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円環の聖女と黒の秘密  作者: 藤瀬京祥
一章 黒い髪の少女
30/109

28 荒野へ (1)

PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告&いいね、ありがとうございます!!





いよいよ目的地・領都ウィルライトへ向けて出立しようとした一行を呼び止めるアプラ・ハウゼン。

父アロン・ハウゼンが受けた知事の解任予告を知らないまま、町中で騒ぎを起こすが・・・・・・

「……だ、誰が……魔術師だ?

 こんな町中で魔術を使うなんて……」

「そ、そうだ、こんな町中で魔術を使うなんて、ゆ、許されると思うなよ」


 アーガンが気がついた時はまだ地を這うように緩く、表面の埃を舞い上げる程度だった風は見る見るうちに強くなり、地表を削るように膝のあたりまで高く渦を巻き始める。

 そしてごろつきたちの足を切り裂く。

 上がる悲鳴に怯えたアプラ・ハウゼンと貴族と思われる男の言葉に、アーガンが 「お前らがそれをいうのか?」 などと呟いてしまったのも無理のない話。

 こんな町中で騒ぎを起こしたのは彼らなのだから。


 だがノエルが生まれ育った村で、焔を召喚して見せた弟のマーテルに対してアーガンが 「それは魔術ではない」 と言ったように、これもまた魔術ではない。

 赤の魔術師にとって焔の召喚は魔術ではなく、到底魔術師にはなれないと思われるマーテルでも召喚できる初歩中の初歩。

 ただの魔力操作である。

 ある程度赤の魔力を持つ者なら、訓練をすれば出来る程度のこと。


 風の召喚も然り。

 こうやって風を起こす程度のことなら、ある程度の白の魔力を持ち、魔力操作を学べば出来る。

 おそらく焔を召喚するよりも簡単に。

 つまり下位魔術ならば習得できたかも知れないファウスにも出来るのだが、おそらく今、風を操っているのは彼ではない。

 れっきとした白の魔術師であるセルジュだ。


 個人差の大きい共鳴感覚(センシティブ)同様、四つの加護の魔力操作にも難度や個人差がある。

 けれどなにもない空間に焔や水を召喚することを思えば、自身を包む大気を動かすだけの白の魔術は容易と見られがち。

 そのため四つの加護の中でも見下されがちな白の魔力と白の魔術師だが、容易だからこそ、四聖(しせい)の和合以前の時代には驚異的な威力を誇り、今もなお、四つの領地の中でも開けた国境を持つ白の領地(ブランカ)を強固に守り続ける。


 白の領地(ブランカ)は四つの領地の中で最大の軍備を持ち、有事には領主の号令の許、騎士団、及び魔術師団を中心に兵が動く。

 特に魔術師は、魔術師団にも所属せず、神殿に所属する神官でなくても召集される。

 魔術師としての血筋を誇る貴族も例外なく、名門中の名門アスウェル家の嫡子であるセルジュも戦場に立つ。

 だが同じ貴族でありながら魔力を持たないアプラは対象外。

 おそらく一緒にいる貴族とおぼしき男も魔力を持たないのだろう。

 魔術の基礎はともかく、魔力の基本すら知らないと見える二人の発言に、自らの行動を棚に上げた発言と含めて呆れたのはアーガンだけではない。


 同じ魔術師の所在を問うのであれば、仲間のごろつきに狙いを定めて襲わせればいい。

 すでに魔力を操作して風を操っているため近づくのは容易ではないが、魔術師の弱点は詠唱中。

 魔術が発動する前にその首を断つなどしてしまえばいいのだが、知識を持たない二人はそんなことも知らないのだろう。

 よりによって町中で騒ぎを起こすことに非常識を問うとは……。


 もちろんノエルはともかく、アーガンたちがこの状況でセルジュを見ることはない。

 ファウスがそばに控えているとはいえ、みすみすセルジュを危険にさらすわけにもいかないからだが、白の魔術と聞いて自身の後方を見るセス。

 その視線の先にいるセルジュとファウスを見て、ようやくそのことに気づいたアプラが声を上げる。


「ど、どっちだ?

 いや、どっちでもいい!

 ()れ!!」


 手に剣や棒などを持ち、最初こそ勇んでいたごろつきどもだったけれど、仲間の数人を渦巻く風に切られてすっかり(すく)んでしまったらしい。

 それとてせいぜい靴やズボンを切られた程度で、運悪く動いてしまったために足を切られた者とて薄皮一枚。

 痛みはともかく、浅い傷口からの出血など知れている。


 けれど魔術師は決して多くない。

 上位魔術師であれば尚のこと貴族に多く、その貴族が集まる領都ウィルライトはともかく、こんな辺境で一般人がおおっぴらに魔術を目にすることは滅多にない。

 この先に起こることを想像することはおろか、この状況だけで十分するほどに畏怖していた。


「大空を旅して全てを見渡す風よ、大いなる風よ……」


 セルジュの、低く紡がれる言葉の断片を耳にしただけで一人、また一人、そしてまた一人……と逃げ出すごろつきたち。

 おそらく最初の一人が逃げ出せば、その流れを止めることは難しいのだろう。

 いくらアプラが 「おい、お前たち!」 とか 「待て! どこに行く!」 などと声を荒らげてもその足を止めることは出来ず、ほどなく同じ貴族と思われる男までが逃げ出す。


