとろうとする。
そこにセルジュとファウスが駆け付ける。
「隊長」
「無事か、アーガン」
「命はな」
掛けられる二人の声にそう応えたアーガンは、フードの男と対峙するイエルとセスに声を掛ける。
「気をつけろ。
そいつは一筋縄じゃいかん。
なにしろ同輩……いや、元同輩だからな」
意味がわからなかったらしいセスは、敵を前にしながら迂闊にもアーガンを振り返り
「どういう意味っすか?」
などと呑気に尋ねる。
それに答えるのは、剣を構え、油断なくフードの男を見ているイエルである。
「さしずめ元騎士ってところだろう」
「元騎士って……」
するとフードの下から見える口元を歪めた男は、慎重にゆっくりと、その顔を隠すフードを脱ぐ。
あの日、村の外れで馬番をしていたイエルとセスは初めて会うが、マイエル家を訪ねたセルジュとファウスは意外な人物との再会に驚きを隠せない。
「お前は確か……」
そう呟いたセルジュは、アーガンが抱えるノエルをちらりと見る。
アーガン同様男の正体に気づいていたノエルだが、目に一杯の涙を溜め、アーガンにしがみついて震えている。
「アーガンさま、ち……ち……いっぱい、いっぱいでてる」
「大丈夫だ、生きてる」
顔中に脂汗を滲ませながらもノエルを気遣うアーガンの目が男を見ると、男は鼻を鳴らして嘲笑を返す。
「余計なことをするからそういう目に遭うんだよ」
「そういうお前こそ、今頃なにをしに来た、ユマーズ・ランベルト」
「なんだ、俺のことを知っていたのか」
【ユマーズ・ランベルトの呟き】
「やっと見つけた……。
まったく、手こずらせやがって。
それは俺の獲物だ、横取りするんじゃねぇ!」