「あ! 貴様、俺を置いて……」


 声を上げながら逃げ出す男の背中とアーガンたち一行を、忙しく交互に見ていたアプラだったが、やがて堪えられなくなったのだろう。

 抜き身の剣を手にしたまま、お決まりの捨て科白を吐いて逃げ出した。


「覚えてろよ!」

「二度と会うこともないだろう。

 覚えていてどうする?」


 去って行くアプラの背中に向かってそんな言葉を呟いたアーガンは、腕の中で身を小さくして恐怖を堪えているノエルを見る。

 下手に暴れたりして、アプラに正体を気づかれなかったのは本当に幸いであった。

 その細い背にそっと手を当てて軽く抱きしめてやる。

 力を込めないのは、指に触れる骨の感触に折ってしまいそうな気がしたからである。


「もう大丈夫だ」

「いない?」

「いなくなった」


 アーガンの返事を聞いて恐る恐る顔を上げたノエルは、最初に背後を。

 それからゆっくりと辺りを見回してホッと息を吐く。


「……いない」

「ああ、もう大丈夫だ。

 開放されている井戸で水を分けてもらったら出立しよう」


 こんなところに長居は無用である。

 ノエルとアーガンの会話に会わせるようにこの場をあとにする一行は、開放されている井戸でそれぞれの水筒を一杯にすると、駅に預けてあった馬を引き取って予定どおりに出立する。


 年中を通して吹く風の影響で荒れ地の多い白の領地(ブランカ)だが、ここ数代にわたる領主の主導で緑地化が進められている。

 暗君と陰口をたたかれた先代領主の時代には停滞したこともあったが、現領主に代わってから数年。

 再び始まった緑地化政策は、選ぶ植物と土壌の相性がよかったこともあったのか、特にこの南部で進んでいるが、それでも白の領地(ブランカ)全土に植樹することは出来ない。

 風の通り道が必要だからである。


 白の領地(ブランカ)は年中吹く風によって瘴気を払い、火を斥け、水を流す。

 そうして守られてきた土地である。

 完全にその通り道を塞ぐことは出来ない。

 ましてその領土の大半を占める荒野を緑地化するには、計り知れない労力と時間を必要とする。

 だが緑地化が進めばさらに農作物の収穫が増え、貯水機能も上がって乾期の水不足に苦しめられることも少なくなる。

 また雨期の水害を抑えることも出来る。

 風の通り道の確保に、植樹された若木の生長に掛かる時間など。

 政策の立案当時から、歴代領主は数多の問題に腰を据えて推し進めてきたのである。


 そんな土地柄のため町を出ると極端に緑が減り、景色が荒涼となる。

 それでもアーガンが前にすわらせたノエルに説明したところでは、まだ序の口。

 これより先、もっと馬を進めれば本当の荒野が出てくるという。


 セスとアプラのせいで遅れた予定を取り戻すべく、この日は夕方、日暮れ近くまでほとんど休むことなく馬を走らせ、おおよその予定地で野営をするための岩場を探す。

 風除けと、荒野を徘徊する獣から身を隠すためである。


「ここでいいだろう」


 場所の選定をするアーガンがそう言うと、さすがに疲れたらしいセルジュはその場にどっかりとすわりこむ。

 その様子にアーガンだけは苦笑いを浮かべたが、休んでいる暇はない。

 日が暮れる前にしておかなければならないことがある。

 セルジュの護衛と、馬と荷物の番をファウスに任せ、アーガンはイエルとセスとともに周辺で、枯れ草や、風に飛ばされてきたであろう枯れ葉や枯れ枝を拾い集める。

 焚き火のためである。


 ノエルにはセルジュと一緒に休んでいていいと言ったのだが、初めて見る荒涼とした景色に不安を覚えるのか。

 恐る恐るアーガンのマントの裾を、小さな手で掴んで離れようとしない。

 もちろんもう一方の手では肩から提げた鞄を、携帯用の毛布と一緒に抱えて持っている。

 だがアーガンたちがなにをしているかわかると、自分もやらなければと思い、手を離して、見つけた枯れ草をむしり、落ち葉や枯れ枝を拾い集め始める。


「セス!」


 セスを恐れるノエルは、言われなくてもアーガンの側を離れない。

 でもセスはそれが気に入らなかったらしい。

 アーガンが声を上げたのは、そんなセスがいきなり拾った小石をノエルに投げつけたからである。

 幸い当たったのは服の上からで怪我などなかったが、いつものように逃げようとしたノエルは、右も左もわからない初めての場所に戸惑う。

 すかさず捕まえたアーガンが、「大丈夫だ」 と声を掛けて宥めながらセスを叱ったのである。

 三人とは少し離れたところで、同じように焚き火の燃料を拾っていたイエルが慌てて駆け付けると、握った拳を問答無用でセスの頭に落とす。


「お前、いい加減にしろよ」

「だってこいつ見てると苛つくんだよ!」

「だったら離れていればいいだろう。

 どうしてわざわざ近づいていくんだ、お前は。

 こっちに来い!」

「いて!

 ちょ、痛いって、放せよイエル!」

「ガキみたいなことばかりしやがって」


 問答無用でもう一つ拳を落としたイエルは、セスの襟首を掴んで引き摺るようにアーガンたちから離れる。

 引き摺られるセスは 「うるせぇ!」 などと声を荒らげていたが、二人が離れてゆく様子を見ていたアーガンは小さく息を吐く。


「アーガンさま?」


 その遥か眼下から掛けられるノエルの細い声に、アーガンは苦笑を浮かべる。


「すまんな。

 もう少しだけ我慢してくれ、こんなところに置き去りにするわけにもいかんからな。

 城に着いたら騎士団で厳正に処分を下す。

 もちろん閣下に告げ口してくれてもかまわん」


 ぼんやりとした表情で見上げるノエルが、一呼吸ほど置いてなにか言おうとした矢先、セスを連れて行ったイエルが声を上げる。


「隊長も、手が止まっていますよ。

 日没が早くなっていますから、さっさと集めてください」


 それこそ足りなければ一晩中、焚き火の代わりに獣除けの火を灯してくれとまで言われたのは、アーガンが赤の魔術師だからだろう。

 実際、イエルの言うとおり辺りはすでに暗くなり始めている。


「いかんいかん。

 さっさと拾い集めてしまおう」

「わかった」


 さすがに一晩中……の話はなしになったが、それでも獣除けと少しでも暖を取るための焚き火を灯すのは、赤の魔術師のアーガンの役目である。

 準備を整えたイエルに


「お願いします」


 そう笑顔で頼まれると、嫌な顔もせず速やかに焔を召喚。

 易々と積み上げた枯れ枝や枯れ草に着火させる。

 赤の魔力で召喚した焔は魔力を注ぐことをやめると簡単に消失するが、なにかに着火すると魔力は必要なくなる。

 そうして灯る焔は決して大きくないけれど、少し離れて手をかざすノエルは、隣にすわるアーガンを見てわずかに表情をほころばせる。


「アーガンさま、あったかい」

「そうか、よかった。

 こういうな、平和的な利用ならいくらでもかまわんさ。

 俺たち魔術師は、魔術を人の生活に役立てることを望んでいる。

 加護とは本来そうあるべきなのだ、色に関係なく」

「かご……」


 冷えないように、携帯用の毛布をノエルの肩に掛けてやりながら話すアーガン。

 傍らではイエルやファウスが食事の用意をしている……といっても、水はそれぞれが水筒に持ち、配られるのはわずかばかりの干し肉である。

 ノエルが噛み切れないことはすでに学習済みのアーガンは、イエルから渡されるノエルの分を預かり、自分の分を食い千切るように食べながら、ノエルの分を小分けにして少しずつ渡してやる。


「この国に限らず魔術師はいるが、おそらくどの国であっても思うことは同じだろう。

 ただこの国のように、異なる加護で、それも四つも異なる加護が一つの国になった例は少ない。

 せいぜい二つ程度だな」


 こどもの頃に習ったこの国の歴史を思い出すように、アーガンはゆっくりと語り始める。

 かつては一つの国ではなかったこと。

 いつ終わるとも知れぬ(いくさ)に明け暮れていたこと。

 行き着く先が見えた滅びの道は、ただの一人も勝者を残さない。

 そんな未来を回避するため、加護の境を 「領地境」 とし、それぞれの 「領地」 を治める 「四人の領主」 によって不可侵の和議が合意された。

 これが四聖(しせい)の和合である。


 冷徹の青、享楽の緑、情熱の赤、芸術の白


 それぞれの領地の復興とともにそう呼ばれるようになり、白に至っては、のちに交易の(かなめ)としての発展を見せ 「商才」 が加えられることになる。

 だがかつて、戦乱の時代には別の言葉で呼ばれていた。

 互いに忘れ去りたくても忘れることが出来ず、それは今も、魔術師を中心にひっそりと語り継がれる忌まわしい言葉。


 水攻めの青、生き埋めの緑、火炙りの赤、首切りの白


 そう呼び、互いを憎悪し、呪いあったのである。

【アモラ・ノシーラの呟き】


「違う! 俺は殺やってない!

 本当だ、信じてくれ!

 俺が行った時にはもう死んでいたんだ。

 本当だ! もう死んでいたんだ!

 俺はエビラを殺していない!!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しかった(//▽//)
[一言] あの場所は誤字ると感想に書くしかないのよ……
[一言] いよいよ目的地・領都ウィルライトへ向けて出立《使用(←しよう)》とした一行を呼び止めるアプラ・ハウゼン。 父アロン・ハウゼンが受けた知事の解任予告を知らないまま、町中で騒ぎを起こすが・・・…
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